134 ヨーゼフの隠し事
10/10 薬師令嬢のやり直し2巻 発売ですよ~ [影]ω ̄)ジーーー
私が人生をやり直していることを話したのは、いままでにミーシャとヨーゼフだけだ。ミーシャもヨーゼフも疑うことなく、ただ受け止めてくれた。でもこの二人は、やり直し前にそれ程長い時間を一緒に過ごしていない。ミーシャは私が婚約破棄されて勘当された時に、一緒に修道院についてくるんだと泣き叫ぶところを押さえつけられているのが最後だったし、ヨーゼフ至っては私が十三歳の時に亡くなったと聞いただけで、最後に会ったのは幼い頃だ。ところがダンとガウスは違う。長い時間を二人と過ごした。その分『前の人生』でも二人の話は長くなる。そのたびに質問が飛び出て、何度も話を中断しなくてはならなかった。
「ユリア! グレテルが死んだっていうのは本当か⁉」
「ええ、本当よ。私とダンが出会った時にはすでに……。ご両親も亡くなられて、ダンが薬問屋を引き継いで店主になっていたわ」
「父さんと、母さんも……」
ガウスが静かに言う。
「……私は突然二人の前に現れなくなったのね」
「ええ……」
「その時、ダンは何か言っていた?」
「確か……『冒険者ならよくあることだ』って……」
「そう……」
その他にも、いつまで冒険者を続けたのか、店の経営はどうなのか、ダンとガウスの仲はどうなったのか、次々と質問を投げかけようとしている二人をヨーゼフが止める。
「お二方……。お嬢様が知っているのは『前の人生』での話ですじゃ。『今の人生』ではございせん。今、お嬢様はここにいらっしゃって、グレテルさんを救おうとなさっておられうます。ですから……よいですかな?」
ヨーゼフは息を止めて、ダンとガウスの顔を順に見つめた。
「すでに未来は『前の人生』の通りではないのでございます」
二人ともハッと目を見開いた。
「そうか……。そうだよな。未来はユリアの知っている『前の人生』とは変わったんだ。すまなかった、ユリア」
「そうよね。ごめんなさいね、ユリアちゃん」
私は軽く首を振る。
「いいのよ。なったかもしれない自分の姿だもの。気になって当然だわ。でも……私の話を作り話だとは思わないの? 到底信じられないような話でしょ?」
そういえば、とダンとガウスが顔を見合わせた。
「そんなこと思いもしなかった」
「私もよ」
「どちらかと言うと……これでやっと納得したという気持ちの方が大きいな」
「私もそうね。私はホッとしたっていう感じよ。だってユリアちゃんはまだ十二歳よ。なのに十二歳とは思えないほど堂々としていて、薬師としての才能もあって、診察の技術は兄さんよりも確かで……」
ガウスは唇をギュッと引き結んだ。
「ユリアちゃんは知らないかもしれないけれど、病院でユリアちゃんが診察を始めた時は内部の反対がひどかったのよ。患者さんは一緒に兄さんがいたから何も言わなかったけれど……。なのに、あっという間にその実力でどこからも反対があがらなくなったの。一人で診ていても患者さんからは、疑問の声どころか賞賛の声さえあったわ」
ガウスがハアッと肩を落とした。
「ユリアちゃんと私と比べられると……。自信をさらに無くしているところだったの。でもユリアちゃんが五十六歳なら、私なんかよりもずっと大ベテランよね。だったら私だって頑張れば……!!」
「そうよ、ガウス! 私に診察の技術を教えてくれたのはガウスだもの。絶対に名医になれるわ!」
「え? そうなの?」
「そうよ!」
私とガウスは「がんばりましょう」と手を合わせた。
「それにしても薬師・ルイスか……」
ダンが顎に手を当てて呟く。
「いったい何者なんだ。その男は?」
「私も分からないの。私はルイス様を師匠と思っているけれど、やったことはレシピを盗んだのも同然だから……」
「ユリアがその森の家に住んでいた二十数年間、一度も帰ってこなかったんだろ?」
「ええ……」
「言いたくはないが、きっと死んだんだろう。それなら盗んだ事には……」
ダンがそういうのは、弟子のいない薬師は死後に薬組合にレシピを譲渡することもあるからだ。
「……いいえ。私がやったことは盗みと同じよ。きっとルイス様は死んでいないもの」
「何でそんなことが分かるんだ?」
なんでだろう……。私は森の家に住んでいる二十数年の間に一度たりともルイス様が死んでいるとは思いもしなかった。それどころか、いつだってルイス様に見守られているような気さえしていた。私はルイス様に会ったことさえないのに……。『前の人生』でも親友のガウスに「妄想もそこまでいくと純愛よね」と感心だか呆れたのだか分からないことを言われたものだ。
「ともかく分かる……としか言えないの」
ダンは腕を組み、仕方ないとばかりにため息をついた。
「問題は……迷いの森をどう抜けるかか……。ユリアはどうやって森を行き来していたんだ? 何か目印とかあったのか?」
「私は護符を持っていたから……」
「どんな護符なんだ?」
「ええっと……コインのついたネックレスのようなものよ。見たことのない花のマーク紋章が……」
そういえば、リンドウラ修道院で託されたサクラのシャトレーヌに似た花の文様があったのを思い出した。わたしは慌てて腰につけたシャトレーヌの薬容器を目の前に持ち上げる。
「……この花だわ」
どういうことなんだろう……。森の家の護符と、サクラのシャトレーヌに同じ花だなんて……。何かつながりがあるのかしら?
