135 ルイス様ってどんな人?
迷いの森に行くのは、私、ミーシャ、ヘンゼフ、ダンとガウスの五人になった。街のはずれから歩いて一時間もかからない迷いの森までは、ダンの馬車でほんの二十分でつくそうだ。荷台には私とミーシャ、それに置物のように動かないヘンゼフしかいない。
「お嬢様、森の家に行ったらルイス様にお会いできるんでしょうか?」
「ど、どうかしらね?」
実はルイス様にお会いできる可能性は低くないと思っている。その理由は、盗賊の襲撃に関わった謎の少年・ニコ、彼が私のためにオルシーニの本屋のアルさんに遠く離れた子爵領で入手させた本だ。その本は『前の人生』で私が森の家で読んだことのある、ルイス様の手による書き込みが多数されている本そのものだった。襲撃の後、修道院にさえ持ち込んで暇なときに何度も読んでいるうちに気付いたことがある。あの本は今年の春先、私がやり直しをする直前に出版された本なのだ。ということは、ルイス様は今年の春には森の家にいた可能性が高い。希望的観測かもしれないが、今もきっと……。それにしても『前の人生』では森の家の本棚にあったその本が、どういう経緯で子爵領の中古本屋に流れたのかは分からない。それにどうしてニコがその本のありかを知っていたのかも。盗賊の襲撃に手を貸す位だから私を狙っている敵のはずだが……なぜか憎めないでいた。それはアルの本屋での会話が楽しかったからかもしれないし、「嫁に来い」と言われたからかもしれない。
考えが横道に逸れてしまった。そういったわけで、もしかしたら今回ルイス様とお会いできるのではないかと期待しているのだ。
「お嬢様はルイス様とお会いしたことがないんですよね? どんな人だと思います? やっぱりイケメンなんでしょうか?」
やはり恋に恋する少女であるミーシャはうきうきと目を輝かせる。
私も今まで何百、何千回もルイス様がどんな人かと妄想してきた。ある時はストイックな学者タイプ。ある時は危ないマッドサイエンティスト。ある時は薬師とは関係ないような筋骨隆々な紳士。でも実際に会えるかもしれないとなると、目の前がぐるぐるとまわってしまい妄想のカケラも浮かんでこない。
「お嬢様! どうしたんですか⁉ 尋常じゃない汗をかいていますよ」
ミーシャが果実水を差し出したのを一気飲みする。
「はあはあ。ルイス様に会えるかもしれないと思ったら、緊張しちゃって……」
「もう! お嬢様ったら、純情さんなんですから!!」
バーンっと背中を叩かれた。またミーシャったら、私が主人だって事を忘れて……。
でも私の胸は高鳴りっぱなしだ。もちろん今回の目的は、グレテルの薬の素材を手に入れるためだということを忘れてなんかいないし、ヨーゼフが言う通り「悪魔」のような人かもしれない。でも、でも……。慌ててミーシャが水筒からもう一杯果実水を注いでくれた。
私がまたしても一気飲みしていると、ミーシャが天上に目をやりながら「う~ん」とうなる。
「たしか執事長はルイス様とは前の戦争の時の戦友だって言っていましたよね。前の戦争っていうと、奥様……お嬢様のお母様がお生まれになる前の事。その時代に知り合っていたって事は……」
ハッと息をのんだミーシャは、私の肩をつかんで揺すぶった。だから私が主人だってこと……。
「お嬢様!! ルイス様もきっとおじいちゃんですよ!!」
自分の事でもないのに、「どうしましょう」とガクガクと私の肩を揺すぶる続けるミーシャ。
「お、落ち着いて、ミーシャ! 私は言ったはずよ。ルイス様が二目と見れないようなお姿でも、老人でも、うんと性格が悪くてもかまわないって」
ふとミーシャが真面目な顔になる。
「……私がアランさんに失恋した時の言葉でしたね」
「ええ」
「なんだか、すごく昔の事のように感じます。あれから私はまた別の恋をして破れ……そしてまた……」
え? アランの後はガウスを好きになって失恋したのは知っているけれど、今もまた別に好きな人がいるのかしら? ちゃんとしたお相手ならいいけれど……。
相手が誰かを聞こうとしたときに、ミーシャが「んん?」と首をかしげる。
「あの……お嬢様……」
「何?」
「執事長はルイス様の事を『戦友』で『悪魔』って言っていたんですよね?」
「そうだけど」
「それでルイス様は薬師……」
「ええ」
ミーシャは目をこれ以上ないほど丸くして、自分の口を押さえた。
「ど、どうしたのミーシャ?」
「ばばじ! ばがびまじだ」
何を言っているんだろう。
「……その手をどけてから言ってちょうだい」
「私、分かりました! 分っちゃったんです!」
今までの小声はどこへやら、興奮したミーシャの大声に御者台のダンとガウスが振り返る。でも騒いでいるのがミーシャだと分かると、何事もなかったかのように前を向いた。……二人とも、ミーシャの扱いに慣れたわね。
「何が分かったの?」
「ルイス様の正体です!」
「正体もなにも……」
ミーシャは私の唇に人差し指を押し当てる。
「よーく考えてください。『悪魔』っていうのは、嫌いな相手ってことですよね? いたじゃありませんか。この街に来て、あの温和な執事長の機嫌を最悪にした相手が!」
最悪?
