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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
海辺の街・レバンツ編
144/207

123 決意


 どうやら私はミードさんがとってくれた宿に到着するなり眠ってしまったようだ。柔らかで清潔なシーツにくるまれて眼が覚めたら、窓から見える空はすっかりオレンジ色になっていた。


 私は寝ころんだまま、大きく伸びをした。こんなにゆっくりお昼寝をしたのは久しぶりだ。修道院からレバンツの間は、オルシーニ伯爵令嬢であることがバレないようにできるだけ野営をしてきたため疲れがたまっていた。


 ミードさんは自分の名前でレバンツの街の冒険者ギルドが所有する部屋を借りてくれた。予約をしないで一番いい部屋を借りれたのは、ミードさんの高名のおかげである。

 建物は五階建てで一階は食堂、二階から四階は新人から下級冒険者のための雑居部屋か相部屋だそうだ。そして私達がいるのは最上階である。そこはフロア貸しになっており、中級冒険者以上の者が使えるパーティ用の部屋だ。真ん中に居間と小さなキッチンがあって自炊もでき、風呂はないがシャワーはある。一階の食堂で三食とることもできるが、夜は酒場になるため十二歳の子供には危険があると、夕食はそのキッチンで何かを作って食べるのだそうだ。

 その共有スペース囲むようにして個室が五部屋。私、ミーシャ、ヨーゼフ、ミードさん、クラリッサ様で使う。ヘンゼフの部屋がないのは、レバンツでは冒険者としての修行もするため実力にみあった雑居部屋からスタートさせるためらしい。

 私が眠る前には、まだヨーゼフもクラリッサ様も帰って来ていなかったけれど、もう戻ってきたのかしら?


 ゴロンと寝返りをうって部屋の様子を観察する。


 窓際に物を書くための作りつけのテーブルがあり、木の椅子がひとつ置かれている。テーブルの上には、インク壺と小さな背の低い花瓶に淡いクリーム色の夜会のドレスを逆さまにしたような花が一輪。花は寝る前にはなかった。ミーシャが活けてくれたのだろう。

 再び反対側に寝返りをうつ。そちらには共有の居間につながる扉がある。高級宿の部屋とは別の種類の居心地のいい、落ち着く部屋だ。


 それにしても、この太陽の臭いのするお布団は気持ちがいい……。クッションを抱きしめるように、キュッと抱くとまたもや眠くなってきた。

 また閉じかけた目が開いたのは、夕方の時間を知らせる鐘の音のせいだ。


 教会が知らせるこの鐘の音は、高価な時計のない人々に仕事が終わりの時間だと知らせる合図になる。農作業をしている人は道具を鼻歌を歌いながら片付けをし、商売をしている人は店を閉めて帳簿を引っ張り出して頭を抱え、幼子を背負った女達は出来上がった料理をテーブルに並べ始める。反対に夜から活気が出る酒場などは、鏡の前でウエイトレスなどが口紅を引き直している時間だ。


「……懐かしい」


 私の小さな独り言は、お布団に吸い込まれて消える。

 人生をやり直す前は、このレバンツの近くにある森の真ん中の家に住んでいた。もともとはルイス様の家だ。

 迷いの森と呼ばれるその森は、なんでも森に入る者は必ず迷うのだそうだ。だがほどなく森の外に放り出されるらしい。放り出される場所はだいたい決まっているので、森を迂回して行くよりも森に突っ込んだ方が早くに森を抜けられると、恐れ知らずの冒険者や時間を貴重だと考える商人はわざと森に入って近道をするのだという。その森の家にも潮風に乗ってこの鐘の音は毎日届いていた。その音を聞くと薬草畑の手入れを止めて、一緒に住んでいた赤い目で黒い体の大型犬のような魔物・ルーと家に入って夕食の支度を始めるのが常だった。


