147 薬組合事務局との対立!①
さて街に着くと、私はすぐにグレテルの診察に向かった。少しずつ悪化はしているが、変わりはない。そして「はぐれ薬師じゃなくなったら」という条件も変わらなかった。
そして次の日の朝。
「お二人とも、今日はよろしくお願いします」
頭を下げる私に、ダンとグレテルの父親であり薬問屋の主人であるグフタさんが慌てて頭を上げさせた。
「こちらこそ娘のわがままのせいで、ユリアさんがまた薬組合事務局で不快な思いをするんではないかと心苦しい限りです」
「昨日の夜に話しは聞きましたが……。薬組合事務局の態度はそんなにも悪いんですか?」
オルシーニの街で冒険者ギルドの支部長をしているミードさんは、信じられないというように頭をかいた。
事務局へはこの三人で行くことにした。グフタさんは『はぐれ薬師』である私と専任契約を結んだ薬問屋の責任者として。そしてミードさんは護衛のために。グフタさんの店を荒らしたのが本当に薬組合の者だとしたら、強さだけではなく公的な立場もあった方がいいとの判断だ。それがダンやガウスよりもミードさんにお願いした理由である。ちなみにもう一人(?)の護衛は私の腕の中にいる。かわいい子犬姿になっても、もともとは強力な魔物のルーだ。
「お……お嬢様。お気をつけて……」
前回邪魔になったミーシャはお留守番だ。ハンカチの端を噛みながら見送ってくれた。
「大丈夫よ。行ってくるわね!」
冒険者ギルドに似た雰囲気の薬組合事務局の重い扉をミードさんが開けた。扉のすぐ近くにあるカウンターの受付嬢は、ハッと息をのみ。ふわふわの金色の髪を掻きあげて、すぐさまシャツのボタンを一個外して前傾姿勢を取り、桃色の唇を突き出しながら妙に甘い声を出した。
「いらっしゃいませ~。お客様、本日は薬組合事務局にどのようなご用件でしょうか~?」
私の事もグフタさんの事も目に入っていないのが丸わかりだ。
……この女。化粧がうまいからよく分からなかったけど、実はけっこう歳がいっているわね。それにこの態度……。偏見かもしれないけれど、独身かしら? あからさまな色気に胸ヤケがしてきたわ。
「いや、私は付き添いだ。客はこちらの令嬢だ」
ミードさんが私の背中を押して、前に押しやった。やっと私を視界に入れた受付嬢の目が、瞬間、ウジ虫を見つけたような顔になる。
「この小娘は『はぐれ薬師』なんですよ! きっとお客様は騙されて連れてこられたんですわね! 私が守って差し上げますわ!」
すぐさまカウンターから飛び出してきて、私をドーンと突飛ばそうとしたところでミードさんが受付嬢の手を捻り上げた。
「な、何をするんですか⁉ 私がせっかく害虫を駆除してあげようとしたのに!」
「害虫……とは、誰の事ですか?」
とたんにミードさんの背後に黒いモヤが立ち上った。この感じ……、叔父様に似ていて懐かしいわ。百戦錬磨のミードさんの本気の殺気がこの程度のわけはないでしょうけれど、普通の人を縮み上がらせるには十分よね。
受付嬢は恐れおののいて、「きゃあああああああ」と絹を引き裂くような悲鳴を上げた。すると奥の部屋の扉がバーンと音を立てて開かれた。
「何の騒ぎです⁉ 今日は大事な会議があるって言っていたでしょ!!」
前回と同様、受付での騒ぎを聞きつけてメガネの背の高い美女が現れた。前回とは違って、顔色は悪く、目を吊り上げて鬼気迫った余裕のない表情だ。よほど準備が大変な客らしい。腰を抜かしたのか、受付嬢はメガネ美人の方に這って進んだ。
「た、助けてください~、支部長!」
「支部長?」
あのメガネ美女はこのレバンツの薬組合の支部長だったのね。どうりで貫禄があるはずだわ。
メガネ美女は、私の顔を見ると深いため息をもらす。
「またあなたですか……」
「はい。登録審査のための魔力栓塞の薬を持ってきました」
「もうできたのですか?」
「ええ。運に恵まれました」
「そう……」
支部長は、顎の下に手を置いて少し考え込んだ。
「いいわ。その薬を預かりましょう」
審査用と治療用で多めに藍色の薬を作ってある。ここで提出しても問題はない。
「分かりました」
「それとレシピも置いていってください」
「レシピを?」
薬師のレシピは門外不出である。薬に携わる者がレシピを見せろと要求してくることはまずない。私は困って、後ろにいるグフタさんを見た。グフタさんは強い視線を私に向けて首を振る。……つまり、これは薬問屋から見てもおかしな要求だということだ。