「そうですよ。それで前の戦争の話をされて……薬師で……」
「あ!!! もしかしてルモンドさんのこと?」
ミーシャは親指を突き出した。
「その通りです!!」
「そ、そういえば『ルモンド』って名前を名乗る時に、少しつっかえたの。自分の名前をつっかえるなんておかしな人だと思ったけど、……もしかして偽名なのかしら?」
「きっとそうですよ!!」
「ルモンドさん……ルモンドさんがルイス様……? そんなまさか……」
あの紺色のメッシュが入った白髪と、お歳を召しても精悍な顔立ちと頑健な体躯。そして私の手の甲にキスしたような軽やかさ。今まで私が持っていたルイス様のイメージがだんだんとルモンドさんに引きずられていく。
「ルイス様が……ルモンドさん?」
ミーシャが「きっとそうですよ!」とはしゃいだ声を上げたその時に、馬車が止まった。
「ついたぞ。ここから先は迷いの森だ」
◇◇◇
その森は一見普通の森だ。森の手前で唐突に道が切れ、突き当りに立札がある。
『この森危険、引き返すべし』
実際のところは、この森を抜けた方が街道への近道であるため、多くの命知らずの冒険者や商人が徒歩でこの森に入る。馬車を下りたミーシャは、森を見て落胆したような声を出す。
「迷いの森なんて物騒な名前をしているから、どんなにうっそうとした暗い森かと思ったら、普通の森じゃないですか」
「そうなのよ。普通の森なのよ」
思わず頷いた私にダンが待ったをかける。
「だから、この森を知っていて『普通の森』なんて言うのはユリアくらいのものだぞ。ユリアだって護符がなければ迷うに違いないんだからな」
「……それもそうね」
私は首にかけたヨーゼフから渡された護符を握り締めた。
「じゃあ、行って来るわ」
「待て! 一人で行くつもりか?」
「え? そのつもりだけれど」
私には護符があるため森では迷わなくても、他の人は迷う可能性がある。だったら最初から一人で行った方がいい。
「ダメだ。ユリアを一人で森にやるなんてできない!」
「でも私は護符があれば、この森は自分の庭みたいなものだから……」
「それは『前の人生』の話なんだろ⁉ 今はそのルイスってやつがいるかもしれないじゃないか!! ダメだ、ダメだ。ユリアみたいな女の子を一人で、男が住んでいるような場所へやるのは!!」
……いつもの冷静さはどこへいったのか、ダンは怖い形相でがなりたてる。そのダンの肩にガウスが呆れ顔で手を置いた。
「ユリアちゃん。ダンは感情的になっているけど、私も同じ意見なの。あなた一人を森にやるのは心配だわ。そのルイス様って人も、どんな人なのか分からないんでしょ? 変態だったらどうするの?」
……へ、変態??? まさかそんな。
「そうですよ、お嬢様。それに護符だってお嬢様のじゃないんだし、本当に迷わないかどうか分からないじゃないですか。もし森から放り出された時に、たった一人だったら悪い人にさらわれちゃいますよ!」
一番納得できたのは、意外なことにミーシャの意見だ。確かにヨーゼフの護符がちゃんと起動するかどうかは分からない。だとしたら身の安全を確保してくれる人が一緒の方が安心だ。
「分かったわ。ならみんな一緒に行きましょう。でも、護符は一つしかないわ」
「この森を近道として使っている冒険者パーティに聞いてきた。そいつらは手をつないで行くそうだ。そうしないと、同じような場所に放り出されるものの数分から一時間くらいの時間差が出るそうだ」
「お嬢様、私達も手をつないで行きましょ! 手をつないでいれば、森を迷わなくても放り出されても一緒ですよ!」
手をつなぐ……。『前の人生』で森の家に誰かを招待しようなんて思わなかったから、そんな方法を試したことはなかった。でも……確かに護符を持っている私と一緒なら森で迷わないで一緒に行けるかもしれない。
「それも……そうね。よし、やってみましょう!」
ささっとミーシャが私の右手を握り、ニンマリと笑った。では左手を……と見ればガウスが澄ました顔で手を差し出していた。ガウスの反対側の手は、暴れているダンの首にしっかり絡みついている。
……うん。これで森の中で何かにおそわれても戦力は大丈夫そうね。
「ヘンゼフはどうする? ミーシャの手を握る?」
ミーシャはげえええ、と乙女らしからぬ声をあげる。
「いいえお嬢様。馬車を守る人間が必要です。私はここで待っております」
ヘンゼフは道の突き当りに止めたままの馬車を指さす。
せっかくミーシャと手をつなぐ機会なのに……。やっぱりこのヘンゼフは変だ。どうにかできないかしら? そのこともヨーゼフと話し合わなくちゃ。
「お願いね」
「かしこまりました」
ヘンゼフも、ヨーゼフと同じくきっちりと四十五度に頭を下げた。
連載を初めて1年ちょい。やっとあの人が顔を出すのではないかと思うと、期待と不安で筆がにぶってしまいます(~_~;) どうぞご容赦下さい。