137 プロポーズ
本日、薬師令嬢のやりなおし2 発売ですよ~ ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
「大丈夫……ですか? お嬢さんこんなところで寝ていると風邪をひきますよ」
男性の声に、ビクリと体を震わす。どうやら私はベンチに座ったまま寝ていたようだ。目を開けると辺りはすっかり暗くなっていた。う~ん、と眠い目をこする。こすった手の感触から私は五十六歳ではなく、若いままだということに気付く。両の手の平を見て、残念なようなホッとしたような複雑な気持ちになる。ああ、やはり人生をやり直しているのも、十二歳に時間が巻き戻ったのも夢じゃなかったのね……。
と、もう一度さっきの声がした。
「どこか具合が悪いところでも?」
はっとして見上げると、男性が私の顔を覗き込んでいるようだ。森の家からのあかりが逆光になっていて、その男性の顔を見ることができない。
「あの……?」
「大丈夫ですか」
「え? ……ええ」
ここはどこだったかしら? この男性?
ハッ!!
ベンチから勢いよく立ち上がる。すると捻挫した右の足首がズキッと痛んで、また座り込んでしまった。
「お嬢さん、やはり具合が悪いのでは?」
「だ、大丈夫です!!」
私は右足首がジンジンするのを我慢して、必死で考えを巡らせる。
こ、ここは迷いの森。護符を持たない普通の人が入っても弾き飛ばされてしまう不思議な森。そしてここはその森の真ん中にある家。そしてこの家の持ち主は……。
「あ……あの!!」
「は、はい?」
男性の顔が見えないのがもどかしい! ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あ、あの。あなたは……ル、ルイス様ですか?」
男性は一歩後ろに下がった。そのおかげで森の家からのあかりがその横顔を照らす。
「ル、ルモンドさん!!」
なんとそこにはミーシャの予想通り紺色のメッシュが入った白髪の歴代の戦士のような肉体を持つ薬師、そしてヨーゼフの昔馴染みだというルモンドさんがいた。
「はい。私がルイスです」
ルモンドさん……いいえ、ルイス様はしわの刻まれた目尻を下げる。なんてことだろう。ルイス様の正体がルモンドさんだというミーシャの予想は当たっていたのだ。
「ルモンドさんが……ルイス様……」
ぽおっとルイス様の顔を見つめてしまう。そんな私を困ったような顔をして、黄色い瞳が見返す。
「ところで、なんでお嬢さんがここにいるんですか?」
「わ、私……」
何を言えばいいんだろう? 『前の人生』から、何度となくルイス様と会ったらこう言おうと思い描いていた言葉や自己紹介が幾通りもあったはずなのに、どれ一つ思い浮かばない出せない。ルモンド……いやルイス様の顔を見て金魚のように口をパクパクさせるだけだ。
どうしよう。何か言わなくちゃ。このままじゃルイス様に変な子だと思われてしまう。
「あの……あの……」
「はい?」
ああ、何か早く言わなくちゃ……。何か……。
「あの……好きです。結婚してください!」
グホオッとルイス様はむせかえった。
私も焦る。よりにもよって、いきなり告白とか、プロポーズとか何バカなことを言ったの⁉ 恥ずかしさで居ても立っても居られず、慌てて顔を手で隠した。
「あ、あの、そうじゃないんです。あの、その……」
衝撃から立ち直ったらしいルイス様。
「お嬢さん。こっちを見てください」
「いいえ。恥ずかしくてお顔を見るなんて……」
「見てください」
「は……はい……」
黄色い瞳と目が合った。
「いいんですか? 私には爵位はありませんよ」
「そんなの関係ないわ!」
「やはりおもしろい。あなたは」
『やはり』? どういう意味かしら? それにしても爵位だなんて……ヨーゼフと一緒にいたからオルシーニ家の者だということが分かってしまったのかしら?
ルイス様は精悍な顔をゆるめてニコリと笑った。
「結婚しましょう」
私の手を取り、市場でもそうしたように手の甲に男らしく厚い唇を落とした。
「誓いのキスです」
「……くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
私の心臓が早鐘を打ち鳴らした。というかさっきから頭もガンガンしっぱなしだ。
「ところでここには何をしに来たのですか? 何か目的があって来たのではないですかな?」
「え?」
何を言われたのか頭に入らないでいる私に、ルイス様は同じ言葉をもう一度かみ砕いて繰り返してくれた。
「あ! ああ、あの……さしつかえなければ素材を少々、それと調合室をお借りできないかと……」
「かまいませんよ」
「ほ、本当ですか?」
やった。これでグレテルの治療もできるわ!
