148 薬組合事務局との対立!②
今回、諸事情でスマホからの更新前の改稿&見直しとなってしまいました。文章をコンパクトにまとめられず長文になり申し訳ございません。
すぐさまミードさんは抜刀して、受付嬢に放ったのとは違う本気の殺気を放つ。ただそれだけで、薬組合事務局は阿鼻叫喚を極めた。
予想通り、一方的にミードさんが蹂躙するだけだった。ミードさんは私の腕の中にいる無害そうな子犬が元は大型犬の魔物だったのを知っている。万が一、誰かが私を盾にとろうとしても大丈夫だと思っているのだろう。クラリッサ様の尻拭いをさせられて屍のようになっていた顔は、いい柔軟体操だといわんばかりにのびのびとしはじめた。……戦いの最中なのだが。
「あの、ミードさん。ほどほどにお願いしますね~」
私も薬師だ。あまり人に怪我をして欲しくない。チラリと薬問屋のグフタさんはどういった気持ちでいるのかと横目で見ると、憧れのミードさんの勇ましい姿に、手を組みながら目を輝かせていた。
「な……なんなの⁉ いったいどういう事⁉」
武器を持っていないからか、それとも女性だからか、それともまだ聞きたい事があるからか、ミードさんは支部長を伸すのを後回しにしているようだ。
「ミードさん相手に多勢で倒すなら、せめて軍隊を連れてこないと無理だと思いますよ」
つい親切心で教えてあげたのに、支部長は私をギッと睨みつけた。
「あ、あんたが悪いのよ! あんたがさっさとレシピを渡さないから!」
「いえいえ、悪いのはレシピを奪おうとしたあなたの方でしょう?」
支部長は「うるさい」と叫ぶと、床に転がったペンを拾い上げ、私に向けて思い切り突き刺そうとした。ペン軸は金物でできている。大した怪我にはならないだろうが、刺さったら痛いことは間違いない。
……刺さったらだけど。
「きゃあああ!」
支部長は私を刺す前に、大型犬の魔物の姿になったルーに踏みつけられてもがいていた。
「ありがとう。ルー」
――当然。
一段落、とほっと息をついた時に、外扉がバーンと開かれた。逆光になってその姿も見えないまま、一つの影がカツンカツンと音を立て、落ち着いた足取りで薬組合事務局に歩み入る。
「誰だ! 薬組合の者か!?」
ミードさんは、先程までの余裕が吹き飛んだような警戒した声をあげる。そして先程までの威圧に使っていた殺気を、ただ一人にだけ向ける。ルーは支部長を放って、私の前で守るように姿勢を低くして牙を向ける。竜さえ倒した者の殺気、強力な魔物の威嚇をそよ風のように受け流し、その影は私の前で歩みを止めた。
「やあ、お嬢さん。また会いましたね」
この季節だというのに分厚いマントをまとい、その下は見事な体躯が筋肉を浮き上がらせている。そして一部分だけ紺色のメッシュがある長い白髪……。
「ル、ルモンドさん?」
事務局内の惨状が何も目に入らないかのように、にこやかに笑いかけてくる。
今度のルモンドさんは本物だろうか? 森の家であったルモンドさんはショゴスが模倣したものだった。
――安心。ショゴスではない。
よかった、本物のルモンドさんのようだ。
「この人は知り合いですか⁉」
警戒をしたままのミードさんは鋭く言い放つ。
「あ……この人はルモンドさんといって、ヨーゼフの知り合いで……」
「く、組合長! やっぱりレバンツにいらしていたんですね! 助けて下さい!」
自由の身になった支部長が、ルモンドさんのマントに必死な形相でしがみつく。
はて、組合長とは?
そこで震える声を出したのはグフタさんだ。
「……ルモンド・リー。昨年、王の健康を管理する御典薬の司の座を退いて薬組合の組合長になった当代最高の薬師。前の戦争では薬師でありながら敵将の首級をいくつもあげ、いまだに衰えることを知らない『戦う薬師』……」
グフタさんはミードさんと初めて会った時のように、目を輝かせていた。声が震えているのは恐怖ではなく、どうやら感動で震えてしまったようだ。
一方私はグフタさんの情報から、『前の人生』と伯爵令嬢としての貴族目録の記憶をなんとか絞り出した。
ルモンド・リー。確かリー侯爵家の長男。しかし魔力がほとんどないことから家督は弟に譲り、野に下って薬師となった変わり者の貴族。しかし薬師としての腕は当代随一といわれ、王の信頼も厚い。晩年は、薬組合長として改革に辣腕をふるったという……。ルモンドさんが、その薬組合組長のルモンド・リー?