 ルーは不思議な魔物だった。森の家の裏庭に怪我をして倒れてるところを治療してあげたところなつかれて、怪我が治ってもそのまま森の家に居ついてくれた。ルーはずいぶんと頭のいい魔物で、私が欲しい素材を言うと森の内外から採ってきてくれた。その素材の中にはかなり強い魔物もいたが、ケガ一つなかったところを見るとルー自身もとても強い魔物だったようだ。住んでいるのが迷いの森なので盗賊などにおそわれる心配はないとはいえ、ルーと一緒暮らしていることでどれだけ安心できたか。

 ルーのことで、私が唯一残念なのは、知能の高い魔物は人間の言葉を話すことがあるというがルーは話せなかった事だ。もし話せたら、そんな強い魔物のルーがどうして傷だらけで森の家の畑で倒れていたのか、迷いの森とよばれる森をなんの苦もなく行き来するのはなぜなのかを聞きたかった。ううん、そんなことだけではなく、ただ毎日のどうでもいい話をしたかった。街に行けばダンやガウスがいたとはいえ、やはり静かな森での一人暮らしは寂しかったから……。

 あの激しい頭痛がして人生をやり直しする直前も、当然のようにルーは私の身近にいた。今はどこにいるのだろうか……。強い魔物は行動範囲が広い。果たしてまた会えることがあるのだろうか……。


 今度は布団をギュッと固く抱きしめる。ルーの事は、頭の端に追いやることにした。もう一人、あの森の家で会いたい人がいる。

 

 迷いの森は迂回するよりも近道だとわざわざ飛び込む人がいるくらいだというのに、私は何日もその森で迷った。空腹で疲れ果ててもう動けなくなった時に、その森の家を見つけた。ほんの少しだけテラスのベンチで休ませてもらうつもりが、いつしか寝込んでしまい目が覚めた時は暗くなっていた。家の中には光が灯っていたため家人がいるものだと思い、ベンチを借りたことの礼と納屋でいいので一夜を過ごさせてもらえるようにお願いをしようと扉を叩くと、そのまま扉は内側にひらいた。そこで目にしたのが、埃の積みあがった床に、汚れた棚だった。一目で数年は家人が帰っていない……つまり空き家だということが分かった。それなのに明るいのは、暗くなると勝手に光が灯る魔道具が天井から吊り下げられていたからだった。

 魔が差したのだろう。空き家だとはいえ、つい中にふらふらと入り込んでしまった。すると、家の中の魔道具が一斉に動き始めたのだ。魔道具は貴重だというのに、その家に放置されてたそれらにより埃はあっという間に払われ、棚は拭き清められ、テーブルの上にはお茶とお菓子まで用意されていた。空腹だった私は、おかしいと思いつつもそれを食べてしまった。その時に何故だか涙が湧き出て止まらなくなってしまったのだ。

 あの時の私は……いや、エンデ様に婚約破棄されてからの私は人間不信で、どこか「自分はいらない人間なんだ」という思いがあった。でもなぜかそのお茶とお菓子を食べた時に「私はこの家に歓迎されている」と思い込んでしまったのだ。後から考えたときに、そんなバカな話があるわけがないと思い直したのだが、それでもこの家の本当の持ち主、そして人が来たらそんな風に迎える魔道具をセットしたルイス様に好意を抱き、ルイス様の残した薬師としての資料や書き込み、それに走り書きのような日記を読むうちに好意が恋に変わったのだった。

 その家で一夜を明かした後、テーブルの上に小さな護符があった。「森を出入りするときは身に着けておくこと」との但し書き付きで。家人が返ってきたのかと探したけれど、誰もいた気配はなく、護符を用意してくれたのも魔道具なのだろうと結論付けてしまった。

 森の家にしばらく住んでから、どうしても足りなくなった日用品を購入するために、その護符を持って迷いの森を出た時に、海辺の街レバンツの近くだと知って驚いた。私が迷った森はずうっと北だったはずなのだ。迷いながらそんなに歩いてしまったのかと不思議に思ったものだ。


「よし、決めた!」


 私は布団を勢いよくはねのけた。

 グレテルさんの治療に目途がついたら、森の家に行く。

 もしかしたら森で迷って家にはたどり着けないかもしれない。でも行くんだ! ううん、帰るんだ、私の家に! それに、もしかしたらルイス様はまだあの家に住んでいるかもしれない……。


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