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112 御前試合


 物をどかして、庭の真ん中に広いスペースを作る。

 そこにいるのは、お互い剣を構えたアランとダンだ。


 アランは、正規の訓練を受けた護衛らしく、左手に盾を構え、剣は中段に構えている。しかしダンは、肩よりも広く開けた足の前に体重をかけ、腕を交差させて、剣を顔の真横に両手で持つ自己流の「雄牛の構え」をとっている。しかし自己流だからといって、スキがあるわけではない。ただ向かい合っているだけのアランの表情には、焦りが見えた。

 じれたアランが、横に動く。しかし、ダンの剣先はビタッとアランを向いたまま、体の軸を回転させるだけだ。チッと舌打ちしたアランが、剣を構え直そうとする。と、そこにダンが飛び込んで来た。不完全な体勢で、盾でダンの剣を受けたアランは体をよろめかせるが、自分から大きく後ろの飛ぶことで、ダンの剣の威力を相殺し、体勢を立て直す時間を稼いだ。再び、ダンとアランはにらみ合ったまま、向き合って動かなくなってしまった。


 外野から、大きなため息がもれる。アランの応援団とダンの応援団との両方からだ。動かない二人を見て、どちらが優勢かを予想をするざわめきが起こる。

 私が見たところ、アランはいつもの慎重さに欠けているように思う。そのため、ダンの方が優勢だと思うが、オルシーニ家の者としてアランを非難するよう発言はできない。


 再びダンが動き出す。今度は、その動きを予想していたアランが、ダンの剣先を盾で逸らして、剣を横に薙ぐ。その剣は、ダンはしゃがみこんで避けた。


 ふと、私はあることに気付き、審判役の護衛隊長のもとに走る。護衛隊長は、応援団のいる外野と二人のちょうど真ん中にいた。


「お嬢様、ここは危険です! お戻りください!」

「私の事はいいわ。それよりあの二人を止めて! 真剣で勝負しているわ! これはただの試合でしょ⁉ 危険よ!!」


 護衛隊長は、私を二人に近づかせまいと手を広げながら、首を振った。


「二人とも承知しております。御前試合とはいっても、二人とも真剣勝負を望んでおります。いくらお嬢様でも、止めることはできません」


 それに、ほら。と護衛隊長は、それぞれの応援団を指さした。その先には、いつでも治癒魔法をかけられるように、魔力を高めている修道女がいる。


「いくら治癒魔法があるからといって……」


 護衛隊長は首を振った。


「今、二人が戦うことは必要なのです。特にアランにとっては……」

「アラン? アランの様子が変なのは、何があったからなの?」

「私も詳しいことは分かりません。しかし、あの様子……。よほどの事があったのでしょう」


 剣戟の音で、はっと二人に目を戻すと、またもやダンがアランを押している所だった。素早く剣を突き出し、アランは盾で防いでいるが、防戦一方だ。


「お嬢様。どうかしっかり、見てあげてください。アランのために」

「アランのために……」


 私は、会ったばかりのアランを思い出していた。爽やかな笑顔で、ミーシャを虜にしたアラン。さすが精鋭と納得する腕前だったアラン。そのアランが、苦しそうな顔をして必死になっている。思わず、私は声を出していた。


「アラン――!! 負けないで――!」


 アランの目が、ダンの剣先を見たまま、大きく開く。そして、ダンの剣を盾の角度を使って、斜めに逸らす。アランは初めて攻勢に出た。


「いけ――! アラン!」

「「「アラン様――‼ そこで――す!」」」


 私の応援する声につられて、アランの応援団から黄色い声が飛んだ。

 何合かの打ち合いの末、ギンッという重い金属音がしてアランの剣を、ダンが跳ね上げる。


「ダン――! 素敵よ――!」


 今度は、ガウスの黄色い声が飛ぶ。すると、すぐさまダンの応援団からも「「「ダン様――!」」」と声が上がった。


 アランは、すぐさま体勢を整える。剣が跳ね上げられた回転を活かして、自分から腕を回して加速を付け、再びダンに剣を向けた。そしてアランは、苦々しい目で、自分の剣をはじいた男を睨む。


