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114 開門


「うまくいって、よかったわ……」


 今度は院長がへたりと座り込んでしまった。私とクラリッサ様は院長に肩を貸して、近くの椅子に座らせる。


「ありがとう」


 そこへガウスが報告に走って来てくれた。


「あの連中、さっきの鳥の命令で、完全に引き返したわよ。院長の策がうまいこと効いたわね」


 修道院の院長だというのに、ガウスの口調はいつもと変わらない。そして院長の方も、それを気にした様子もなかった。


「本当に良かったわ。ユーフィリア猊下なら大丈夫だと思っていても、心配でしかたなかったんだもの」

「あの……ユーフィリア猊下ってどんな方なんですか?」


 私にはユーフィリア……いやユーフィという名を、ごく最近聞いたような気がしたが、いつだったのか思い出せずにいた。


「う――ん、それが簡単に説明できるような人じゃないのよ。教皇でさえ彼には膝を折るらしいわ。その場面は見たことがないけれど。まあ、教会の影の権力者ってところね」

「影の権力者……」

「そう。それにみんな『猊下』と呼ばれるくせに、枢機卿でもないし……。なのに聖騎士団を動かす権限は与えられている。本当に謎ね……」

「ずいぶん若そうな声でしたが……」


 院長が答える前に、外門の付近で、どっと歓声が上がる。ゴゴゴと音が鳴り響き、修道院の外門が開き始めたのだ。中庭では、教会籍、下働きの区別なく女達が抱き合って歓声をあげる。いくら明るく騒いでいても、外に通じる門が閉ざされている不安はあったのだろう。

 その外門をみつめていたクラリッサ様が、ぽろりと呟く。


「それにしても、ガシリスクも命知らずなことをしたものだな」

「命知らず……ですか?」


 クラリッサ様の言葉の意味をつかみかねて、訳を尋ねた。


「ああ。だって、もしユリアが治療できなかったなら、あの聖騎士団が内情を知っていて外門を閉ざしたガシリスクを生かしておいたりはしないはずだ」

「ガシリスクはそれを……?」

「これだけ長く教会と取引しているガシリスクが、その危険を知らなかったわけがない」

「では、ガシリスクも命がけで……」


 私は、あのカイゼル髭でふざけた口調のガシリスクを、見直した。

 扉が完全に開くと、そのガシリスクが門の外に姿を現した。と、下働きの少女がそのガシリスクの元に走り寄り、思い切りその頬を叩く。その少女とは、『前の人生』で私をいじめていた指導係の若き日の姿だ。


「彼女は?」

「ガシリスクの娘だ」


 クラリッサ様が、ニヤリと笑って言った。


「それじゃ、いち早く内部の情報をガシリスクが知っていたというのも」

「多分、娘が教えたのだろう」

「娘が……」


 外門では、泣きじゃくる娘に叩かれ続けているガシリスクの姿があった。ただ、その顔は叩かれているというのに、笑顔で涙を流している。

 ふと、『前の人生』での指導係だったあの少女の人生を想像してみた。

 感染を免れたあの少女は、父であるガシリスクに内部の情報を伝え、その父の手によって血を吸う化け物になり果てた同僚たちと共に修道院に閉じ込められてしまう。空腹をこらえてなんとか身を守ったものの、救いに現れたはずの聖騎士団が殲滅するところを見てしまい魂に傷を負う。さらには、父もその聖騎士団に殺され、街にも帰れず再建した修道院に残るしか居場所がない。それなら人格が歪んでも仕方がないだろう。何も知らずに、甘えた貴族令嬢の私に陰湿な嫌がらせをするくらいには……。


 あの少女の『前の人生』での生を思い描いて、ふと疑問だったことをクラリッサ様に向けてみた。


「あの……。もし、この場に私がいなくて、治療が間に合わなかったとしたら……。あのまま院長がカイヤに……、その……」

「殺されていたらとしたら、か?」

「はい……」


 クラリッサ様は遠くを見つめた。


「復讐の鬼になっていただろうな」


 つかの間表れたクラリッサ様の表情は、『前の人生』で私のよく知るクラリッサ院長そのものだった。暗く、厳しく、目だけは爛々と怒りの炎をたぎらせる。


「何があってもカイヤを探し出して殺すだろう。今だって、そうしたい気持ちを押さえているくらいだ」


 まるで肉食獣のような雰囲気のまま、クラリッサ様はニヤリと笑った。


「カイヤを探すためには、金が要るだろう。そのために私が院長になってこの修道院を再建したら、リンドウラ・エリクシルをまた作るだろうな。それに……」


 私に目を向けた。思わずビクッとするような凄みのある笑顔だ。


「長年の友達のゴッソにだって、金の無心をしてやるさ」


 私はまた『前の人生』でのクラリッサ様の生について仮説を立てた。言葉通り復讐の鬼と化したクラリッサ様は、院長となってこの修道院を再建したのだろう。そして、リンドウラ・エリクシルを作る。でも、アリーシア先輩がいない限り、まともなものは作れない。

 また、その時にはガシリスクは死んでいる。きっとガシリスクが生前確保していたリンドウラ・エリクシルの在庫を債権者が流通させ、同時にクラリッサ様も粗悪なものを流通させたはずだ。それが、どちらも本物であるにもかかわらず、リンドウラ・エリクシルには偽物があるという噂の真相だろう。

 それにお父様は、修道院のこの事件を知らなかったに違いない。聖騎士団が出てきて、事件が公になるのをねじ伏せたからだ。本当に、クラリッサ様がお父様に金の無心をしたかは分からない。でも、この性格ではしなかっただろうと考えられる。でも、お父様の方から、支度金付きで娘を頼むと言われれば、断ることはできなかっただろう。お父様と、クラリッサ様の間でどういう取り決めがあったのか分からないが、私を保護するような素振りはなかった。もしかしたら、世間の厳しさを私に教えようとしていたのかもしれない。

 これらは、みんな私が考えた仮説だ。私の希望的観測も十分に入っている。『前の人生』からは、様々なことが変わってしまった。それを繰り返す気もない。今は、クラリッサ様が母である院長を気遣っている姿に、安堵するばかりだ。




次話で修道院編お終いです、長かった~( ノД`)シクシク…

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