136 森の家
いよいよ明日、薬師令嬢のやり直し2 発売ですよ~ [影]ω ̄)ジーーー
四人で手をつないで歩く風景は、きっと他から見たら楽しそうなピクニックでも行くように見えるだろう。でも私達の顔はピクニックの楽しい表情どころか引きつっていた。
「ここ……もう真夏だというのに涼しいわね」
不気味そうにガウスが言う。
「本当ですね。なんだか寒いくらいです」
私と手をつないでいない方の手も、つないでいる私の手の上に添えた。温めてくれようとしてくれるのはありがたいけれど歩きづらそうね。
「気付いているか? 虫も鳥の声もしないぞ……」
「本当です……」
三人はぞっとしたように言う。私もこの異様な森の風景に戸惑っていた。
「……迷ったんですかね?」
「ヨーゼフの護符が効かなかったのかしら?」
「いや、そうじゃないだろう。俺もこの森がこんな風だとは聞いていない。考えたくないが、森に何か異変が起こったのかもしれない。例えば強い魔物が現れたとか……」
そういえば鴆が現れた時のオルシーニの山も弱い魔物や獣が逃げ出し静かだった。残るのは逃げるすべもないスライムのような低級の魔物だけだ。私と同じことを考えたのか、スライムに嫌な思い出があるミーシャはピタリと止まって私の手を来た方向に引っ張った。
「もう引き返しましょうよ~!」
半泣きのミーシャをダンが止めた。
「もう遅い」
「何が遅いんですか~? 真っすぐ来ただけなんだから引き返せば迷う事なんてないですよ~」
ミーシャは私の手を引っ張りながら、駄々っ子のようにブンブン回している。
「上を見てみろ」
ダンの言葉で、みんないっせいに上を見上げた。
「普通よね?」
「待って! ユリアちゃん。森に入った時の太陽の位置を覚えている?」
「確か天上より右に傾いて……。なのに今は後ろにあるわ」
「というわけだ。真っすぐ歩いているはずなのに太陽の位置が変わっている。これでは現在の位置を知る事さえ難しい」
「じゃあ……このまま進むしかないわね」
「そんなあぁ」
ミーシャが手をつないだまま、私の腕にしがみついてきた。
「大丈夫よミーシャ。何があってもダンとガウスが守ってくれるわ」
「そうよ、ミーシャちゃん。ユリアちゃんのいう通りよ。これでも私達、強いのよ」
ガウスはダンの腕を組んだ方の手でガッツポーズをとった。
しばらく歩いたところで、視界が悪くなっていることに気が付いた。
「霧が出てきたようね」
足元から白く冷たい霧が広がり、あっという間に視界を奪った。お互いに声をかけながらゆっくりと歩みを進める。
「困ったわね……。こう視界が悪くちゃ、どうにもならないわ」
「手探りで行こうにも、こうがっちりと手をつないだままだと、どうにもならないな」
「かといって手を離せばバラバラに……」
「ふえええ~ん。不気味ですぅ。なんだか魔物でもでてきそうな……」
唐突にガウスが短く「シッ」と静かにするように指示する。つないだ手から、ガウスのピリピリとした緊張が伝わってきた。私も神経を尖らせて白く見えない周りに目をこらす。と、いきなりミーシャの絹を引き裂くような悲鳴があがった。
「きゃああああああ!!」
「どうしたの⁉」
「あ、あそこに魔物が……!」
私にもその悲鳴の原因が見えた。黄色い二つの人魂が、光跡をジグザグに残しながら近づいてくる。いや人魂ではない。グルルルという獣の唸り声と、巨大な足音も一緒だ。
「二人とも下がっていろ!!」
霧で見えないが、私達の前にダンとガウスが立ちはだかったのを感じた。魔物がグワッと声を上げながら私達に飛び掛かる!
