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12 調合室

誤字訂正します。山猫さま、ご指摘ありがとうございます。

 


  

 遡ること数日前。


 私は、薬師として活動を始めるために、ロベルトに部屋を用意させることにした。


「調合室……で、ございますか?」

「ええ。私、王都にいる間に薬に興味が出て、独学で勉強を始めたの。でも、なかなかうまくいかなくて……変な臭いとか、大きな音とかしたら、みんなビックリしちゃうでしょ?だから、あまり人がこないような場所で実験をしたいの」


 ロベルトも信頼できない相手だ。前の人生も、薬師としての力も正直に話すつもりはない。実力をかなり下に見てもらえるような話をする。

 幸い、薬の勉強をする貴族令嬢は少なからずいる。薬とは言っても、家庭薬やハーブティのようなものだ。ちょっとした健康不良や体力消耗の時に自家製のものを出せるというのは嗜みの一つとして考えられていた。なので、ロベルトも特に怪しんだ様子はなかった。

 ちなみに、私がルイス様の資料以外から、調薬を学んだ事は一切ない。


「音や臭いとなると、確かにそうでございますね……ではいくつか条件に合いそうな部屋をご案内いたしましょう」

「ええ、よろしく」



 今は使っていない貴賓室は……豪華すぎるのでだめだわ。

 地下の貯蔵庫は……空気が通らず、ガスで中毒になる可能性があるからだめよね。

 昔の当主夫人が自殺したといういわく付の部屋は…ともかくだめ!

 階段の下の小部屋は……狭すぎるわ。

 あら、ここはいいわね……ってヨーゼフが気持ちよさそうに寝ているわ。お昼寝部屋なのね。この部屋はヨーゼフに使ってもらいましょう。 


 そんな感じで、どれもピンとこなかった。


 歩き疲れた足を廊下でさすっているときに、ふと目を上げると、窓ガラス越しにキラリと光るものをみつけた。

 高台にあるこの屋敷は中庭を囲むコの字型の回廊造りをしている。その曲がり角はそれぞれそう高くない塔が横に張り出すような形である。その光るものは塔の一室の窓辺にあるようだった。


「あそこは?」


 ロベルトはとんでもないと首を振った。


「あちらのお部屋は、とてもではありませんがお嬢様には……」

「大丈夫よ。見て使えないなら引き返すわ。いいから案内して」


 物見櫓としても使われたその塔の最上部の部屋は、今は物置小屋として使われているそうだ。だが、ここ数年は扉を締め切りにしている。


 ロベルトは扉を開ける前にハンカチで自分の鼻と口に当てた。


「中はひどい状態です。本当に扉を開けても、よろしいですか?」


 目で頷くと、きっと小さな音を立てて埃が舞い踊る。ロベルトは自分の服が汚れるのが嫌なのか、中に入ろうとはしなかった。私とミーシャだけ室内に入った。


 壁一面に作り付けの棚があり、何が何なのか分からないものが所狭しと乱雑に詰め込まれていた。それらは、もれなく分厚い埃をかぶっている。天井も蜘蛛の楽園のように巣が張りめくらされている。

 確かにひどい状態だ。


 でもなんだか落ち着く。


 床を踵で蹴るとコンコンと硬い音がした。


「こちらは石造りの塔ですので、壁も床も石でできています」


 うん、悪くない。


 半分取れかかったカーテンから、キラキラとした光が漏れていた。廊下で見た光だ。


「サンキャッチャーだったのね」


 いったい、いつの時代の誰がそこにつけたのかは分からない。いくつかの小さいクリスタルガラスが紐で吊り下げられていた。

 ちょいっと触ると太陽を反射して、虹色の光が、妖精のように飛び回る。ずっと見ていても飽きない。


 うん、いい感じだわ。


 私はそのまま一気に窓を開けた。


 風がぶわっと入ってきて、カーテンも私の服も大きく膨らんだ。サンキャッチャーがシャラリと涼しげな音を立てる。少しの間、部屋の中の空気を撹拌し、すぐに風は止んだ。

 後ろでミーシャとロベルトが盛大に咳をしている。


 窓の外は、緑の穀倉地帯。そして穀倉地帯の端から山が伸びている。大きな湖もそこから流れ出る川も見えた。

 目線を下げれば、屋敷のある高台下の平地には街があり、人々が忙しく行き来していた。ほっぺが赤くてまんまる太った商店のおばさんが「安いよ、安いよ」っと呼び込みしていそうな活気のある街だ。

 この領地は土地も肥えていて、街も治安がいい。人の住みやすいいいところだわ。


「この部屋にするわ」


 くるりと振り向けば、埃で真っ白くなったミーシャとロベルト。ミーシャは目を丸くして、ロベルトは苦虫を噛み潰したような顔をしている。



 サンキャッチャーは虹と共に幸運を連れてくると言われている。どうかこの人生に、幸運が舞い込んできますように。

 私は、サンキャッチャーの光に祈りを込めた。




 数日後、ロベルトから部屋が整ったと報告があった。

 埃は掃き清められ、棚は空になっていた。カーテンも新しいものと取り替えてあった。でもサンキャッチャーはそのままにしてもらった。

 それに私が注文した、使用人の食卓に使うような飾り気のない、素朴で頑丈な大きいテーブルと小さな竈もあった。


 庭で採取したものを、直接調合室へ運ぶ。まだガラガラの棚。まだほんの少ししかモノが入っていない。でも、きっとすぐにいっぱいになるわ。ついニンマリと笑ってしまった。



「さあ調合を始めましょう!」





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