しかし支部長は、面倒くさそうに腰に手を当ててもう片方の手を私に突き出した。
「当たり前でしょう? レシピの確認もせずに、どうしてそれがオリジナルレシピだなんて確認できるの? さっさと出しなさい。こっちも忙しいのよ!」
一見筋が通っているようにも聞こえる。でも、よく考えればおかしいわ。
「レシピを見たからといって、それでオリジナルレシピだなんて分かるのですか?」
それをするには他の薬師のレシピと比較しなくてはならない。そうでないならオリジナルレシピだなんて分かるはずがない。チッっと、支部長は舌打ちをする。
「いいから! こっちで検証してあげるって言ってるんだから、さっさとよこしなさい!」
「どうやって検証するんですか?」
「え?」
「魔力栓塞は非常に稀な病気です。こちらにはグフタさんの娘、グレテルがその病気にかかっているのでこの薬を与えて症状が改善されれば薬の効果があったって証明ができます。データを持ってこいというなら分かります。でもそちらではどうやって検証を?」
「え? そ……それは」
「……もしかしてあなたの周りにも魔力栓塞で苦しんでいる子供がいるのですか?」
「え、ええ、そう。そうなのよ! だからこちらで検証することは……」
「……。あなたは『はぐれ薬師』が作った薬を検証のためにご自分の知っている子供にのませようというのですか?」
「そ……それは……」
この人は『はぐれ薬師』は全て詐欺師だと思っているはずだ。なのに、自分の知っている子供に使おうと考えるなんておかしい。
そういえば最初からおかしかった。前回ここに来た時に、支部長は私と受付嬢が「魔力栓塞」の話をしているところに割り込んできた。そして自然な流れで私は魔力栓塞の薬を提出すれば登録審査をしてもらえると思ったのだ。でもオリジナルレシピで作った薬で登録審査をするならば、もっと効果を検証しやすい薬の方がいい。
私は振り返ってグフタさんを見た。
「グフタさん、このまま帰りましょう。それで『はぐれ薬師』のままでも治療を受けてくれるようにグレテルを説得しましょう」
支部長が必死に引き留めるが、私は踵を返した。
「待ちなさい!」
「嫌です!」
「力づくでもレシピを……、魔力栓塞だけじゃなくあんたの持ってるレシピを全部吐かせるわよ! あんたがアントン先生の病院で作った薬は結構評判が良かったそうじゃない。そのせいで地元の薬師からの苦情が上がって対応に苦労したんだから……。その分、上乗せしてもらおうじゃないの!」
支部長が手を上げて合図をすると、組合事務局の職員たちは武器を持って立ち上がった。
そして私達の後ろには、同じく武器を持ったならず者がずらりと並んでいる。
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げたのは受付嬢だ。ということは……この事務局で受付嬢以外はみんなグルか。
「薬師のレシピを守る存在の薬組合がレシピの強奪をしてもいいの⁉」
「薬組合がするのは『薬師』の保護よ。あんたはただの『はぐれ薬師』。保護の対象じゃないわ。それに……」
ふふっと、支部長は笑った。
「『薬師』にも冒険者ギルドみたいにランクがあってね……。私が保護したいのは上のランクだけ。下の方は『薬師』だなんて認めてないわ」
「それって、どういう……? ま、まさか下のランクの薬師からもレシピを……?」
「さあ?」
「……グフタさんのお店を荒らしたのもあなたなの? もしかして店にレシピが置いてあると思った?」
「何のことかしら?」
ふふんっと支部長は鼻先で笑った。やはり店を荒らしたのは薬組合だ。怒りが突き上げる。
「後ろのお兄さんは腕が立ちそうだけれど、所詮は多勢に無勢。痛い思いをする前に、いう事を聞いた方が身のためよ」
支部長から話を引き出すのはここまでのようだ。
「多勢に無勢ね……」
つい面倒くさくなってため息をついてしまった。確かに少しばかりの差なら数で埋められるだろうけれど、ミードさんは元特級冒険者。ルーに戦ってもらう必要さえ感じない。
あっ! そうだわ。この前ミーシャに借りた本にいいセリフがあったわ。
「ミードさんや。やっておしまいなさい!」