140 質問
10月10日 薬師令嬢のやり直し2 発売中で~すヽ(=´▽`=)ノ
中にルイス様が一歩入ると、部屋のいたるところから赤・青・黄色・緑の小さな光が点灯し、瞬く間に床や棚の埃は払われ、ポットに熱いお湯が沸きだした。それらはこの森の家にふんだんにある魔道具が働きだしたのだ。
赤い光の魔道具は赤い魔石を使っているため、火に関する仕事をする。そして青い魔石の魔道具は水の仕事、黄色い魔石の魔道具は光の仕事、緑の魔石の魔道具は風の仕事を。他にも魔石を組み合わせる事で、複雑な仕事をする。それらの魔道具を作るのは、魔道士と呼ばれる職人だ。特に機能が複雑だったり、効果が高かったりするものは手先の器用な職人を多く抱える東の島国からもたらされる。海を渡ってくるため、目が飛び出るほど高価だが、ここには潤沢な資金を持つ貴族の屋敷にもないような希少な魔道具がふんだんにある。私が最初にこの家に入り込んだときにも、今のように魔道具が働きだして家じゅうをきれいにしてくれた。それに私がここで一人暮らしをするのにも、どれだけ助けになった事か……。
「お前もそんなところに立ってないで、さっさと入れ」
「あ……。はい」
私も森の家に足を踏み入れようとして、とたんに右足首に激痛がはしり倒れこんでしまった。
「いつぅ……」
「ケガか? どれ。ひどく腫れているな」
私の右足首を長い指で愛撫するように優しく触れると、ルイス様は一人で部屋に入ってしまった。そしてぬっとコップに入った水が目の前に差し出される。
「さっき渡した薬をすぐに飲め。そうすれば熱も足の痛みも治まる」
私はさっきのカプセル薬を明かりにかざす。透明なスラ玉カプセルの中には琥珀色の薬が詰まっている。私が作ったことも、見たこともない薬だ。何の薬だろう……。ルイス様が勧めるのだから悪い薬ではないはずだけど……。
「あの……これは何の薬ですか?」
ショゴスのデータをとるために、強化薬や体力回復ポーションなどを使おうとし、私の思い込みを消すためにあんなことをしたルイス様だ。素直に薬を飲むのは危険に感じられた。
「エリクサーだ。とりあえずこれさえ飲んでおけば間違いはない」
「エリクサー? もう、そんな冗談を……」
「冗談?」
「いえいえ、冗談ですわよね? だってエリクサーですよ? リンドウラの伝説の薬師・サクラでさえあと一歩というところまでいきながら完成させられなかったという!!」
「サクラか……。バカなやつだった。エリクサーを作るには、この世界でない素材が必要だと教えていたというのに、この世界の素材だけで作ろうとするんだからな」
サクラのことを「バカなやつ」だと言いながら、ルイス様はさっきまでの傲岸不遜な態度からは想像がつかない程の優しい表情をしていた。サクラに教えた? どういう事? いいえ、今はそれより……。
「冗談では……ない?」
「疑うなら捨てろ」
「いいえ! 捨てるなんてできません! だって伝説の薬ですよ! 王族が王宮の奥深くに一瓶だけ隠し持っているという噂の!」
「ああ。何代か前の王妃が飲んじまったがな。飲んで若返ろうとしたそうだが、エリクサーにそんな効果はない。ただ肌荒れは改善したそうだ」
「ほ、本当ですか⁉」
死にかけた人でさえ生き返り、四肢欠損まで完全復活エ、エリクサーをそんな目的で使用するなんて……。その王妃、なんてバチ当たりな!
