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113 院長の策


 外門には、のぞき穴が開いている。護衛からの報告では、ガシリスクが目を白黒させて、中の様子を見ているというのだ。感染症であると確信して、修道院を封鎖した身としては、祭りの様子が気になるのだろう。


 アランと見上げた空を飛ぶ鳥は、みるみる大きくなった。いや、大きくなり過ぎだ。馬よりもさらに大きい。普通の鳥ではなく、魔物の一種なのかもしれないと、私もアランも身構える。


「大丈夫よ、ユリアちゃん。あれこそが、私が待っていたものなの」

「あれが……?」


 教会の汚点を消す聖騎士団の裏部隊を指揮する者は、最後にこの修道院の様子を確認するだろうという院長の予想は当たっていた。私は、その指揮する人が聖騎士団と一緒に来るのかと思っていたが、どうやら地上と空で別行動のようだ。

 私は固唾を飲んだ。

 指揮する人に、この修道院が問題ないと認めてもらえれば、聖騎士団は引き返すだろう。でも、そうならない場合……考えるのも恐ろしい。

 問題ないと認めてもらうための策が、この屋外の祭りだ。御前試合は終わったが、外野の熱気は冷めやらず、女達はガウスを恐れずにダンを取り巻いている。それに肉を焼いているミーシャも食べているヘンゼフも、いつも通りの言い合いを始めた。クラリッサ様は、空からの目に気付いているのかいないのか、リンドウラ・エリクシルの瓶を片手にふらふらと歩き回っている。

 大丈夫。ほとんどの人が二日前まで病床で苦しんでいたようには見えないわ。でも……その指揮する人は、ちゃんと判断してくれるのかしら?


「大丈夫よ、ユリアちゃん」


 私の考えていることなんてお見通しとばかりに、院長が笑顔で頷いた。


「あの人は、ある意味真っすぐな人だから」


 その「ある意味」っていうのが、不安要素です……。

 空のシルエットが近づくにつれて巨大な鳥が何なのかが分かった。その鳥は、大鷲の魔物シームルグだ。シームルグは、鳥の王、または神鳥とも言われる魔物で、その羽先は黒く根元は黄金色の羽は治癒の力があるという。緑の御使い、つまり人々に信仰を教え教会の礎を作った御使いの従魔として神話に描かれている鳥だ。教会に行ったことがある人ならば、だれもがステンドガラスでその姿を見ているはずだ。しかし教会総本山ならともかく、こんな場所では本物を見る機会は非常に稀だ。

 シームルグはバサバサと、轟音を響かせて、さっきまでアランとダンが戦っていた中庭に降り立った。いくら神鳥と崇められる鳥とはいっても、人間なんて丸飲みできそうな巨大な猛禽類だ。危険を感じてアランが、すぐさま私を背中に隠して剣を両手で構えるが、シームルグの鋭い目は、私達を無視して院長に向いていた。

 院長は、恐れることなくシームルグに歩み寄り、その大きく曲がった鋭い(くちばし)がかかりそうな位置で黄金色の目を見上げた。その後ろにいる、クラリッサ様、アリーシア先輩、修道女や下働きの女達がざっと整列して、膝をつき首を垂れる。

 アランは剣を下ろしたが、私を含めたオルシーニの者と冒険者の二人は、このシームルグの正体が分からず、礼を尽くすどころか警戒を解けずにいる。

 

「久しいな」


 シームルグから声がした。二十台後半くらいの男性のようだ。涼やかで凛とした気品がある。しかしその声の持ち主は見つからない。

 院長は「はい」と小さく返事をして、微笑みを浮かべたまますっと背筋を伸ばす。


「通報を受けて急ぎ来た。息災のようだ……」

「ええ。喜ばしいことに、みな元気で過ごしておりますわ、ユーフィリア猊下・・・・・・げいか

「うむ。確かに顔色もよく、健康そうだ」


 よく見ると、シームルグは首に水晶玉のような魔道具を金具で固定した首輪をつけており、声はそこから出たようだ。人影はないのに、言葉を交わせるということは、この水晶玉は通信の魔道具なのだろう。

 さらにどうやら通信の魔道具の向こうでは、こちらの風景が見えるようだ。それも通信の魔道具によるものなのか? それとも別の方法、……例えば感覚共有をする魔法なのか?