「もうダメ!」
ミーシャは恐怖で、頭を抱えたまま座り込んでしまったようだ。あっと思った時は遅かった。私は誰とも手をつないでいなかった。霧が質量をもってブワッと押し寄せて来たかと思うと、ふいにシ――ンと静寂に包まれた。
「え……? みんなは? 魔物は?」
手を振り回すが、さっきまで密着していたはずのみんなは誰もいない。もちろん魔物も。
「ミ、ミーシャ! ダン! ガウス!!」
いくら三人の名前を呼んでも誰も答えない。心細さと不安に潰されそうになる。
「ミーシャ! ダン! ガウス!」
声の限りみんなを呼ぶが、返事どころか物音一つ聞こえない。いつしか体を覆っている白い霧が急速に体温を奪っていた。このままではいけない。そう思い、一歩踏み出そうとして、つまずいた。
「きゃあ!」
痛む足を撫でながら、落ち着いて、落ち着いて、と自分に言い聞かせる。ここは私が暮らしていた森。大丈夫、私なら分かるはずよ。
地面に手を這わせるとすぐに木の根元にぶつかった。それを頼りに立ち上がろうとすると、ズキンと右足首に痛みが走った。さっきの転倒で捻挫したようだ。それでも木に抱きつきながら必死に立ち上がり、なんの木なのかを調べる。樹皮が縦に割れている。それに地面に転がっていた古い木の実……。これは……スダジイの木だわ。この森にはスダジイは一本しかない。『前の人生』では、秋になると食べられるドングリがなるのでよく拾いに来た。良かったわ。ここが森の中のどこらへんか分かったわ。そしてその場でしゃがみこみ、石や古いドングリを拾ってあちこちに投げる。大抵は草に落ちる音しか聞こえなかったが、何度目かでやっと大きな石に当たる音がした。
「これで方向が分かったわ。スダジイの木と大石の間をまっすぐに進めば……」
ゴクリと喉をならす。急に不安になった。本当にあるんだろうか森の家が……。
寒さが体の芯まで忍び込む。こんなところにいたら、風邪をひくだけではすまない。あると信じて進まなくちゃ。落ちていた木の枝を杖代わりにして、捻挫した足をかばいながらゆっくり進む。途中、何度か木にぶつかりそうになったが、それがなんの木か確認すると自分が正しい方向に向かっているのが分かった。
もうすぐ……もうすぐ森を抜ける。家の周りは薬草畑になっているはずだから、踏み潰さないように注意しなくちゃ。ああ、それにしてもこの霧。何も見えないわ。風が吹き飛ばしてくれればいいんだけれど……。そう思った瞬間、大風が吹いた。すると霧は掻き消え、私の目の前には魔法のように丸太を積み上げた一軒家が現れた。
「あった……森の家。私の……いいえ、ルイス様の家」
ここで私は二十数年間、大型犬の魔物・ルーと共に生活した。薬師になったのもここでだ。やり直しからほんの数か月しかたっていないというのに、懐かしさが溢れて来た。
よろよろとすがすがしい香りを放つ薬草畑を横切り、大きなテラスのベンチに座り込む。
そう……最初に森で迷い込んでこの家にたどり着いた時も、このベンチに座って眠り込んでしまったのだ。起きると夜で、魔道具が部屋の中を照らしていた。住人にベンチを借りて休んだことのお礼を言おうと思いノックしたが、返事がない。ドアノブを回すと鍵がかかってなかったのか開いてしまった。中は埃だらけで何年も人が住んでいないことはすぐに分かった。魔が差してしまったのだろう、私は中に入り込んでしまった。その時にこんな小さな家には不似合いなほどの大量の魔道具が働きだして、あっと言う間に埃だらけの部屋をきれいにしてしまった。そして魔道具にいつの間にか用意されていたお茶とお菓子を食べて泣いたのだ。受け入れてもらったと。今思えば、何を都合のいいことをと思う。でもあの時は何年も人に受け入れてもらえなくて、自分が悪いのだけれど不遇な日々を過ごしていた時だった。精神的に追い詰められていたのだろう。私はすっかり森の家に居ついてしまった。一日、二日と寝泊りするうちに離れがたくなり、ルイス様が戻って来るまでと思っているうちに二十数年が経ってしまった。
思い出に耽りながら、テーブルの前のテーブルの上に手を滑らせる。ここで何度、薬草の仕分けをしただろう。それに何度、甘い物好きなルーと一緒にお菓子を食べただろう。
ルーのことを思い出すと胸が苦しくなる。人生をやり直してもダンやガウスと会うことはできた。でもルーとはきっと会えない。出会った時はケガをしていたとはいえ、ルーは強い魔物だ。鴆のような巣を作る魔物と違い、強い魔物の行動範囲は人間が想像する以上に広い。あのケガをした日にここで待ち伏せていない限り、ルーと会うことはできないだろう。それに会えたとしても、同じように関係を築くことができるか……あれはお互い一人だったから築けた関係なのだ。それが分かっているからこそ、できるだけ思い出さないようにしていた。
でもこのベンチに座っていると、今にもドアを器用に鼻先で開けてルーが顔を出しそうだ。まるでやり直しも、この十二歳の体も夢であるかのように……。
今回は発売記念のSSを書けませんでしたm(__)m
その代わり、明日また更新いたします。
そして感想返しなんですが……。
本来なら発売に合わせてこまめに返事をしなくてはいけないところなんですが、
今の内容では何を返してもネタバレになってしまうのではとヒヤヒヤでして(;´Д`)
申し訳ありがせんが、内容が落ち着いたらまとめてお返事させてくださいm(__)m
いつもありがとうございます!