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薬師令嬢のやり直し  作者: 宮城野うさぎ
海辺の街・レバンツ編
138/207

117 ダンの実家、ロジン薬問屋

更新が遅れまして申し訳ありません。

その分、分量が多めになっております。



 海辺の街・レバンツには高級店が軒を連ねる中央街を真ん中に、平行に十本の通りがあり、南一番街、北一番街と居住区が割り振られている。それぞれ五番街に近づくほどその暮らしは庶民的になり、五番街より外に広がる地域は下町と呼ばれて治安も一段落ちるが、雑然とした中にも活気と人々の熱気に溢れている。


 ダンは実家である南五番街の薬問屋の前に馬車を止めた。現在はダンの両親が経営をしている中規模の薬問屋だが、歴史は古い。店名をロジン薬問屋という。平民の慣習では屋号などの場合以外で家名を名乗ることは少ないが、ダンのフルネームはをダン・ロジンという。ガウスはガウス・コーパルだ。そのロジン薬問屋は、王都でいうところのタウンハウスのような四階建ての白い建物で、窓やドアは素焼きのレンガがぐるっと囲んでいる。


「疲れているところをすまない」

「いいのよ。このために来たんだもの、まずは妹さんの診察が先でしょ?」


 私とミーシャはオルシーニの冒険者ギルド長のミードさんの手を借りて馬車を下りた。


「ありがとうございます」

「いいえ。では私はひとまずはこれで。レバンツの冒険者ギルドに顔を出さないといけませんし、お嬢様が滞在できる安全な宿を確保してきます」

「よろしくお願いいたします。あ……」

「分かってます。お嬢様はユリア・オルソ。平民ながらオルシーニの裕福な家のお嬢様。とはいえ、泊まる宿は貴族と顔を会わさないためにプライバシーと安全重視なところ……でよろしいでしょうか?」

「はい」


 私は表向きは修道院に滞在していることになっているので、できるだけ知り合いのいる可能性が低い宿を取る事を希望していた。ミーシャはブツブツ言っているが、これは譲れない。 


「では、三時間後にお迎えに来ます。その前に用事が終わるようでしたら、冒険者ギルドに使いをよこして下さい」

「分かりました。ではその間、ヨーゼフとヘンゼフをお願いいたします」

「ええ、任せてください! 冒険者ギルドはいつだって強者を求めています。反対にお礼を言いたいくらいです。欲を言えばレバンツではなくオルシーニで登録してもらえれば嬉しかったのですが……」

「強者?」


 誰の事だろう? ヨーゼフは病み上がりの高齢で温厚な性格だし、ヘンゼフは……ヘンゼフだし……。ミードさんが言ったのは一般論ということかしら?

 ヨーゼフとヘンゼフがミードさんと一緒に冒険者ギルドへ行くのは、冒険者登録をするためだ。ヨーゼフいわく、ヘンゼフを効果的に鍛えるために必要なことらしい。

 それにしてもヨーゼフも一緒だなんて大丈夫かしら? 元気になったとはいえ……。ううん、体の不自由がなくなったんだもの。好きなことをさせてあげなくちゃ。心配だからダメだなんて言うのは、私のわがままよね。