 

「何があったか、報告せよ」


「はい。リンドウラ・エリクシルの仕込みと仕上げをする祭りの最中、ほぼ全員に食中毒が発生いたしました。一時は、大変な騒ぎでした。私を含む、治癒魔法を使える者も、体調を崩してしまい治療できませんでした。それを、取引にきていた商人が、大規模な感染症が発症したと誤解して、外門を閉めたのです。ところがただの食中毒です。ほんの数日でみな完治しました。それで暇を持て余して、このように屋外で飲み食いに余興をしていたのです」


 院長は、今まで起こったことを述べる。レシピを奪われて死にかけたなど、おくびにも出さない。ただの食中毒なのに外門を閉ざされるなんて迷惑してるんですよ、と言わんばかりの態度だ。


「そうか」


 シームルグの黄金色の目に、緑色の光が混じった。その目で、修道院全体を見る。そして最後に、私に目を留めた。院長は、私の事なんて一言も話していないのに。

 黄緑に光る目でみつめられると、全てを暴かれているような、なんとも言えない居心地の悪さを感じた。視線が外れると膝が崩れそうなくらいの脱力を感じ、アランが私の体をとっさに支えるほどだった。


「今のは……?」

「【鑑定】魔法よ。本当にみんなが健康なのかを調べているんだと思うわ」

「そんな魔法が……」


 心配そうに私に近づいた院長が、小声で説明する。


「知らないのも無理ないわ。これはユーフィリア猊下の固有魔法ですもの。従魔となって長いあのシームルグは、あの人と感覚や魔力を共有して簡単な鑑定ができるそうよ」

「共有……。あの、みんなが感染していたってことがバレたりはしないんでしょうか?」

「ユーフィリア猊下本人の鑑定魔法ならバレるかもしれないけど、従魔を通して鑑定しているんだもの。そんなに詳しい結果は出ないはずだわ。だからきっと大丈夫よ」


 院長は私の目を覗き込んだ。


「それにしてもユリアちゃんだけ、妙に鑑定している時間が長かったわね。もしかして……」


 その鑑定魔法とやらで、私の『前の人生』の事を知られたのだろうか? 院長もそれに気が付い……?


「もしかして、体調が悪い? そうよね! ユリアちゃん達には治癒魔法をかけてないものね。このゴタゴタが終わったら、治してあげるわ! そういえば、ユリアちゃんがここに来たのって、治癒魔法をかけてもらうためだったわね。忘れていてごめんなさい」

「いえ、そんな……」


 さすがに自分から話さなければ『前の人生』なんて思い至るわけがない。でもあのシームルグの主は気が付いたのだろうか? まだ一人一人鑑定をし続けている大鷲を見ながら、勝手に鑑定されたことの苛立ちが募った。


 建物の中からも全員呼び出し、全ての人の鑑定が終わると、シームルグはクイッと空を見上げ翼を広げた。バサリ、バサリと翼をはためかせると、強風がおこり土煙が舞った。思わず院長は、よろけるが、その肩をクラリッサ様がしっかり後ろから押さえた。

 大空を舞うシームルグは修道院の上を一周回旋した後、この修道院に至る道筋に向かって轟くような大声を響かせた。


「引け――!」


 途端に、複数の馬のいななく声が響く。思っていたよりも、ずっと外門に近い。

 ガシリスクを退かせ、のぞき穴から反対に外の様子を窺っていたガウスが満面の笑顔で大きく腕で丸を作った。

 私達は、やった、とそれぞれ拳をぎゅっと握る。



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