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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
海辺の街・レバンツ編
154/207

133 罰

10月10日 薬師令嬢のやり直し2巻 発売ですよ~ [電柱]д ̄) チラッ

 途中でミーシャの目が覚めるのを待ってから、ロジン薬問屋の店に向かった。歩きながら薬組合での話をミーシャにすると、案の定プリプリと怒り出した。


「あのメギツネ! そんなことをお嬢様に言ったんですか⁉」


 許せない! と踵を返そうとするのを「薬を作って見返すのが先!」となんとか薬問屋まで引きずる。店までたどり着いた時に、扉から血相を変えたダンがむき身の剣を持って飛び出してきた。


「どうしたんだ、ダン? まさか……グレテルに何か?」


 グフタさんが悲鳴のような声を上げる。ダンは慌てて首を振った。


「グレテルは大丈夫だ。それより父さん、店が荒らされた!」

「何だって!!」

「怪しい奴を見なかったか⁉」

「ここまで誰ともすれ違わなかったわ……」


 ミーシャもそうだと頷いた。


「……そうか」


 ダンは剣を鞘にしまった。グフタさんはダンを押しのけて店に入る。


「ダン、ケガは?」


 ダンはフッと笑った。


「俺を誰だと思っているんだ。ケガなんかしないさ。それについさっき物音に気付いて店におりた時には、影も形もなかった」

「荒らされたって……被害はどれくらいなの?」

「俺は店の事は分からないが、素材類は軒並みダメにされているようだ」

「そ、それじゃ鴆の羽は⁉」


 ダンは顔色を変えた。グレテルの薬の素材で一番希少なのは鴆の羽だからだ。代わりのアテはない。


「父さん!!」


 私たちは店に飛び込んだ。


「なんてひどい……」


 天井の梁にかけて束ねて乾燥させていた薬草は床に落ちて踏み潰され、カウンターの奥にある小さな引き出しのたくさんある薬の素材棚は、棚ごと床に叩きつけられる。鍵の魔道具でしっかり施錠されていた薬棚のガラスの扉は割られて鋭利な破片が飛び散り、私達が歩くたびにチリリチリリと不快な音を立てた。


 遠くでダンの母親のカーナさんの悲鳴が聞こえる。神経が細くなっているカーナさんはこの異変を感じて、不安におそわれているのだろう。


「ミーシャ、カーナさんをお願い!」

「か、かしこまりました」


 ミーシャは階段をかけあがっていった。

 店の奥に入ると、グフタさんが呆然とした顔をしていた。


「ダ……ダン……店が……私の店が……」


 私もダンも言葉を無くした。


 店の奥は素材置き場と貸調合室になっていた。店のように荒らされていたわけではない。その代わり水浸しになっていた。これでは木箱や紙の包みで保管されていた素材はダメになっているに違いない。そして貸調合室。ここにはスラ玉で作られた強酸が撒かれていた。今もジュウジュウと音を立てて、調合鍋や秤などの金属を溶かしていく。


「物音からしてもあっという間の犯行だ。俺がグレテルの部屋から下に降りたときはもう誰もいなかったくらいだからな」

「泥棒……ではないわね」

「ああ。まるでこの店を再起不能にしようとしているようだ。……父さん、人に恨まれる心当たりはないか?」

「そんなものは……。……あ」


 グフタさんは私を見た。私……?


「まさか……『はぐれ薬師』と関係を持ったからなの?」


 いやそんなまさか、とグフタさんは首を振る。しかし疑念は膨らむのをおさえられないようだった。


「こんなことをしたのは……薬組合?」


 グフタさんは肩をビクリと震わせた。まさか……、まさかそんな……。でも私達が寄り道してミーシャの介抱をしている間に、薬組合が指示を出したとすれば時間的にも合う。


「確か……『はぐれ薬師』と取引すれば、この店の薬組合の登録を取り消される可能性があるって言ってましたね? これは『はぐれ薬師』と取引したことへの……罰?」

「それだけではないでしょう……。もし、万が一でも藍色の薬が魔力栓塞の治療をすることを証明したら『はぐれ薬師』であるユリアさんを薬組合に登録させなくてはならなくなる。それを防ごうとしているのかもしれません」


 血の気が引くのは分かった。私と関わったせいで、グフタさんの店がこんなことになってしまった。私のせいで……。


「ユリア! ユリア! しっかりしろ」


 ダンが私の両腕をつかんで顔を覗き込んだ。


「だって……だって……」


 ダンの顔を見ると涙がにじんだ。ダンの顔も苦悩に歪んでいる。


「……ダン?」


 ぎゅっとダンは私を抱きしめた。


「ユリアはグレテルを……俺達家族を助けるために来てくれたんだろう? そのために払う代償ならなんだってかまわないさ」

「ダン……。でも……」

「大丈夫だ。ユリアが気にする必要はない」


 ダンのぬくもりを感じるうちに、次第に落ち着きが戻ってきた。私が来たのはグレテルの病気を治すため。どんな邪魔が入っても、それを成し遂げる。


「ありがとう、ダン。頭が冷えたわ」

「ああ」


 ダンが体を離すと、グフタさん非難がましい視線を自分の息子にぶつけた。何故かグフタさんの頭も冷えたようだ。


「お前……、自分の歳を考えろ。それじゃ犯罪だぞ」

「父さん……」


 私は慌ててダンをかばう。


「ダンなら大丈夫よ。だってダンにはガウスがいるんだもの」


 グフタさんは「なぜそこでガウスが……」と困惑気味に言うが、ダンが額をおさえていいからと退けた。状況は最悪のままだが、雰囲気が変わったのを感じる。


「グフタさん、鴆の羽を確認してください!」

「ああ、そうでした!!」


 しばらくすると「あった」と明るい声が聞こえた。


「ユリアさん、ありましたよ! これは無事でした!」


 グフタさんはガラスケースに入った鴆の羽を見せた。鴆の羽は危険物であるため、素材置き場の影になった場所に薬品金庫の中にしまってあったからだ。薬品金庫は大型の金庫で動かすこともできず、酸でも水でも損害を与えることができなかったようだ。