 曖昧な笑みを返すと、クラリッサ様が名乗りを上げた。


「ちょっと待ってくれ! 私も連れて行ってくれないか?」

「クラリッサ様……」

「今は私はまだやることがないんだろ? だったら冒険者ギルドの方が面白そうだ」

「でも……」


 私の声は興奮を隠せないミードさんの声に押し殺された。


「本当ですか! もちろん歓迎いたします! いやまさか治癒魔法を使える修道女様が冒険者ギルドに登録してくださるなんて……夢のようです」

「面白そうだと言っただけで、登録するなんて言っていないぞ」

「いえ、冒険者は登録してこそ面白味が分かるものです! ぜひぜひに!!」


 クラリッサ様の気が変わらないうちにと急ぐミードさん達を、薬問屋に残る私達はいくぶん呆然と見送った。


「さ、ダンの妹さんに会いに行きましょ!」


 私は踵を返して、ダンとガウスが開けたまま待っている扉をくぐった。


 ◇◇◇


 薬問屋の中は、懐かしい匂いで溢れていた。軒に吊るして乾燥させた薬草の束、白い紙に包まれてカウンターの後ろのにあるたくさんの引き出しのある木棚にしまわれている魔物の素材、店の中央のガラスケースの中にはこの街の薬師が作った数々の薬。私が森の家に住み始めて少ししたころに、消耗品や日用品、女物の靴や下着などが必要になって薬草を売りに来た時の店のままだ。あの頃、よくこうしてダンとガウスとお茶を飲みながら世間話をした。そうそう、私の足元には大型犬型魔物のルーも一緒だったっけ。ルーはガウスとはそうでもないのに、ダンとはずうっと仲良くなれなかったのよね。


「父さ~ん、母さ~ん! 大切な客を連れて来たんだ。いないのか~?」


 ダンは店の奥に大きな声をかけるが、誰からも返事がなかった。


「仕方がない。妹は自分の部屋にいるはずだ。上がってく……」


 店の扉がバンと音を立てて開かれた。扉についている鐘がガラゴロと甲高い不愉快な音を立てる。すっと身長が高く、肩幅が広いわりに細身の男が店内に入ってきた。外はもう夏だというのに、かっちりと長袖の上着と黒い帽子まで被り、大きな黒い鞄を手に提げている。


「兄さん!!」


 思わずといった体で声を上げたのは、ガウスだ。えっと思わず、帽子の下の顔を見れば、私にとっても懐かしいガウスの兄・アントンの顔があった。兄弟だというのに、中世的な顔つきのガウスとは全く似ていない、いかめしさが張り付いたような顔つきだ。


「邪魔だ、どけ!」


アントンは、ガウスを手で押しのけてズカズカと店の奥の階段を登ろうとする。それを見て、ダンとガウスは顔色を変えた。


「兄さん! 待って! そんなに兄さんが急いでいるってことは……」

「……」


 振り向いたアントンは一瞬だけダンと目を合わせ、すぐに階段を上に登り始めた。


「ユリア! 治療は今すぐできるか⁉」


 ダンは私の両腕をギュッと握る。


「いた……!」

「すまない」

「いいのよ。今は治療は無理よ。鴆の羽で作る藍色の薬もないし……」

「クラリッサ様は⁉」「藍色の薬である程度症状を抑えてからじゃないと、オーク虫の卵の治療は危険よ」

「くっ……!」

「もしやアントン先生が来たってことは、今、妹さんは……」

「ああ、きっと今は魔力栓塞で心臓発作のような症状が出ているはずだ」

「私も行くわ!」


 ダンはつかの間、視線をさまよわせ、申し訳なさそうに目を斜め下に逸らした。


「申し訳ない……。今は……」

「分かったわ! 行って! 行ってあげて! ダンが帰ってきたことを知ればそれだけで気力がわくと思うわ!」

「すまない!」

「ユリアちゃん、私も!」

「ええガウスも!」

「ありがとう!」


 二人ともアントン先生のように階段を登って行った。私はミーシャと二人、店に取り残されてしまった。


「発作が治まってくれればいいんだけれど……」

「執事長も患っていたような発作でしたっけ……。あれはお辛そうです。それをお嬢様と同じ歳の女の子が……。それにしてもダンさんお嬢様に来なくてもいいなんてずいぶんです。ダンさんがお嬢様をこの街に呼んだっていうのに」」

