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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
海辺の街・レバンツ編
159/207

138 ルー

10/10 薬師令嬢のやり直し2巻 発売中で~す ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


「ルイス様じゃ……ない?」


 ううん、そんなのありえないわ。だって、ここは護符なしでは弾き飛ばされる迷いの森。そして森の家、いいえルイス様の家にいるのに、この人がルイス様じゃないなんてことはありえない。でも……。

 再び近くで魔力が高まっていくのが分かる。そして私の足元には黒い大型犬の魔物の血が……。その瞬間、考えるのを放棄した。ルイス様でもそうでなくても関係がない! このままじゃこの子が!


「やめて!」


 思わず私は黒い魔物の前に両手を広げて立ちふさがる。しかし、その背中から飛び出して視界が広がった途端に恐怖から崩れ落ちそうになる。なぜなら、尖った先をこちらに向けて、氷の礫が空間一面にびっしりと浮かんでいたからだ。

 恐怖に手も足もガクガクと震える。目には涙も浮かぶが、ギュッと唇を噛みしめた。


「どきなさい」

「イヤ!」


 私の声はひっくり返って、悲鳴のようになってしまう。


「困りましたねえ……」


 言葉とは裏腹にルイス様はニヤニヤして楽しそうな口調だ。と、後ろから私の腰に何かが当たった。振り返ると、全身から血を流した痛々しい黒い魔物の美しい宝石のような赤い瞳と目が合う。とたんに懐かしさに溢れた。


「赤い目に黒い体……そして大きな体にその顔! 間違いないわ、ルー! やっぱりルーなのね!!」


 恐怖に震え、くじけそうになっていた私の心が温くなり、勇気が舞い戻る。しかしルーは他人を見るような目でチラリと私を見上げると、鼻面を使って私を後ろに押し戻そうとした。


「ル、ルー? 何をするの? 私の後ろにいて。そんなにケガをしているんだから。私があなたを守るわ!」


 しかしルーは血の流れる体で立ち上がり、グルグルと歯をむき出しに私に唸りながら前に回り込もうとした。私は思わずルーの横腹に抱きついて引き留める。


「ダメ、ダメよ、ルー。その体でまた【氷礫(ひょうれき)】を受けたら命が危ないわ!」

「おやおや、その犬コロはお嬢さんの事を覚えていないようですよ。それなのにお嬢さんは薄情なそいつを守ろうとするのですか?」

「覚えて……いない?」


 私は改めてルーの顔をのぞきこんだ。ルーは瞬間目が揺らいだ。人間なら戸惑ったような表情を浮かべるといったところだろう。そしてルーは黙って視線をそらした。私は力が抜けていくのを感じたが納得もした。それはそうだ。いくら『前の人生』で家族だったとはいえ、このやり直した人生ではまだ出会ってもいないのだ。ダンやガウスと同じ様に私のことを覚えていなくて当然……?

 待って! ならなんでルーはここにいるの? いえ、それよりも……。私は真正面からルイス様、いいえルイス様だと思った人を睨みつける。


「あなたは……ルイス様ではないわ」

「おや、私はルイスですよ。あなたが望んだ通りの姿の」

「いいえ。あなたがルイス様であるはずないわ。それにルモンドさんでもない。だってルイス様もルモンドさんも薬師なのよ! こんなに歪んだ表情で、魔物とはいえ生き物を傷付ける人であるがずないもの。いったい何者なの⁉」


 薬師が生き物を傷付けるとしたら、素材の採取のために仕方なくだ。こんな風に笑って生き物を傷付けたりなんかしない! 

 ルモンドさんの姿の何者かがヒューと口笛を吹く。


「ユリアはルイの事をそんな風に思っていたのか」

「ルイ? ルイス様の事?」


 答える代わりにルモンドさんの姿の何者かはニヤリと笑った。


「あなたは、やっぱりルイス様でもルモンドさんでもないのね」

「まあね」


 ルモンドさんの姿の何者かは、肩をすくめて急に砕けた口調になる。蠅を追い払うように、手を振ると【氷礫】の魔法は立ち消えた。その口調のせいか、目に見える圧迫がなくなったせいか、私の恐怖が和らいだ。


「あなたは、私の事を知っているの? まるで……」


 そんなバカなという思いと、そうかもしれないという思いで言葉を飲み込んだ。しかし楽しそうにルモンドさんの姿をした何者かが、「まるで?」楽しそうに私の言葉を促す。

 口を開けては閉じ、閉じては開けることを繰り返し、やっとさっき飲み込んだ言葉を吐き出す。


「あなたは……『前の人生』の記憶があるの?」


 もしかしたらこの人は、私が心の奥底で求めていた人なのかもしれない。私が求めていた人……『前の人生』の記憶を持つ人。私が五十六歳まで生きてきた世界を、そして時間を共有できる人。ねえ、そうなの?  私は期待と不安でゴクリと音を鳴らして唾を飲み込む。

