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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
海辺の街・レバンツ編
163/207

142 不滅樹の葉の思い出

書籍1巻の書き下ろしプロローグの内容に触れております。

試し読みでもお読みいただける範囲ですので、よろしかったら……。

もちろんこの機会に書籍1、2巻同時購入なんてしていただけたらとっても嬉しいです(*´▽`*)


「私が……『神殺し』の手掛かり……?」


 思い当たる節なんて全くない。どういうことなの?

 ふと、シャボン玉のような光とリンゴの花びらが舞う光景を思い出した。


「さっきも言ったように、お前が子供の頃に俺達は会っている」


 こわばっていたルイス様の頬が、ふっとゆるんだ。


「レオンの葬式だ。離れたリンゴの木の下で参列を見ている俺のところに、葬儀に飽きたお前が近づいてきた。そして薬師のままごとを始めて俺に薬をくれた。俺はそのお礼に『不滅樹の葉』をやったんだ」

「不滅樹の葉?」


 不滅樹とは大陸のどこかにあるという幻の樹だ。なんでも何をしても切り倒すこともできず、火事にあっても燃えることがなくその姿は変わらないという。その葉も不滅樹が認めた者しか摘み取ることができず、決して色あせることも、枯れることもないそうだ。そんなところから、病気や怪我から守ってくれるお守りとして高値で取引されている。

 でも私がそんな大切なものを持っていたなんて記憶がない。


「ああ。そうだ、お前はその『不滅樹の葉』をままごとで薬の調合中に消しちまったんだ。ぽわぽわとシャボン玉のような光に変えてな」


 そんな貴重な葉ならどんなに優れた薬効があったんだろう、消えたなんてもったいないという気持ちが表情に出ていたんだろう。頭の上に、ポンと大きな手が置かれた。


「『不滅樹の葉』は毒にも薬にもならない。病気や怪我から守ってくれる、ってのもただの迷信だ。あれは……由利亜が創世の最後に作り出したものだ。由利亜が血を一滴地面に垂らすと、見上げるような大樹ができた。そしてそれを『自分の分身』と呼んだ。なぜあんなものを作ったのかは分からないが、あの頃の由利亜はまだまとも(・・・)だった。神として何らかの必需性を感じていたのかもしれないな……」

「……」

「ともかく、お前は由利亜の分身である不滅樹の末端である葉を、ただ触れた時は何でもなかったのに薬の調合中に消しちまった。ということは、お前の薬師としての力の中には由利亜を殺せる何かの力があるはずだ」

「ま、待ってください! 人を……いいえそれが神であっても私に殺せというんですか⁉」

「ああ、そうだ」

「できません! 私は人を救うための、命を助けるための薬師です! 人を殺めるために薬をつくるような事できません!」

「人ではない。『神』だ」

「たとで誰であろうともです!」


 再びルイス様は手で顔を覆った。苛立っているのか体が小さく震えている。


「お前の『人を救う』とは、体だけのことか?」

「え……?」

「由利亜は魂がズタズタになっている。もう回復する見込みはない。アレは……本当に普通の少女だったんだ。神などになるべきではなかった」

「もしかしてルイス様は創世前の記憶がおありになるのですか?」

「ああ……。モデルになった者の記憶がある。とはいっても、由利亜の中にある共に過ごした記憶だけだ。だから由利亜の知らない子供の頃の記憶なんてものはない。由利亜と恋人だったと言われても、その記憶はあるが感情はないんだ」

「……」


 ルイス様が三人の勇者のうちの一人が恋仲だったと言った時に、もしかしたらと思っていた。なぜなら由利亜様は「ルイ、ニコ、ユーフィ」の順番で呼んだからだ。誰しも恋しい者の名前を一番に呼ぶのではないだろうか?