「その花は東の島国の花で……『桜』という花ですじゃ」
ヨーゼフがポソリと呟いた。
「桜……サクラと同じ名前の花? どんな花なの?」
「それはそれは美しく、雪のように舞い散る花びらは魂を吸い取らんばかりの幽玄さだそうでございますじゃ……」
「ヨーゼフは見たことがあるの?」
なぜか私の顔を寂しそうに見たあと、間をおいてヨーゼフは頭を振った。
「見たことはございません。知人が……昔話の中で……」
「サクラは東の島国から渡ってきたのよね。ルイス様も東の島国と何か関係があるのかしら?」
それは独り言のはずだった。でもヨーゼフはその疑問に答えた。
「やつの本拠点は東の島国でございますじゃ」
「え?」
まじまじとヨーゼフの目を覗き込むと、後悔と迷いが見えた。
「ヨーゼフ? あなたルイス様を知ってるの?」
ヨーゼフは何もないしわだらけの手の平を黙って私に差し出した。そしてその場でぎゅっと握ってまた開くと――。
「護符だわ!!」
桜の花の紋章が刻印されたコインのついたネックレス。なんとそこには『前の人生』で私が森の家で最初の一夜を過ごした朝、どこからともなく現れた護符だった。いや、よく見れば私の護符とは少し違う。二十数年肌身離さず持っていた護符は細かな傷だらけだった。でもヨーゼフの手の平から現れた護符は、まるで新品のように輝いている。
「どいう事なの⁉」
思わず口調がきつくなってしまう。ヨーゼフは途方にくれたような顔をして私を見返した。
「これは……戦友にもらったものですじゃ」
「戦友?」
「名を……ルイスと申します」
ヨーゼフは吐き捨てるように「ルイス」様の名前を口にした。私は驚きで声も出ない。
「執事長! 執事長はルイス様をご存じなんですか⁉」
私の代わりにヨーゼフを問いただしたのはミーシャだ。ヨーゼフのパイナップル柄のシャツの襟をつかんで持ち上げている。ヨーゼフは「うむ……」と苦しそうに返事した。
「なんでお嬢様にそのことを早く言ってあげなかったんですか⁉ お嬢様がどんなにルイス様のことを想っていたかは執事長だってご存じでしょ!!」
「ちょっと、ミーシャちゃん。ヨーゼフさん、死んじゃう! 死んじゃうから! 手をはなしなさいってば!」
ガウスがミーシャを引き剥がしてくれた。ヨーゼフは小さく「けほっ」と咳をしただけでダメージを受けた様子はない。ただヨーゼフの寂しそうな瞳を見て、あることを思い出した。
「……ミーシャ。誤解よ。ヨーゼフは私にルイス様の話をしてくれたことがあったわ」
盗賊の襲撃の後、ベッドに伏せる私にヨーゼフは「ルイス」という知人の話をしてくれた。確か悪魔のような人で、私の知るルイス様とは別人だと……。
「え⁉」
ミーシャは青い顔をしてヨーゼフを見る。でもヨーゼフは口を固く閉ざしてただ私の顔だけを見つめている。どれだけ見つめあったか……とうとうヨーゼフが動いた。私に護符を渡し、きっちり四十五度のオジギをする。
「ユリアお嬢様。その護符を使って下され。それがあれば森では迷いません」
「ヨーゼフもこの護符を使った事があるの?」
「はい……まだ若かりし時でした。大切な薬をもらいに……」
「そう……」
ヨーゼフがなぜ私にルイス様は別人だと言ったのかは分からない。そしてなぜ今その言葉を翻したのかも。確かに森の家に行かなければ、素材は足りずグレテルは亡くなるかもしれない。でもヨーゼフがグレテルのために私に護符を渡したのではないだろう。ヨーゼフは私にはとても優しい人だけど、誰にでもそうというわけではないからだ。だとしたら言葉を翻したのもきっと私のため。森の家のルイス様と知人のルイス氏が同じ人だと認めたのも、こうして護符を渡して私がルイス様と会えるチャンスをくれたのも私のため。そうに違いない。でも何がそうさせたのか……。
ふと気になってヘンゼフに目をやった。目の焦点が合わないまま、強く優秀な執事になろうとしているヘンゼフ。あれは筋肥丸でマッチョになったものの、体を動かさずにだらけた生活を修道院でして贅肉の塊になった後、ヨーゼフにマッサージを受けて急激に痩せたときから態度がおかしく……日が経つうちにさらに変になっていったものだ。もしかして、あれもヨーゼフが何かしたの? どうして? 何のために?
いくら私のためだであっても、隠し事をしていたヨーゼフにどう接していいかわからなかった。そして私はヨーゼフに留守番を命じた。
書籍イラストレーター煮たか様の特別なご配慮により、書籍二巻で私の一番のお気に入りイラストを公開できることになりました☆-(ノ●´∀)八(∀`●)ノイエーイ☆
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