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115 やりたいと思っていたこと


 外門が開いてから、数日がたった。


 本来なら、患者の治療も終わり、治癒魔法をかけてもらう用件がすんだ私達は、とうに修道院を出発していてもおかしくない。ところが、いまだに離れられずにいる。

 その原因はいくつかある。


 まず一つは、行く先が決まらないということだ。

 私は海辺の街・レバンツに行き、ダンの妹の治療をしたいと思っている。もちろんダンとガウスも同じ意見だ。ところが、護衛隊が反対していた。私よりお父様に対する忠誠を思い出した護衛隊は、私の希望よりもお父様の「絶対に許さん」をとったのだ。こんなことなら、解毒剤を飲ませるのはもっと後にしておけばよかったと後悔する。


 もう一つは、ヘンゼフの体調が思わしくないのだ。ミーシャが焼いたワイルドバイソンの焼肉で体調をこわしたというわけではない。

 筋肥丸の効果で筋肉だるまになったヘンゼフだが、再三にわたりしっかりと訓練しないとその筋肉は脂肪になると警告していた。にもかかわらず、お腹いっぱい肉を食べ、その後はゴロゴロし、またお腹がすいては今度は教会の女達が感謝を込めて作った料理をたらふく食べた。外門が開き、敷地の外にある飼育場や畑から、肉も野菜も簡単に手に入れられるようになったからだ。そしてその料理を食べては、また惰眠をむさぼったのだ。

 いくら血清をつくるために、たくさん血を抜いたからと言っても、院長から効果の高い治癒魔法をかけてもらっている。もう安静にする必要などないのに、食べては寝て、寝ては食べての生活をしていたヘンゼフは、みるみる筋肉を脂肪に変えた。

 筋肉の支えを失ったヘンゼフは、脂肪で膨らみ一人で動くことができなくなった。このままでは、海辺の街・レバンツに行くにせよ、オルシーニの街に戻るにせよ、ヘンゼフを置いていくしかない。何故なら、馬車でも引けないほどの重量級になってしまったからだ。


 また最近の日課になった、アランとダンの言い合いが始まった。


「お嬢様は、領地にお戻りになるんだ!」

「いいや、ユリアは妹の治療を約束してくれた。海辺の街に連れて行く!」

「そうはさせない。危険な目に合われたお嬢様のことを、御父君である旦那様がどれほど心配なさっているのか分からないのか!」

「ぐ……それは、父親として心配する気持ちは分からなくはないが……」

「では、領地にお戻りになることに同意するのだな⁉」

「いいや。ユリアの話だと、妹はあまり時間の猶予がない。一度、オルシーニの街に引き返したら間に合わないかもしれない!」

「それは……お気の毒だが……」

「なら海辺の街・レバンツに連れて行ってもいいのだな⁉」

「それはならない!」


 それを横目に、私はサクラが残したレシピから、調合室で薬の試作していた。作る過程で、いろいろ気が付いたことがある。

 まず気が付いたのは、サクラのレシピとルイス様のレシピが非常に似ているということだ。体力回復ポーションや魔力回復ポーションは、現在作られているものの原型をサクラの師匠が開発したものだという。しかしサクラはレシピを譲り受けても、そのまま使うことはできなかっただろう。師匠が薬を開発した東の島国と、この国では気候も植物、魔物、獣の種類や分布も違う。レシピにアレンジを加える必要があったはずだ。そのアレンジの仕方が、ルイス様のレシピとよく似ていたのだ。

 それにしても、現在の体力回復ポーションや、魔力回復ポーションはサクラの残したレシピからすると、かなり効果が薄く、味や臭いも落ちているように思う。

 ふとひらめいた。

 サクラのレシピは三百年前のものだ。それを再現しようとしても、現在では、手に入らない、もしくは入りにくい薬草や素材類がいくつもある。それで、サクラの弟子やその弟子、そのまた弟子たちは同じような効能を持つ薬草や素材に代えたレシピにアレンジしたはずだ。このアレンジは、一つ間違うと、薬自体の効能が下がったり、飲むに堪えない変な臭いや味になったりする。多分、サクラが伝えたレシピは三百年たつうちに、様々なアレンジを加えられ効能は落ち、体力回復ポーションは、よどんだ水色に魚の内臓をドロドロにした味で、魔力回復ポーションは濁った紫色で牛の大腸を下処理もなくドロドロにした味になったにちがいない。

 他の薬師にいう事はできないが、大きな発見に心が浮き立った。


 サクラのレシピには、他にもいろいろと残されていた。

 特に目を引いたのは、サクラの同輩のリロイが研究していた、人間を魔物にする薬についてだ。

 人間を魔物に変化させる薬の主幹の部分のレシピは、後世に残さない様にと、サクラが三百年前に燃やし尽くした。残されているのは、人に伝染させる方法だ。私達の予想通り、キラースクイッドの毒が鍵となる。

 それ単体では、軽い下痢嘔吐をさせるだけのキラースクイッドの毒は、魔物にする薬の主幹成分に触れると化学変化をおこし、体内で転写を繰り返すようになる。そして唾液を通じて他者に感染し、他者の中でも毒を転写して感染者を増やしていくのだそうだ。幸いなことに、研究はまだ完成には程遠く、永遠に転写を繰り返し、感染者を増やし続けるまでにはいかないそうだ。