「ここまでは、あの時と同じか……ダン!」

「「「キャアアア、アラン様――、こっち向いてええええ!」」」


 歯止めが効かなくなった女達の黄色い声が飛ぶ。

 

「「「キャアアア、やっぱり、ダン様もすてきいいいい!」」」

「ちょっと、そこのブス共! 勝手に私のダンを応援しないでちょうだい! いいこと!」


 いちいち間に入る酔っ払いたちの歓声のせいで、試合の迫力が削がれる。この中で集中力を切らさない二人は、さすがのものだ。

 ガウスと応援団の方にも戦いが勃発しそうな勢いである。牙をむきだした猫のように互いに見合うガウスと応援団の女達の間に、千鳥足のクラリッサ様がふらりと入り込んだ。そして、ガウスの肩をガッと抱く。


「まあまあ、そんなちっちゃな事で争わないで、これでも飲めや」


 クラリッサ様が、|リンドウラ・エリクシル《・・・・・・・・・・・》の瓶先をガウスの口に突っ込んだ。浄化されたことは聞いているガウスだが、数日前リンドウラ・エリクシルを飲んだ者がどうなったかを知っている身にとっては、それを飲むのは恐怖でしかない。

 青い顔をしてげほげほと激しくむせこむガウスに、焦ったアリーシア先輩が治癒魔法をかける。

 その後ろでは院長が優しく微笑みながら、やはりグラスいっぱいの緑色の酒を傾け頬をピンク色に染めていた。


 再び剣を打ち合う音に、二人に目を戻す。

 一時は攻勢に出たアランだがその剣はダンに防がれ、再び攻め込まれていた。次第に動きが悪くなり、守る盾も遅れがちになってきている。それを本人も分かっているようで、必死に立て直そうとするのだが、追いつかない。


「クソッ!」


 アランは盾を投げ捨てて、両手で剣を構えた。そして、ダンに振りかぶる。それをダンは正面から剣で受け止めた。

 剣を交えたまま、アランは口を開く。


「どうして、お前なんだ⁉」

「……何がだ?」

「決まっている! どうして、お前の方がお嬢様の近くにいるんだ⁉」


 きっとアランの魂を絞り出すような声は、外野にまでは聞こえないだろう。でも、私にはしっかりと聞こえた。


「俺がお前より近くにいるわけないだろう。俺は、ただの冒険者だぞ」

「うるさい!」


 アランは混乱しているのか、まったく会話が成り立っていないことに気が付いていない。私といえば、ショックを受けていた。アランが、落ち込んでいた原因が私の態度だということが分かったからだ。

 確かに私にとってみれば再会した(・・・・)ダンやガウスを信頼するのは当然のことだ。しかし、アランの立場からしてみれば、突然現れた冒険者が、オルシーニ家の護衛として長年勤めているアランよりも信頼されるのはプライドが傷付けられて当然だ。ダン達に会えた嬉しさで、そんな当然のことに気が付かなかったなんて、主として失格だ。


「もし、お前がそう感じているならば、それは関係が歪だからだ」

「歪だと⁉」


 返事の代わりに、ダンはふっと後ろに飛んだ。力を受ける相手がいなくなったアランは、大きくバランスを崩して、地面に膝をついた。つっと、アランの首の横に、ダンが剣を置く。審判役の護衛隊長が、大声を張り上げた。


「勝者! 冒険者・ダン!」


 わっと沸きに沸く観客たち。なのに、その渦中にあるはずのダンに喜びの顔はない。ダンは複雑な顔をして、後姿を見せ立ち去った。私は膝をついてうつむいたままのアランに駆け寄り、腕に手を添えた。

 