「では先に家に入ってて下さい。お嬢さんはどうやら足を痛めているようだ。外は暗い。私が畑から素材を探してきましょう」
「そんな! 私ここで待ってます」
「いくら夏だとはいえ夜には冷えます。レディをそんなところに置いておくのは心苦しい。どうぞ中へ……。婚約者どの」
「こ、こんやくしゃ――⁉」
「おや、そうではないのですかな? 先程、約束をしたでしょう?」
ルモンドさんはクスクスと笑い声をあげる。
「いえ、あの……その。あれは混乱していたというか、妄想が行き過ぎたというか……、どうか忘れて下さい!」
「そうはいきません」
「あの……それはそうですが……。あの……なんで私のこ、こ、告白をお受けしてくださったんですか? 子供のたわごとだとは思わないのですか?」
「思いませんよ。私はあなたに惚れていますから」
「!!!」
ル、ルイス様が私に……私に惚れているですって……? そんなの『前の人生』を含めて初めて……あ、初めてじゃなかった、そういえばニコにも言われたわ。でもこの嬉しさは比べものにならない。
ルイス様は足を捻挫している私のためにダンスのエスコートのように手を貸してくれ、森の家の扉の前に連れて行ってくれた。
「さあ、扉を開けてください」
「あ……はい」
私はドアノブに手をかけようとした。大した事ではないけれど、少し違和感を持った。エスコートされているときに扉を開けるは男性の役割。なぜご自分で開けないのかしら?
チラリと見上げたルイス様の顔は、今まで見たことがないほど酷薄な笑いを浮かべていた。
「ル、ルイス……様?」
思わずルイス様から手を離してしまった。ルイス様は打って変わって紳士的な微笑みを浮かべて私を見返す。
「なんでしょうか?」
「あ……いいえ。何でもありません」
そうは言ったものの、私はさっきのルイス様の表情が忘れられない。
ふと『前の人生』でこの家の話をダンにした時に、この家を守るためにこの森があるようだと言った事を思い出した。なんでこんな時に、こんな事を思い出すんだろう? 不安になり、首に下げた護符を握る。そのおかげか少し冷静さを取り戻した。そして考える。この家を守るため……誰から?
その時、グルルルルと唸り声を上げて大きな黒い塊がルイス様に突進してきた。
「きゃああああ!!」
ルイス様はとっさに大きく後ろに飛んだため、黒い塊はドアに体をドンと大きな音をさせる。私は恐怖で後ずさろうとしたが、足が痛んでその場に倒れこんでしまった。
「た、助けて‼ ルイス様!」
私は黒い塊の影に隠れて見えないルイス様に向かって声を張り上げる。
「動くなよ、ユリア!」
その声と同時に、氷のつぶてが森の家を傷付ける。私のすぐ近くにもそのつぶては投げ込まれ、テラスの床を深くえぐった。これが私にぶつかっていたら……と、血の気が引いた。再びつぶてが投げ込まれる。
これは……魔法? もしかして【氷礫】の魔法?
魔物はそのつぶてが当たった時にだけ押し殺したような小さな悲鳴を上げたが、その場から動こうとしない。動かなければつぶての的になるしかない。なのに動こうとしない。
も……もしかして、動いたら私につぶてがぶつかるから? 足元に赤い血が流れてきた。私の血ではない。この黒い塊の血だ。よくその黒い塊を見れば、黒い毛皮をした大きな獣、もしくは魔物だということが分かる。それも犬型の。
「ル、ルー? ルーなの?」
返事があるはずもない。しかし私は確信した。これは私がこの森の家で二十数年一緒に暮らした大型犬の魔物・ルーなのだと。
再び氷のつぶてがルーに襲い掛かる。
「も、もうやめて! やめて、ルイ……え?」
私はあることに気が付いた。ルイス様は魔法のような効き目のある数々のレシピを持ち、こんな小さな家にもかかわらず希少で珍しい魔道具をふんだんに持っている。でもルイス様は貴族ではなく薬師だ。魔力など持っているはずがない。現に私が読んだルイス様の日記にも、魔法に関することは何も書いていなかった。
「ルイス様じゃ……ない?」
引き続き、ネタバレになりそうですので感想返しをストップしております。
申し訳ありませんm(__)m
次話からまた三日に一回の更新を目指す不定期更新に戻します。