……なんでそんな有名人がヨーゼフの友達なの? あ、ヨーゼフも前の戦争の時に報奨をもらうような活躍をしたっていうから、その時に?
思わぬ人物の登場で、頭の中がぐるぐるとする。
「組合長! この『はぐれ薬師』は我がレバンツの薬組合を逆恨みし、誠実な仕事をしていた私達にこんな非道なマネをした悪者です! どうか、そのお力で私達を助けてください!」
「違うわ! ルモンドさん、こちらの話も聞いて!」
私の訴えもどこへやら、ルモンドさんは支部長の斜めにズレ下がったメガネを優しくかけ直す。
「私は、美しい女性に目がなくてね……。特に困っているところを見ると胸が痛む」
支部長は長身の眼鏡美人だ。まさに大人の女性という感じの。ルモンドさんが美しい女性に目がないというのなら、『戦う薬師』の二つ名を持つルモンドさんが敵に回る可能性がある。私たち全員に緊張が走った。ただ強い敵に餓えていたミードさんだけが嬉しそうである。
「だけど君は全然美しくないね」
「…………は?」
「お嬢さんの半分も美しくない。ああ……私があと三十年……いや五十年若ければ……」
ルモンドさんは、マントをはためかせた。支部長はバランスを崩して、そのまま床に倒れる。
「美しいお嬢さんを利用し、困らせたことで私の胸はつぶれんばかりになっている。どうか許して欲しい」
「私を……利用?」
ルモンドさんは、大げさに頷いた。
「このレバンツの薬組合には黒い噂があります。薬師からレシピや薬を騙し取り、転売し大金を得、文句を言う薬師には登録を抹消すると脅しをかけて黙らせる……なんていうね。私はそれをこの目で確かめに来ました。立場を隠して不遇な扱いを受けている薬問屋を回り情報を集めていました」
もしかして名乗ったときに名前でつっかえたのは、有名人だってばれちゃうから? でも偽名を使うにはヨーゼフがいたからできなかったって事かしら?
「しかし証拠はなかなかつかめず、困っているところでお嬢さんに会った。『はぐれ薬師』で、薬も診療の腕前も飛びぬけて優秀で、若く後ろ盾もない。それで利用させてもらったんですよ」
ルモンドさんは本当に申し訳ない、と自分の胸を押さえた。
「あの……利用って?」
「この女が使っている情報屋に『ある金持ちの子息が魔力栓塞で死にかけていて、その治療ができるなら金に糸目はつけない』って教えてやったんですよ。だからお嬢さんが前回来た時に魔力栓塞の治療法があるって話したのを聞いて、この女は飛びついてきたんです。少し前に情報屋が呼ばれていましたから、きっと治療法の報酬についての話をしていたのでしょう」
ルモンドさんは、支部長が出てきた奥の部屋を指さした。支部長の顔色はみるみる青くなる。
「でもまぁ……。この女がしたのは、『はぐれ薬師』からの薬とレシピの盗難未遂と、その協力者である薬問屋への強盗の指示、ああそれにお嬢さんに危害を加えようとしたことだけ。これでは薬組合から除名して警備隊に引き渡しても、いったいどれほどの罪に問えるか……」
悩まし気なルモンドさんの言葉を聞いて、支部長の顔に生気が戻った。一方、私も店を荒らされたグフタさんも憤懣やるせない気持ちになる。たったそれだけの罪だなんて。他にも余罪があるに違いないのに!