 ルモンドさんの姿をしたその人は、ニカリと笑った。まるで子供のような天真爛漫な笑いだ。血だらけのルーをこの腕で抱きとめていなかったら思わずつられて笑ってしまいそうな……。その笑いに既視感を覚えた。私……、この人にどこかで会ったことがある。ルモンドさんじゃない、他の誰か……。

 私を知っていて、魔法が使えて、『前の人生』を知っている誰か。頭の中を高速でいくつもの風景が行きかう。ルイス様の書き込みがある本。盗賊の襲撃で使われた魔法の痕跡、しかし捕らえた盗賊には魔法を使える者がいない。ヘンゼフの証言。消えたアルの本屋にいた少年……。ついにピースがつながった。


「……ニコ?」


 その人は、嬉しいような困ったよう表情で鼻をかく。その仕草はやっぱり……。


「ニコなのね?」

「久しぶりだね。ユリア」


 姿は壮年期の後半といったルモンドさんのものなのに、その声は声変わりをしたばかりのような少年の声になった。

 とたんにルーが再び鼻面で私の体を押し、自分の体の後ろにかくまおうとする。そして一気に緊張が高まったかのように、今までよりもずっと筋肉が固くなり、前脚を屈めながら、今にも飛び掛かりそうな様子でニコを威嚇する。

 そのルーの様子に、ニコがオルシーニのアルの本屋で会った暴言を言っても何故か憎めない少年ではなく、盗賊の襲撃に加担、いいえ加担どころか(カシラ)をそそのかして私を狙わせた黒幕だったことを思い出した。

 私はルーの後ろから、必死に声を出した。


「何で……ルモンドさんの姿をしてルイス様だなんて私を騙そうとしたの? 何が目的?」

「そう、怖い顔しないでよ」


 何気なく肩をすくめるその様子は、以前会った少年のままなのに、今では恐怖を覚える。這い登る寒気にブルっと体を震わせると、ニコは急にニタリと目をと口を歪ませた。


「怯えているの? かわいいね」

「……」


 ニコはまた普通の顔に戻り改めて、自分の手足をまじまじと見る。


「ルモンドって、この姿か……。僕だって意外だったよ。ユリアがルイをこんな風に想像していたなんて。ユリアのことだからもっとたおやかな美青年とかだと思っていたのに。こんなんが好みなの? そんなんだからあいつも顔を出せないで困ってるんじゃないかな?」

「あなた、ルイス様を知っているの?」


 話しの調子からしてきっとそうだろうと思いながらも確認せずにはいられない。ニコはもったいつけるように、少し沈黙した。そして私が十分に焦れたのを観察してやっと口を開く。


「ああ。僕とルイは古い、古い仲間だよ」

「仲間?」

「ああ。兄弟と言ってもいい位のね」

「兄弟?」

「話を聞きたそうだね。でも僕はそんな面倒くさいことはしたくないんだ。だからもっと適任な奴から話を聞きなよ。ねえ、ルイ?」


 ニコは再びニタリと笑いながら、歯をむき出しのままのルーを指さした。


「何を言ってるの? この子はルー……え?」


 ルーは唸るのをやめ、宙を見据えた。さっきまで殺意をむき出しにしていたのが嘘のように静かだ。

 体を一つ震わせ、瞬きを一つすると、すっと私に目を向けた。それはさっきまでの他人を見るような目ではなく、温かく愛情のこもった目だ。『前の人生』で一緒に暮らしていた時に、よくこういう目を私に向けてくれていたような。


「ルー?」

『……』


 いったい何があったの? さっきまでのルーとは全然違うわ。まるで別の人格になったような……?


「また会ったね、ルイ」


 ルーは冷静な視線をニコにやり、すぐに私の正面に顔を向けた。


『久しいな。ユリア』


 ルーがしゃべった!! 知性ある魔物は人間の言葉を話すと言うが、今までルーが人間の言葉を話したことはなかった。だから今まで知性は十分に高いけれど、話す器官がないから話せないのだと思っていたのに……。

 最初の衝撃を超えると、次におそってきたのはニコがルーを「ルイ」と呼んだことことへの驚きだ。ルイ? ルイス……? ルイス様? ルーがルイス様⁉


「ルー? え? ルイ? ルイス様?」


 ルーが軽く頷く。ええ! 本当にルーがルイス様? 今度は本物⁉


「ど、どういう事なの⁉」


 今度はルー、いいえ本物のルイス様は私を無視してニコの方を向く。


『こんなに《すぐ》に会うことになるとはな』

「仕方ないじゃん。僕だってルイとこんなにすぐに会うとは思ってなかったよ。だけどあいつ(・・・)まで動き出したんじゃ、ユリアに何されるか分からないじゃん。現に一度、修道院で殺されてる(・・・・・)し」