熱のせいなのか、足の痛みのせいなのか、その王妃の話を聞いたせいなのか目の前がぐるぐると回ってきた。
「さあ、飲め。自分で飲まないなら口移しで……」
「の、飲みます! 大丈夫です。自分で飲めますから!」
ルイス様が持つコップをひったくるようにして奪い、もう一度明かりに透かして琥珀色の光を拝んでから、水と共に薬を飲み込んだ。
私の体がカッと熱くなり、まばゆい白い光に包まれた。効果を発動する時にこうして光るのは、材料に魔石が使われている薬の特徴だ。ふっと体が軽くなり、ぽかぽかと体が温まって血の巡りが良くなる。足の痛みも腫れも無くなっていた。体は全快しとても調子がいい。でも本音を言えば、この程度の病気やケガでは、本当にエリクサーかどうかだなんてよく分からない。もっと重症の時に使いたかった。でも重症になるのはイヤ! といったところだ。
「もう少ししたら反動で眠くなるはずだ。今夜はこの家で休むがいい」
「あ……ありがとうございます」
私は差し出されたルイス様の手につかまり起き上がろうとした。ところが、気付いた時にはふわりと体が持ち上がっている。何故かまたもやルイス様の顔が近い……。
「へ?」
「確か、こんな妄想もあったな」
も、妄想? 走馬燈のように駆け巡る、ルーの前で語った『ルイス様と私』の妄想。
「お姫様抱っこだろ?」
「や、やめてええええええええ!!」
じたばたする私をものともせずに、ルイス様は軽々と扉を開けてすぐの台所と居間が一緒になった部屋に運び入れた。そして窓辺のソファーに私をそっと下ろした。
「ううううう!!」
「なんだ?」
「これからもずっと、私の妄想をネタにして遊ぶおつもりですか⁉」
恨みがましい目で、ルイス様をみやれば、さびしそうな視線が返される。
私はハッとする。そうだ。このルイス様はショゴスの擬態……つまり本人ではないのだと。「ずっと」いることはできないのかもしれない。
「お前の想像通りだ。俺は今、お前が想像できないほど遠くにいる。お前の目の前にいる俺は、ショゴス……お前が壊したような旧式ではなく、自分で考え行動する新式の擬態だ。とはいっても、俺と回線を結ぶことによって、俺に見たもの聞いたものを伝え、反対に俺の意識がそちらの世界に顕現する手段にもなる。その顕現する時間は……限られている」
「あとどれくらいルイス様はここにいらっしゃることができるのですか⁉」
ルイス様はクスリと笑った。
「大丈夫だ。お前が起きている間はここにいるさ」
「……だったら私、寝ないことにします!! そ、そうだわ。とびきり濃いお茶を入れなくちゃ!」
「そんな事に時間を割いていいのか?」
ハッとしてルイス様の目を見やる。時間が限られているなら、出来る限りルイス様の事を知りたい! ゴクリと唾を飲み込む。
「質問に答えていただけますか?」
返事の代わりに、ルイス様は私の隣に腰を下ろした。目で私に先を促す。
「あの……。今さらなような気がしますが……。ルイス様は……いいえ、ニコもですが、私が『前の人生』と呼んでいる、時間が巻き直る前の記憶があるのですか?」
「ああ」
「やっぱり! その、記憶があるのはルイス様とニコだけですか? 他にもっといるのですか? 私みたいな人が他にも?」
私が心の奥底で抱えていた孤独。同じような孤独を感じている人がほかにもいるのかもしれない!
「記憶があるのは三人……いや、人と呼べないかもしれないがもう一人いるかもしれない」
「四人……」
多いような、少ないような。でもこの『やり直し』を知っている人がそれだけいるのは心強いことだった。
「それは『前の人生』で私と関りがあった人ですか?」
「いいや。俺でさえ、直接お前と会ったことがあるのは一度きりだ。それもずっと昔に」
私は驚きを隠せない。そうだ! 確かにルイス様は「久しぶり」と言っていた。
「あの……それは……?」
「覚えていないのも無理はない。お前の祖父・レオンの葬式の時だ」
「葬式」
その頃の私は五歳だったはずだ。五歳なら少しは記憶が残っていてもいいはずなのに、ルイス様とお会いした記憶はない。お祖父様の葬式といえば……。
「シャボン玉」
少しずつ記憶が戻ってきた。葬儀の列を離れたリンゴの木の下でママゴトをしたのだ。そして何かをしたときに、シャボン玉のような光が現れた。その後、どうしたっけ?
「俺はずっと昔から、ある事をするための方法を探していた。しかし手掛かりはなく、うみ疲れていたところで、お前に出会ったんだ。その方法の手掛かりとなるお前にな」
「私がですか?」
私が何かしたのかしら? 私なんて人生をやり直すという特殊な事があったけれど、能力や器量は普通だ。魔力に至っては、貴族の中では底辺に近い少なさだ。そんな私がルイス様の手掛かりになるなんて、驚きしかない。でもルイス様の探している方法って何だろう?