ルモンドさんは倒れたままの支部長を見下ろした。
「でも相手が悪かったね」
何のことだろう? ルモンドさんは、それまでのにこやかな、それでいて人の食えない態度を脱ぎ捨てた。マントをバッと後ろに払い、私の前に片膝をつく。
「我が薬組合が、オルシーニ伯爵令嬢であるユリア嬢に危害を加えようとした事、ここに謝罪いたします」
深々とルモンドさんは頭を下げる。さすが家督は継いでいないとはいえ侯爵家の長男。その所作は勇猛にして美しい。一方、支部長はポカ――ンとした間抜けな顔をしている。
「は……伯爵? れ、令嬢?」
「頭が高い! 平民であるお前ごときが、伯爵家の跡取りであるユリア嬢を傷付けようとした罪! 死罪にも値するのだぞ! 頭を低くして許しを乞うがいい!」
ビリビリと空気が震えるようなルモンドさんの声と気迫に、支部長は「きゃあ」とも「ひゃあ」ともつかない怪音をあげて、ガタガタと震えながら地面にひれ伏した。
私は『前の人生』で平民生活が長かったものですっかり忘れていたけれど、確かに貴族を傷付けた身分の低い者には重い罰を与えるという法律がある。私を騙してレシピを巻き上げようとしたり、襲わせたり、自らもペンで刺そうとしたのは確かに重罪に値する。
ルモンドさんが合図を送ると、外からレバンツ警備隊がなだれ込んだ。そして私達を除いた全員を手際よく縛り上げて連れて行ってしまった。
ルモンドさんはそれを見送りながら、ふうっと大きなため息をついた。
「これでめったなことでは、牢から出てこられないでしょう。それに余罪についての取り調べもできそうです」
「私を利用って……こうなるまで待っていたということ?」
「まっこと、申し訳ない」
ルモンドさんはガバッと「ドゲザ」をした。
「そんな、いいんです! 頭を上げてください!」
「しかし……」
「だって私がいなくても、きっとルモンドさんはレバンツの薬組合を正していたと思うんです。ですから、私を利用したことで少しでも早く是正されたなら、それで……」
だって私が「前の人生」でレバンツで薬師をしているときに、そんなに不自由を感じたことがない。ということはルモンドさんは、別の手段でもちゃんと取り締まりしたということだ。
ルモンドさんは、再度の私の薦めでやっと立ち上がった。
「あ……あの?」
「はい?」
「それにしてもルモンドさんは、なぜ私がオルシーニ伯爵家の者だと知っていたんですか?」
レバンツに来てから、私は偽名を使っていた。伯爵家の者だなんてグフタさんにも言っていない。しかし事もなげにルモンドさんは言った。
「あの死神は、オルシーニの者にしか仕えんでしょう?」
私はヨーゼフのあだ名が『死神』だということをもう知っている。そうか! ヨーゼフがルモンドさんの前で「お嬢様」と呼んだ時から、ルモンドさんには私がユリア・オルシーニである事が分かっていたってことか……。
「さて、ユリア嬢。お聞きしてよろしいですかな? こんな状態になってもまだ薬組合に登録していただけるのですかな?」
「え……」
忘れていた。私はそのためにこの場所に来たのだった。確かにレバンツの薬組合には嫌な思いをさせられた。でも登録して『はぐれ薬師』でなくなるのがグレテルの出した治療の条件だ。それに私も『薬師』としての身の安全を考えなければいけない。
「ええ。登録します!」
ルモンドさんはにっこりと笑った。
「普通ならオリジナルの薬の検証には最低二週間かかります」
「に、二週間?」
「はい。それが『魔力栓塞』のような前例のない薬ですと数年はかかると思って下さい」
「!」
それではグレテルの治療に間に合わない! 顔を青ざめさせる私に、ルモンドさんはニコリと笑いかけた。
「ユリア嬢は二週間前に、傷薬と嗅覚丸を預けたのを覚えておられますかな?」
「あ……確か市場で……」
「あの薬を検証いたしました。その結果がこちらです」
ルモンドさんがマントの内側から取り出した紙には
品質 SSS
効果 SSS++
副作用 SS
とあった。
「これらは既存の薬ながらも、十分のオリジナルレシピと言えるものです。推薦状の方も確認いたしました。ですので、これらを鑑みて登録する資格は十分あります」
「あ……ありがとうございます!」
「ただ……」