 ルイス様は言い過ぎたとばかりに困ったように眉根を寄せて、もう一度私に問いかける。


「もう一度問う。『人を救う』とは体だけのことか? 魂も救ってはくれないか?」

「魂を救う……」


 私はルイス様と由利亜様がどのように過ごしたのだろうと考える胸の痛みを置き、魂を救うことについて考える。確かに普通の少女にとって、歳を取ることも死ぬこともなく見知った顔は死んでいく世界。共にいて欲しいと願った三人も偽物(・・)となれば、その肉体は牢獄のように感じ、生きて行くのも辛いだろう。でも、薬師の私が死ぬことに協力する?


「できません」


 どうあっても答えは一つだ。


「ユリア!」

「私に由利亜様の魂を救うすべがあるのならそうして上げたい。でもそれが殺すことなんだとしたらできません」


 私は信念を込めてルイス様を睨みつけた。



 それまでの精悍だが茶目っ気もあり、私をからかってばかりいるが深い知性をその目に宿した男性の姿は消えた。激情で顔や体の輪郭は歪みながら膨らんで、炎のように赤い光を放つ目は吊り上がって口は裂けていた。まさに教会の教えにあるような悪魔の姿そのままだ。

 思わず怯んで体が震える。

 そうここにいるのはルイス様本人ではなくて、ショゴスなのだということを思い出した。


『殺すんだ。それしか救う方法はない』


 人のものではない恐ろし気な声が私を威圧する。


「い、嫌です!」


『お前の意志を奪い、操り人形とすることは容易いのだぞ』

「そ、そうしたいのなら、そうすればいいわ!」


 錬金術師というものならば、私の精神を壊すのも容易いだろう。それでも!


「私は薬師です。人を救うのが薬師です。私は薬師として殺すのではなく、その魂ごと救う方法を見つけます!」


 おかしなことに今はまさにショゴス……悪魔の形相、そして『神の御使い』であり、六百年も生きているルイス様が小娘にすぎない私に怯んだように見えた。そして唇を震わせる。


「お……お前は、この俺がこの世界の端から端まで、そして異世界までも探しても見つからなかった方法を見つけてみせるというのか?」

「はい! 患者を救うために治療法を探すのは薬師の使命ですから」

「きっとユーフィリアはお前のやる気を削ごうと様々な妨害をしてくるだろう。それにニコラウスも何をするか分からない。それでもやるのか?」

「はい!」

「俺と……敵対することになってもいいのか?」


 せっかく会えたルイス様と敵対……?


「敵対なんかしません。だってルイス様も私も由利亜様を救おうとしているんでしょ? 目的は同じじゃないですか」


 患者の家族が治療の邪魔になることは今までだってあった。でも私は患者の家族と衝突はしても、敵対したことはない。だって救いたいと思っているのは同じだもの。

 ふわりと微笑めば、虚を突かれたルイス様はショゴスの姿のまま間抜けな顔をさらした。「ハッ」と笑ったんだかため息なのか分からない息を吐く。その息とともに、大きく膨らんだ体は縮まり再び人の姿に戻った。


「目的は同じか……。確かにな」


 膝の上に頬杖をついて、憂い気にこちらに優しい目を向ける。


「俺だって、本当は殺したくはなかったんだ。由利亜は俺の創造主、つまり母親みたいなもんだしな」

「母親!」


 ってことは……由利亜様はルイス様を恋人だと認識しているわけだし、ルイス様と私がどうこうなったらとんでもない姑がいるってこと⁉


「それに……。俺もこの世界が好きだ。滅ぼすのもな……」


 ん? 滅ぼす? 話題が唐突に飛んだ気がする。

 首を傾げる私に、ルイス様は「当たり前だ」とせせら笑いながら理由を説明する。


「由利亜はこの世界の神だろ? 由利亜を殺したら、この世界ごと消滅する」

「世界が消滅!!」


 それを分かっていて神を殺そうとしていたの⁉ 悪魔だ悪魔だとは思っていたけれど、世界が滅んでもいいと思っていたなんて、この人、正真正銘の悪魔だわ!!


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