「そんなことないわ。薬もない私が行っても邪魔になるだけ。それにアントン先生が行ったから、きっと大丈夫……」

「お嬢様はガウスさんのお兄さんをご存じなんですか?」

「ええ。彼は……私の師匠の一人よ」

「ええ!!!」

「そんなに驚くことかしら?」

「驚きますってば! だってお嬢様はルイス様のレシピで調合をできるようになったんですよね?」

「ええ、もちろんよ。でも診察となると、本を読んで分かるものではないわ。ダンの紹介で診療の仕方を学んだのはアントン先生からなの」

「えええ! びっくりです。なんでもかんでもルイス様の資料から学んだんだと思ってました!」

「そんな訳ないでしょ? それにアントン先生の下で学んだからこそ私は『はぐれ薬師』じゃなくなったんですもの」

「『はぐれ薬師』……?」


 その時、店の扉のベルが再び鳴った。さっきとは違うカランコロンというきれいな鐘の音だ。現れたのはアントン先生と同じく夏だというのに分厚いフード付きマントを来た背の高い男だった。思わずその姿に既視感におそわれる……。

 しかし男がフードを跳ね上げた時に、その既視感はすぐに消えた。


「こんにちは……。おや、店主はいらっしゃらないのかね?」


 長い白髪、長い白髭の男性だった。髪にも髭にも染めているのか、一部分だけ紺色のメッシュがある。その見た目から歳は分からない。ヨーゼフと同じくらいの年齢のようにも見えるし、マントから見える太い首や地面を踏みしめる足つきなどを見ると若くも見える。


「お嬢さんは……薬を買いに来た客かね?」

「私は……」

「うむ、シャトレーヌをしておるな。ということは薬師か」

「え……ええ」


 シャトレーヌとは、ベルトに差し込むフックと釣り下がる複数の鎖、そしてその鎖の先の容器で構成されている装飾具だ。もともとその鎖の下の容器には裁縫道具を入れるものだったのだが、時代の変化と共に裁縫道具は、携帯薬などの容器になり、今ではシャトレーヌといえばすっかり「薬師」の象徴となった。

 その白髪の男性は私がシャトレーヌを腰に下げているのを見て薬師と判じたようだ。


「そんなに若いのに珍しい……、そのシャトレーヌを見せてもらえんかね?」

「あ……はい」


 私はシャトレーヌから薬容器を一つ鎖から外して男性の手にのせた。


「!」


 つかの間、男性は固まった。


「……あの?」

「ああ、すまない。見事な薬容器で見惚れてしまったようだ」


 にっこりと笑って、私の手に薬容器を返してきた。


「お嬢さんは、まだこの街にいるのかね?」

「え……ええ。しばらくは滞在するつもりです」

「では良い物を見せていただいたお礼に、またお会いした時に薬草茶の一杯でもごちそうしよう」

「そんな……」

「さて、店主もいないことだし、儂はもうおいとまするとしよう」


 では、と私に軽く会釈をして白髪の男性は外へ出て行った。


「……お嬢様、何だったんでしょうかあの人」

「さあ……?」

「お嬢様があまりにかわいいから……ナンパ?」

「それはないでしょ」

「いえいえ、そんなことはありません! 十分あり得ます! でも歳の差を考えると……ロリコン!!」


 ミーシャは両手で頬を押さえて、目も口も縦に大きく開く。


「違うわよ。そうじゃないわ。あの人……薬師よ」

「へ?」

「あの人の腰にもシャトレーヌがあったもの」


 ミーシャは一転、ほっとしたような残念そうな顔つきになる。


「そうなんですか? あのマントのせいで全然気が付きませんでした」

「私も見えなかったわ。でもマントの下でシャランっていう涼し気な音がしたの」


 こんな風にと、私の腰のシャトレーヌを指で掻き鳴らせばシャランと涼し気な音がした。



 活動報告にも書かせていただきましたが、家族の体調の事もあり、少しの間は不定期更新とさせていただきます。不定期更新とはいっても、基本的に三日に一回更新を目指しますが、なんの連絡なく更新が飛んでしまうことがあるかもしれないという程度を予定しております。

 本当に申し訳ありませんm(__)m

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