 この方法を別のレシピで使えば、反対に抗体だけを繁殖させて人々に感染させる方法に転じることができるに違いないとサクラは考え、研究をしていた。残念ながら、研究は半ばで終わっていたが。しかしキラースクイッドの毒を人体に影響がないほど弱毒化する方法や、その天敵であるオオヤシャ貝を無毒化する方法については残されていた。


 サクラの偉業に思わず熱いため息をもらしたとき、調合室の扉がノックされた。ミーシャが、扉を開ける。


「執事長!」


 甲高いミーシャの声に、扉を見れば、あの温かな太陽のような笑顔を浮かべるヨーゼフが、オルシーニの街の冒険者ギルド長のミードさんに背負われて登場していた。


「ヨーゼフ!」

「お嬢様!」


 ミードさんの背中から飛び出した、ヨーゼフと私は抱きしめ合う。ほんの数日しか離れていないはずなのに、懐かしくて仕方がない。この修道院に来てから、気の休まる暇もなかった私は、ヨーゼフの臭いを嗅いで、初めて気を抜くことができた。


「どうしてこんなところまで来たの? 病状は落ち着いているの?」

「はい。この通りです。でもお嬢様の言いつけを守って、疲れないように工夫しております」

「それが、ミードさんの背中?」

「はい」


 にこやかなヨーゼフと違い、ミードさんはガクガクと震えていた。


「あの……ミードさん? どうかされましたか? お寒いようでしたら……」

「いいえ、これは寒気ではありません。死神に背中を取られた恐怖……」


 その時、ヨーゼフがゴホンと咳をした。ミードさんは大袈裟にびくりと体を震わせるが、私としてはそれは後回しにするしかない。


「ヨーゼフ、やっぱり無理したんじゃない?」

「いいえ、そんなことはございませんですじゃ。それより、大切な旦那様からの伝言を預かっておっります」

「お父様からの伝言?」

「はい」


 ヨーゼフから聞かされた伝言はこうだった。


『しばらくオルシーニの街に帰って来るにあたわず』


「それって、この修道院にずっといろっていうこと?」

「いてもいいそうですじゃ」

「『いてもいい』? ってことは海辺の街に行ってもいいってこと?」

「ですじゃ?」

「それにしても、あんなに反対していたのにどうして?」

「ベアトリーチェ様とフランチェシカ様が、オルシーニの街にお戻りになられました」

「……そう」


 オルシーニの街で「御使い」様騒ぎが完全に落ち着いていないとしたら、ベアトリーチェ叔母様が仲の良い教会司祭と手を組んできっと大騒ぎしているのだろう。私でもオルシーニの街に帰るのは得策ではないように思えた。


「執事長! 今言ったことは本当ですか?」

「ヨーゼフさん! 本当にユリアを海辺の街に連れて行ってもいいのですか?」


 左右から、いっぺんにダンとアランに言われて、ヨーゼフはきょろきょろと首を回転させる。


「執事長!」

「ヨーゼフさん!」

「確かに……。旦那様は、ユリアお嬢様の望むところで、静かに連絡を待つようにとのご命令でした。ユリアお嬢様が海辺の街・レバンツに行きたがっていることは御承知のはずです……」

「と、いうことは?」

「お嬢様が希望なさるなら、海辺の街レバンツに行かれても問題はありません」


 アランは四つ這いになってうなだれ、ダンは天に拳を突き上げた。


「そうと決まったら、ユリア、今すぐ海辺の街へ!」

「ダメ!」

「え?」


 私は、シャトレーヌから粉薬を一包取り出し指先でつまみ上げた。


「これは魔力栓塞の薬よ。これがあれば、ヨーゼフもダンの妹も完治するわ」


 ヨーゼフは包みに手を伸ばそうとした。しかし、その包みを拳の中に隠す。


「これはオーク虫の卵を使った薬。魔力を食べて育ったオーク虫の卵は、魔力を与えた人の意のままに動くことができるの。本来だったら、私の魔力で動かすつもりだったのだけれど、残念ながらこの薬を詰まった魔力の通り道まで動かすのはクラリッサ様なの」


 私はヨーゼフの目を覗き込む。


「さっきも話した通り、この薬は嫌われ者のオーク虫の卵を使っている。それに、魔力を使って体内に留置させる。それでも治療を受けてくれる?」

「もちろんですじゃ。わしがお嬢様の作った薬、治療方法を疑う訳がありませんですじゃ」


 私は、にっこりと笑って手を開いた。


「そういうと思っていたわ」


 私はダンに振り向いた。


「どういう治療なのか知ってから、妹さんに勧めた方がいいんじゃないかしら?」

「あ……ああ。そうだな」

「なら、早速、ヨーゼフの治療を始めましょう。誰かクラリッサ様を呼んできて!」


 これで、ヨーゼフの病気は完治する。『前の人生』で起こったようなヨーゼフの死は変わったのだ。私が、人生をやり直したと気が付いた時にやりたいと思っていたこと。やっと、それを一つ成し遂げることができる。


 シャトレーヌにかけると、シャランという涼し気な音がした。まるで、この先の私の未来を祝福する鐘のようだ。


 



これにて、修道院編は終わりです。長かった……(இдஇ )

皆さま、ありがとうございました。

なんだか完結のご挨拶のようになりましたが、まだ続きます(笑)


続きは海辺の街・レバンツでひゃっふうです( ´∀` )

夏だ――! 海だ――! 遊ぶぞ――!


次回更新は7/24です。


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