ルモンドさんは困った顔をした。
「ユリア嬢は、本当に『はぐれ薬師』からの登録でいいのですかな?」
「え……? 私は師匠がいないのですから『はぐれ薬師』から以外の登録なんてできるはずが……」
「これは上層部しか知らない事ですが……実は過去に何人か『はぐれ薬師』だった者が薬組合に登録したことがあります」
「え、そうなんですか? でもそんな情報はどこにも……」
「その通りです。誰か他の薬師の弟子だったということにして登録したからです。それは経歴に『はぐれ薬師』だったことを残さないためです。理由はお分かりですな?」
私が受けてきた数々の偏見を考えれば、その『はぐれ薬師』が経歴を隠したのも仕方ないだろう。
「それにあなたは本当は『はぐれ薬師』ではないはずです」
ルモンドさんは私のシャトレーヌを指さした。
「そのシャトレーヌは薬組合の創設者・サクラのものですね?」
「……」
「私が確認した時はサクラとその師匠の名前が彫ってありました。薬組合で保管しているシャトレーヌと同じです。ところが、今やそこにはユリア嬢の名前も刻まれている。薬組合のサクラのシャトレーヌと全く同じならば、人の力では傷付けることのできない素材でできているにもかかわらず」
……目ざとい。そしてルイス様……余計な事を。
「どうやらあなたはシャトレーヌの正式な後継のようだ。そして薬組合にはそのシャトレーヌを持つ者を補助することが義務付けられています」
「補助……ですか?」
「ええ。あなたは大変な敵に立ち向かわなくてはならないらしい……」
確かに修道院でサクラの備忘録には、サクラの宿敵、そしてその子孫であるカイヤの一族の企みを壊して欲しいと書かれてあった。私もそのつもりだけど、薬組合が私の補助を?
「私も念の為に、どういった経緯でユリア嬢がそのシャトレーヌを持つようになったかを調べました。そして修道院での奇跡を知ったのです。まさに後継の名にふさわしい……。それならば何も『はぐれ薬師』から登録したということにしなくても、サクラの弟子だと時代が合わないので出来なくても、私の弟子として登録することができます」
「ま、待ってください! 私の師匠は……」
私の師匠はルイス様だ。ルイス様が真の『御使い』だと分かってからは、なおさら名前を出すわけにはいかない。私はぐっと唇を引き結んだ。そんな私を見てルモンドさんはため息をもらす。
「私の弟子となれば、利点は大きい。薬組合の薬師にも、冒険者ギルドと同じくランク付けがあります。『はぐれ薬師』からとなれば最低ランクからのスタートです。最低ランクは薬に信用はなく、薬問屋に置いてもらえても低料金です。しかし私の弟子ということでしたら、最低でも中級から始めることができるでしょう」
中級ランクの薬師、利点は大きい。でも……。
「『はぐれ薬師』からの登録にして下さい」
「し、しかし!」
「確かに『はぐれ薬師』といえば詐欺師同然なのかもしれません。でも、そうでない、本当に志を持った『はぐれ薬師』もいるかもしれません。だったら、その人達のために道を示しておきたいんです」
私も『前の人生』では最低ランクの薬師からの始まりだった。ということは、ダンは私が『はぐれ薬師』のままでも登録できるように骨を折ってくれたということだ。もしかしたらダンが『はぐれ薬師』のまま登録させたのは、同じことを考えたからかもしれない。
「ユリア嬢……」
いったんルモンドさんは目をつぶった。そしてカッと目を開く。
「分かりました! 『はぐれ薬師』ユリア。あなたを薬組合に迎えます! ただし最低ランクからのスタート。昇格するには成果を上げて下さい!」
「はい!」
ふっとルモンドさんは表情を和ませる。
「でも忘れないでください。薬組合は、薬師と薬問屋との保護のためにできた組織……。どんなランクでも、あなたの後ろ盾なのに変わりありません」
「はい……。あの……ありがとうございます」
「いいえ。『はぐれ薬師』を選ばれた時のユリア嬢、自分だけでなく他の者を考えるその姿勢……、本当にお美しかったですよ」
こうして私は薬組合の登録薬師になったのである。
ルモンドさんには、次章 王都・学園編(仮)で苦労……げふんげふん。活躍していただく予定です(*´▽`*)