「お嬢……様。申し分け……」


 アランの声は、声にならない。ほたほたと落ちる涙が地面を濡らしていた。


「アラン……」

「私は……、お嬢……様に……忠節を。なのに、ミーシャさんのように……心の底から……信じては……」

「いったい何の話なのかしら?」


 アランは、そのまま口をつぐんでしまった。でも、ここで私が引いたら、アランとは真の主従関係が結べないような気がする。唇をキッと引き締めた。


「もしかしたら、アランは私の中に壁があるのを感じていたんじゃないかしら?」


 アランは、ピクリと体を震わせるが、返事はしない。その反応自体が肯定している。


「ごめんなさい。それは私のせいだわ」


 私が手を置いた、アランの肩にぎゅっと縮こまるような力が入る。


「私……、感じていたの。アランの、そして護衛達、いいえ、街の人達が私に向ける感情がダンの言うように歪だって」

「い……びつ?」


 アランが、のろのろと首を上げる。


「ええ。だって、そうでしょ? いつからなの、あなたたちが私をそんな目で見るようになったのは? 私にそこまでの忠誠を向けるようになったのは?」

「いつ……?」


 アランは、思い出せないよいうように首を振った。


「あの鴆討伐の時からよ。あの時、あなた達は気付け薬を大量に吸い込んだわね。それで、副作用で私に忠誠を向けるように脳にすりこまれてしまったんじゃないかしら?」

「そんなことはありません!」

「よく思い出してみて。鴆討伐前に、そこまでの忠誠を私に向けていた? 私よりも家族の方が大切だったんじゃない?」

「か……ぞく?」


 ぼうっと宙に注がれていたアランの眼に光が瞬く。私は、ここが押しどころだと気付いた。


「赤ちゃんが産まれるんでしょ?」

「あか……! そうだ、子供が!」


 たった今、夢から覚めたというように辺りをキョロキョロと見回す。そして、へなりと腰を地面に落とした。


「ああ……、私は……。申し訳ありません、お嬢様」

「いいのよ。正気に返ってくれたようね」

「……はい」


 私は、もらったばかりのサクラのシャトレーヌから丸薬を一粒出した。


「解毒剤よ。ワイルドバイソンの胆石で作ったの」

「解毒剤……」

「ええ。あなたたちの狂信的な態度がどこから来たんだろうと考えた時に、気付け薬の副作用かもって思ったの。その副作用を完全に解毒するためには、解毒剤が必要よ」

「狂信的……。お嬢様はそう思われていたのですね……」


 アランは自嘲するように笑った。私の言い方に、傷付いたのだろう。でも、ここはあえて厳しい言い方をしなくてはならない。本来のアランの行動ではなかったことに気付いてもらうために。

 私から丸薬を受け取ったアランは、その薬を陽にかざし、眩しそうに見上げる。


「お嬢様……」

「なあに?」

「私は、気持ちよかったのですよ」

「気持ちいい?」

「はい。自分のすべてをかけて守る主をみつけて。この命を捧げようと思っておりました。そんな自分に酔い、幸せでした。護衛として……武人として、本当に幸せでした」

「そう……」

「その気持ちは、気付け薬の副作用だったのですね」

「……」

「この丸薬を飲んだら、あの幸せはなくなってしまうのでしょうか?」

「……。ねえ、アラン。さっきの試合を覚えている?」

「はい」

「私は、あなたの応援をしたわ」


 アランの目がわずかに大きくなった。そして、視線を下に向ける。


「……聞こえていました」

「あなたを信頼しているわ」

「……」

「そして本当のあなたから忠心を向けられるような主人になりたいと思っているわ」

「本当の私から……」


 真っすぐにアランの目が私に向いた。


「そうしたら、私はミーシャさんのようになれますか?」


 私には、どうしてここでミーシャの名前が出てくるのか分からなかった。でも、しっかりと頷く。


「そうですか……」


 アランは、すっきりとした笑顔を浮かべて丸薬を一飲みにした。そして、バタンと倒れこむ。

体を大の字に広げて、清々しい笑い声をあげるアランの瞳には、青い空が映っていた。

 ついつい私も空を見上げる。まだ聖騎士団という問題が解決はしていないけれど、今この瞬間は平和だ。鳥が一羽、まっすぐこちらに向かってくるのが見えた。


押すだけのアランと、引くこともできるダンではこういう結果になってしまいました。


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