『……』


 私が一度殺された? 何を言っているのかしら? 私は現にここにいるのに。


「だからルイだって、あの執事のじいさんを説得してユリアがこの家に来れるようにしたんでしょ?」

『……』


 ヨーゼフがルイス様の事を告白して、護符をくれたのはこのせいだったの? ルイス様は冷ややかともいえる視線をニコに投げかける。


『……それで、お前の目的は何だ?』

「ちょっと、僕の質問は全無視? まったくルイらしいなあ」


 ルモンドさんの姿で、ニコはチェッと小さくテラスの床を蹴った。


「いいや。教えてあげるよ。僕はユリアに贈り物をしに来たんだ」

『……贈り物だと?』


 ルイス様の赤い目がスッと細くなる。ニコはきまり悪そうにテヘッと笑った。


「ついでに結界バリバリのルイの家にユリアを使って入れば、中を引っかきまわして上げるつもりだったんだけど……。ユリアに気付かれちゃったんだ」


 そうか……家に結界が張られていたから護符のないニコは入れなかったんだわ。だから私にドアを開けさせようとしたのね……。


『なら、用は終わっただろう。もう帰れ』

「待ってよ、ルイ。ユリアに贈り物があるって言っただろ? きっとユリアの役に立つからさ~」

『いらん』

「そんな事言わないでよ~。大変だったんだよ。ルイが作ったこの体をあいつ(・・・)から盗み出すの」


 さっきから出て来るあいつ(・・・)って誰だろう。ニコ以外にも私を狙っている人がいるってことかしら?


『ショゴスか』


 ショゴス? 確かそんな名前がルイス様の資料に出てきたような……。確か「神の奉仕者」という意味だ。確か遠くから思念で操作することも、近くにいる人の考えを読み取ってその人の求める姿に擬態することも……。


「ニコ! もしかして私がルモンドさんのことをルイス様かもしれないって思ったから……だからあなたはルモンドさんの姿で現れたの? そしてあなたは遠いところにいて、その体を操っているだけなの?」


 ニコは声を出さずに、「正解」と口を動かした


「この体を使ったのはね、ルイが使っている犬コロよりもずっと旧式で自分で考えて擬態はできないけれど、ルイが作ったから結界の森を行き来することができるんだ」


 ルイが使っている犬コロ? 犬コロってルーのことよね? ということはルーもショゴス? ルイス様がここにいるわけではないの?

 ルイス様が忌々し気に舌打ちした。


「あれ? ルイの本体がその犬コロじゃないって、ユリアに知られたくなかった?」


 ニコはテヘッと笑う。その笑顔の輪郭がゆるぎ始めた。


『心配ない。あの姿が偽物だとお前が気付いたから形を保てなくなっただけだ』

「私の思考を読み取っているから……」

『そうだ』


 すでにルモンドさんの姿どころか、人間の姿も崩れてきていた。頭は風船のように膨れあがり目も鼻も口も大きさが歪になり、手足はとうもろこしのように細く小さい。そして胴は頭とは反対に小さくしぼんでいた。

 そんなニコにルイス様は平然と問いかけた。


『ショゴスには魔法を使う能力を与えていなかったはずだが』


 ニコは小さな右目と反対に大きな左目をギョロつかせ、首まで裂けた口からぺろりと舌を出す。


『ちょっと無理しちゃった』

『暴走するぞ』

「うん。そうしたらルイも顕現しないとユリアを守れないでしょ?」

『何⁉』

「だって、せっかく正体をばらしたのに犬コロの姿だなんておもしろくないでしょ? それがユリアへの一つ目の贈り物だよ」


 ニコの頭がさらに大きくなり、小さな胴で支えきれなくなり倒れる。


『あ、もう限界みたい』


 ニコは「じゃあね」と無邪気な声で小さな手を振ると、パチンと弾けて黒い汚泥のような液体となり地面に落ちた。消えた? と思うのもつかの間、汚泥は地面からとめどなく湧き出るように量を増しみるみるうちに、小山ほどもある泥土となる。


「な、何なの……あれは。まるで化けも……」

『考えるな、ユリア! あれは思考を読み取って体を擬態するのだぞ』

「そ……そんな事を言っても……」


 ルイス様の制止は遅く、ショゴスは泥土の端々に幾多の目や鼻、そして数々の手を生やす、見るだけで吐き気をもよおすような化け物になってしまった。


「きゃああああああ!!」


 大型犬の魔物の姿をしたルイス様に思わず抱きつこうとして伸ばした指先が、急に鋭い痛みを覚えて反射的に引き戻した。

 そんなことよりも、ルーの変化に目を奪われて離せない。ルーの体は漆黒の炎に包まれていた。そのの炎は一瞬ぶわっと大きく膨らんだかかと思うと、密度を濃くして小さく集結する。


「ルー? ルイス様?」


 もうそこには大型犬の魔物はいない。いたのは、ルーと同じ色の漆黒のマントを羽織り、フードを深く被って顔を隠しながら片膝を立てて背を丸めて座っている男性の姿だった。




偽のルイスの正体が分かったところで、ぼちぼち感想返し始めたいと思います(;´▽`A``


感想欄……ドキドキ

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