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111 屋外の祭り

 次の日は、快晴。屋外の祭りには絶好の天気だ。

 廃棄口から抜け出したガウスの報告によると、聖騎士団はもうすぐそこまで迫っているようだ。その聖騎士団に、この修道院に問題がないことを見せつけなくてはいけない。

 事情を詳しく知っている私達は、緊張しているが、普通の下働きの人達はウキウキと楽しそうだ。

 庭には、大食堂にあった椅子やテーブルが護衛達の手によって並べられ、修道院内の畑にあった野菜が飾り切りされ、並べられている。しかし、今日のメインは何と言っても肉だ。 少し離れたところにある、肉焼き網をのせた竈からは、かぐわしい香りが立ち上り、私でさえよだれが出そうだ。

 その竈の近くでは、下働きの女性がワイルドバイソンの肉を、巨大な牛刀でせっせせっせと切り分け、切った肉を網にのせている。


「お待たせいたしました」


 最初に焼かれた肉が、私達のテーブルに回ってきた。私達の分は、ステーキだそうだ。他の人のは、薄切りにした肉を、炭火で焼いて自分で食べたい分だけ食べる方式なのだそうだ。

 私の前に置かれた、白い皿の上には、周りは茶色の宝石みたいな大きなステーキが載っていた。ゆっくりと、静かに、丁寧に火入れされたステーキ表面は肉汁も脂もにじんでもおらず、端正な焼き色。赤紫のソースは、直接ステーキにはかかっておらず、野菜と一緒に肉の周りで模様を描いている。

 ナイフを入れると、力を加えていないのに、すっと切れた。表面はカリっとしているが、中は生で、サシのはいった肉がピンク色に光っている。

 最初は何もつけずに、切った肉を口に運ぶ。すると、甘い! 脂が、とても甘い。噛むと、じゅわっと肉汁が溢れ、口の中の体温で溶けた脂と合さると、旨味と甘味が至福をもたらしてくれる。気付けば、こんな大きなステーキを食べきれるかしら、と思っていたのが嘘のように、ソースも付けずにペロリと平らげていた。

 同じテーブルから、ほおっと私と同じように至福のため息がもれる。


「おいしかったわ。さすがは、ワイルドバイソンのお肉ね……。蕩けるような舌触り。噛んだときの臭みのまったくない肉汁。私のようなおばあちゃんでも、あっという間に完食よ。若いあなた方には、物足りないんじゃないかしら?」

「いいえ、そんなことはありません。十分です」

「足りなかったら、次は、網から直接食べればいい。それにしても、この肉と、酒の相性は最高だな!」


 クラリッサ様は、一気に緑色のリンドウラ・エリクシルが入った酒杯を傾ける。


「クラリッサ様、飲みすぎですわよ!」

「だから、アリーシア。そんな優等生みたいなことは……」 


 まるで最初の祭りのやり直しのような、和やかな雰囲気をぶち壊す声が聞こえた。


「お……おぜう……さま……」


 ハアハア息を切らせながら、巨大な体を、ナメクジのようにずりずりと床に這って進むヘンゼフがいた。ちょっと、気持ち悪い。


「………………どうしたの? ヘンゼフ」

「安静にしていても、具合が良くならず。お腹も……ペコペコで……。外からいい香りもして、我慢ができず……」

「…………あ。ごめんなさい。ヘンゼフの事を忘れていたわ」


 私に伸ばした手を、ヘンゼフはパタリと落とした。

 私を含めて、みんな大量に採血したあとのヘンゼフのことをすっかり忘れていたようだ。確かに、採血直後は安静にと指示はしたけれど、きっと誰かが治癒魔法をかけてヘンゼフの貧血も治してくれているものだと思い込んでいた。さらに聞けば、食事もろくにとっていなかったらしい。それでは体調がよくなるわけがない。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫? 誰か、誰か治癒魔法を!」


 院長がすぐさま治癒魔法をかけてくれた。普通の治癒魔法では、貧血などは治らないが、ヘンゼフの活躍を聞いていた院長は、上位の治癒魔法をかけてくれたので、すぐにヘンゼフの頬に赤みが戻った。


「よかった……。本当に、ごめんなさいね。ヘンゼフ」

「いいえ。もう大丈夫です。それより……」


 とたんにグウウウウと、ヘンゼフのお腹から音が鳴る。すぐ後ろで控えていたミーシャに振り返った。


「ミーシャ。ヘンゼフに重湯か何か……」

「お嬢様! こんなにお肉の臭いがしているのに、重湯なんて殺生です!」


 ヘンゼフが、私の脚もとで涙を流していた。


「ユリアちゃん。大丈夫よ。ちょっといい治癒魔法をかけたから、すぐにお肉を食べても問題ないわ」


 助け舟を出してくれた院長に、ヘンゼフは胸の前で手を組んで感謝の祈りを捧げる。もともと、聖職者である院長は、困ったように微笑んだ。


「じゃあ、ミーシャ。ヘンゼフに、お肉を食べさせてあげて」

「はい。かしこまりました」


 今回は、ミーシャもさすがにかわいそうに思ったのか、文句をいうことなく素直に、肉焼きようの網をのせた竈に向かった。竈の近くでは、ヘンゼフの活躍を知った下働きの女達に温かく歓迎されている。ところが、肉を食べ始めたとたん、みな顔を引きつりだした。なにせ肉を切り分け焼くスピードが、それらを食べるヘンゼフのスピードに追いつかないのだ。 あっという間に、悲鳴をあげた修道院の女達は、またもやうちの護衛達に助けられる。刃物の扱いが得意な護衛が、肉を切り分け始めたのだ。そして、ミーシャが焼く。

 実のところ、ミーシャには「アレンジャー」という困った能力が合って、そのせいで料理は苦手なのだ(注・書籍)。肉を網にのせるだけなら、なんとかなるだろうと思って遠目で見ていたが、私の予想はやはり裏切られた。網からヘンゼフの口に運ばれる肉は、ほぼ生か黒こげかのどちらかなのだ。ちょうどよく焼けている肉はない。でも、ヘンゼフはミーシャが焼いてくれた肉を喜んで食べているから、とりあえずは良しとしよう。


 そうこうしているうちに、修道院の女性たちが「推し」の護衛について衝突し始めた。たしか、男性恐怖症の女性が多かったはずなのに……。首を傾げていると、クスクス笑いながら院長が教えてくれた。


 修道院には男性恐怖症や男性不信の女性も多い。でも、そうでない女性だっている。もともとあの看病で、うちの護衛達の評価は急上昇していたのだが、ある修道女がうちの護衛にコナをかけたところ、きっぱりと「既婚ですから」と断ったのだそうだ。それで、男性恐怖症、男性不信の女性の心までつかんでしまったそうな……。そういえば、アランもあれだけきれいなミーシャによろめきもしなかった。本当に、うちの護衛達はいい男たちばかりだ!

 思わずアランを目で探した。すると、いつもは私の側にいるか、護衛隊の真ん中にいるのに、一人木の下で暗い顔をしている。


 そこへ、影の薄い護衛隊長がやってきた。


「お嬢様、実はクラリッサ様から余興として御前試合の提案があったのですが……」

「御前試合?」


 私が返答する間もなく、院長から「あら、面白そう」と声がかかった。

 確かに面白そうだ。


「誰と誰の試合なの?」

「はい。一番見ごたえのある試合をしそうなのがアランと、冒険者のダンさんです。実は、二人からは了承を得ております」


 アランとダン……。

 私が意識を取り戻してから、元気のないアラン。いったいどうしたのかしら……?


「分かったわ。試合の許可をします」



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