「よかったわ! あとは他の素材と、別の薬問屋で貸調合室を借りられればグレテルの薬を作れるわ!」


 グフタさんは首を振った。


「この犯行が薬組合のものだとしたら、私達に素材や調合室をつごうしてくれる薬問屋はいないでしょう」

「!」

「この街以外の薬問屋からならなんとかなるが……。薬問屋がいるのは大きな街だけだ。オルシーニの街との間にあるような小さな町では、小売り専門の薬屋しかないから素材なんて置いていない。一番近くで可能性があるのは、リンドウラ修道院だ。往復する時間……間に合うのか?」


 何が間に合うのかとは言わない。私も何も言わずに首を振った。


「分かった。なら、俺は薬組合に殴り込みをかけて素材と調合道具を奪い取って来るから待ってろ」

「私も行こう!」


 冷静に見えたダンも内心怒り狂っていたようだ。二人とも目を据わらせている。ダンは剣に手をかけ、グフタさんは調合用の棍棒を持ち上げている。外見だけでなく、内面も似た者親子だったようだ。


「ちょっと、ダン、グフタさん!! ダメだったら! そんなことをしたらあなたがお尋ね者になっちゃうわよ!! グレテルが治っても、あなたたちがそんなんじゃ幸せになれないでしょ」


 二人はしぶしぶ得物から手を離す。


「諦めないでください! グフタさんは、薬問屋を回って素材と調合室を借りられないか頼んで下さい」

「え、ええ……分かりました」

「ダンはお願いがあるの。明日一日私に付き合ってくれないかしら?」

「それは……かまわないが……。どうするつもりだ?」

「うまくすれば素材、調合道具、すべての問題を解決できるかもしれないわ」



◇◇◇



 次の日の朝。

 目を覚まして居間に行くと、ミーシャ、ヘンゼフ、ヨーゼフ、ガウス、そしてダンが勢ぞろいしていた。

 ミーシャがにこりと笑う。


「お嬢様が何かをなさるつもりだと、ガウスさんにも声をかけておきました」


 そしたらなぜかヘンゼフもついてきたとミーシャはガウスに歯をむくが、変なヘンゼフはどこ吹く風である。ガウスが、ふふんと鼻をならす。


「もうユリアちゃんたら、水臭いわよ。何かするなら冒険者の私に話してよね」

「もとからそのつもりだったわよ。ありがとうミーシャ」


 ミーシャはスカートの裾をつかんで「どういたしまして」と頭を下げる。


「それで、どこまで遠出をするつもりだ?」


 私はダンに微笑んだ。


「遠出なんてしないわ。うまくいけば、この街を出てから一時間もかからないもの」

「ずいぶん近いんだな……」

「でももしかしたら、数日かかるかも……」


 もともとこの街に住んでいるダンとガウスにはピンときたようだ。


「それって……もしかして」

「ええ。目的地は迷いの森の中。そこに最高の素材があるわ」

「迷いの森だって⁉ あそこは入ったヤツは必ず迷うんだぞ。それでしばらくすると森の外に放り出されるんだ。森の中だなんて誰も知らないはずだぞ」


 迷いの森はダンの言う通り、入った人間は必ず迷う。そしてだいたいは森の反対の同じ場所に放り出される。このだいたいはというのが曲者で、遠い場所に放り出されることもある。でもそのリスクを承知で、近道になるならとその森を通る商人や冒険者も多い。下手に人の手を入れて、この益をフイにしてはならないと調査もされていない不思議な森だ。

 私は『前の人生』で、その森の真ん中にある家に住んでいた。ルイス様の家である。私が森で迷わずに行き来できたのは、初めて一夜をその家で過ごした朝、手書きの但し書き付きでテーブルの上にあった護符を身に着けていたからだ。最初は家人が帰ってきたのかと思ったけれど、そうではなかった。時々そういう不思議なことが起こる家だったのだ。その家でルイス様のレシピや資料を読みながら私は薬師になった。他人のレシピを盗み見るのは薬師にとって泥棒と同じことだと知らずに。そして私はそれらの資料や日記、走り書きから会ったこともないルイス様に恋をしたのだ。何年も、何十年も……。


「……ダンとガウスには聞いて欲しい話があるの」

「『いつか話す』って言っていたことか? その薬の調合技術や魔法……それに……」


 私は目を見据えながら頷いた。


「あの……お嬢様。私もお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 相変わらず目の焦点があっていないヘンゼフがおずおずと申し出る。ヨーゼフを見れば、目を細くして深く頷いた。


「いいわ。これから話すのは……」


 私は深呼吸した。


「私の『前の人生』についてよ」

 




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