「そうだ。それからお前をずっと見守らせていた。お前がルーと呼ぶショゴスにな」
「ルーが⁉」
ルーとは森の家でケガしたところを介抱したのが出会いだと思っていたけれど、本当は五歳の頃から私の側にいたってこと? 見守るって割には『前の人生』でも、ずいぶん大変な目にもあったけれど……。
私の表情を読んだルイス様が、呆れたように呟く。
「死んでないだろ。女一人でふらふらしていて、魔物にも野盗にも襲われなかった。それがどんなに奇跡的なことか分かっているのか? ショゴスがいたからこそに決まっているだろう。おまけに、お前が行き倒れて死にそうになったら、この家への道を開くように要請してきたんだぞ」
「え……この家へ?」
私が森に迷い込んで、さまよった挙句にこの家にたどり着き、恥知らずにも家の中に入り込み、その時の魔道具の働きがまるで私を歓迎しているみたいに思えて住み着いてしまったけれど……、ルイス様がルーの要請を受け入れて私のために道を開いてくれたのだとしたら、本当に歓迎されていたってこと?
「まあ、その時に派手に動いたのがニコに見つかって、あいつはずいぶん痛めつけられたらしいが……お前が助けたそうだな」
ニコがルーを?
「あの!」
「なんだ」
「そもそもルイス様とニコってどういう存在なんですか? ヨーゼフとは前の戦争の時からの知り合いだと聞きました。でもそんなお歳には全然見えないし、ニコだって私と同じくらいの歳であれだけの魔法を使いこなせるならもっと評判になっていてもいいはずです。なのに、そんな話しは聞いたこともありません。そのニコもルイス様を古い仲間だと言っていました。それに二人とも『前の人生』の記憶があるなんて……」
私には二人が普通の人間とは、もう思えなかった。
「俺とニコラウス、そしてもう一人、ユーフィリアはお前たちがいうところの『神の御使い』だ」
何を冗談を……とは、ルイス様の顔を見れば到底言えなかった。その時、私の脳裏に忘れていた夢の風景が蘇る。
「『ルイ、ニコ、ユーフィ』そして女の子が一人。創世……」
ガッと肩をつかまれて揺すぶられた。目の前には恐ろしい顔をしたルイス様が。
「どうしてそれを知っている⁉」
「え? ああ……夢、夢で見たんです」
「いつの夢だ⁉」
あれはいつだったか……。
「確か修道院で毒を飲まされて死にかけた時の……」
そう言えば、ニコがあの時の私を「死んだ」と言っていた。あれはどういう意味だったのだろう?
「やはりあの時か!! クソッ!! あいつの結界さえ無ければ」
「あの……どうしたのですか、ルイス様?」
「お前を修道院で殺したのはユーフィリアだ」
「殺したって、私、生きていますよ」
「あの時、数分だけ時間が巻き戻ったんだ。それで治癒魔法が間に合いお前は助かった」
私は何と言ったらいいのか分からなかった。ルイス様がいうように死んだとは思えなかったからだ。そういえばユーフィリアって……。
「ユーフィリア様って、聖騎士団の?」
「そうだ。表に出ないようにしているが教皇よりも権力はある。だから教会には気を付けろ」
教会には修道院の院長やクラリッサ様、それにアリーシア先輩がいる。他にもあの修道院にいた人達は好きだが、教会そのものは好きにはなれない。私はしっかりと頷いた。
「私の時間を巻き直したのは、ユーフィリア様なんですか?」
「いいや。やつはエリクサーと同じ程度の治癒魔法は使えるが、そんな大がかりな魔法は使えない。他のやつだ」
「もしかして……四人目? もしかして『前の人生』をやり直しさせたのも?」
「多分そうだろう」
ルイス様は眉根を寄せて難しい顔をした。
「私は死んだのですね。五十六歳のあの日に」
ルイス様は「正解」と笑った。
できるだけ考えないようにしていたが、修道院で私が死んだことで時間が少し巻き戻ったらしい。となると五十六歳の時もそうだったに違いない。
そのきっかけ。それは今まで無かったような激しい頭痛。稲妻が後頭部に落ちたかのような……。そんな症状は「クモ膜下出血」だろう。今となっては、病名が分かったところでどうしようもないが。
「俺は、せっかく探し求めていた手掛かりであるお前を失いたくないと思った。しかし、それ以上にお前が死ぬことを許せなかったやつがいたらしい」
四人目……。誰だろ? いったいどうすればそんな事ができるのかしら? そんな果てしない能力を持つ者が?
私の目の前には創世に携わった『御使い』であるルイ……ルイス様がいる。何が起こっても、不思議ではない。
そういえばルイス様が本物の『御使い』であることではなく、その事をすんなりと受け入れている自分に驚いた。
そして質問がもう一つ。
「ルイス様は薬師なのですか?」
「いいや。俺は『錬金術師』だ」
会心の笑みが返された。
ルイスとの出会いは「薬師令嬢のやり直し」「試し読み」で読みことができます。
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所要が立て込んでいまして、次回は5日後に更新予定です。