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109 仕上げの儀式

少し長めですm(__)m


 私は再びオークアップル畑に連れてこられていた。前回来たときは、クラリッサ様と二人きりだったが、今回は『三人の聖女』と私の四人だ。

 畑の手前に、酒樽が三つ運び込まれている。なんでもクラリッサ様、自ら荷車で運んだそうだ。荷車を使ったとはいえ、女性にしてはかなり力がある。


「ユリアは、オークアップルを魔力栓塞の治療に使おうと思う位だから、魔力を与えられたオーク虫の特異性は知っているだろう?」

「え……ああ、はい。もともと異常行動をおこしたオーク虫が、モリウチワ草の蕾に卵を産むのは、モリウチワ草の魔力にひかれるからだといわれています。蕾に卵を植え付けられたモリウチワ草は、根元が膨らみ、姫リンゴのような虫コブのオークアップルになります」


 クラリッサ様は、うんうんと頷く。


「卵は孵化して幼虫となり、オークアップルから出て、エサを探しに出ます。でも自然界では魔力を持ったものは魔物ですので、大抵はオーク虫の幼虫の方がエサになってしまいます。それで、オークアップルからオーク虫を育てようとするならば、人間が魔力をエサとして与える方法をとります」


 ここまでは、私が前から知っていたことだ。


「そうやって育てたオーク虫は、魔力を蓄え、また蓄えた魔力を分け与えることもできます」


 私が、魔力を回復してもらったみたいに。これは、ここに来て初めて知ったことだった。

 女王の命令によって魔力を分け与えるといった知性や、集団行動をとれるということも、同じように初めてしったことだった。オーク虫は、ありふれた虫だというのに、奥が深い。


「なら、オークアップルとその卵の特性をしっているか?」

「オークアップルには二つの時期があります。一つはオーク虫が卵を産み付けたばかりの頃。その頃のモリウチワ草の蕾は、変質を始め、膨らみ始めます。あのように……」


 指さした先にあるのは、オークアップル畑の一区画にあるモリウチワ草だ。普通のモリウチワ草に比べると、蕾の根元が膨み始めている。


「オークアップルの中の卵も、魔力を取り込む性質があります」


 この卵こそ、ヨーゼフとダンの妹が患っている魔力栓塞の治療薬なのだ。

 魔力栓塞は、魔力の通り道が詰まる病気だ。まれに魔力を持って産まれる平民の中に、この病気を発症する率が高い。それは、貴族と違って、魔力の出口が小さいからだ。

 このオークアップルの卵を、薬として加工し、魔力の通り道に留置する。すると魔力を卵が吸い取ってくれるので、魔力は詰まらなくなる。治療が終わったら、その卵を取り出すのだ。

 私が『前の人生』で治療に成功した魔力栓塞の子供の多くはそこらの貴族よりも膨大な魔力を持っていた。その子たちは、十三歳になり魔法学園に通うようになると、魔力の制御ができるようになり、卵にたよらずに魔力を外に放出できるようになった。その後に、取り出した卵は、魔力を吸って、巨大な魔石以上の魔力を持った素材になる。でも、それは別の話だ。


「もう一つの時期は、オークアップルの中で卵が孵化したときです。その頃には、オークアップルは姫リンゴみたいに成長していて、孵化したばかりの幼虫は内部からオークアップルを食べ……、あ、もしかして……」

 クラリッサ様がニヤリと笑った。


「ああ。そうだ。それが、リンドウラ・エリクシルの仕上げであり、私の『三人の聖女』としての役割だ。本当なら、結構な魔力を使うため、何日もかけて準備するんだが、ユリアの魔力回復ポーションのおかげで、この封を開けられた酒樽をいくつでも浄化できそうだ」


 浄化……。やっぱり!

 オーク虫の幼虫は、悪食だ。オークアップルは、薬としての薬効が高い。その反面、毒性も強い。それを生のままムシャムシャと食べて成長する。

 幼虫はある程度の大きさに成長すると、エサになる魔力を探しにオークアップルを出て行く。しかし自然界でオーク虫の幼虫のエサになるような魔力を持ったものはほとんどない。たまに見つかるエサは、他の魔物でさえ食べないような猛毒や魔力壊疽を起こすようなものなのだが、その害から幼虫は影響は受けず、むしろその害に侵された地面でさえ浄化してしまう。そして浄化された土地は、毒が反転したかのように、豊かな実りとなる。

 きっとこの作用をカイヤの毒を消すのに利用するつもりなのだろう。


 でも、ふと大切なことに気が付いた。この仕上げの儀式はたった一日で行われるものなのだ。オーク虫の幼虫にいくら浄化作用があるとしても、たった一日で卵から幼虫にまで成長させることはできない。第一、酒の中にあって、卵から孵化することもできないではないか。魔力栓塞の治療で、魔力の通り道に留置した卵が孵化しないのと同じように。

 ふと、周りを見渡すと、アリーシア先輩と目が合った。胸の前で手を組んで、真剣な顔をしている彼女の様子を見て、もしかしたらもう一人の「三人の聖女」の役割がそれなのかもしれない。そして、大変なことに気が付いた。


「あの……、仕上げは三人の聖女しかしらないはずでは……。そんな神聖な儀式に私が立ちあってもいいんでしょうか?」

「ユリアちゃんは、あの備忘録を読んで、共に戦ってくれる決意をしたんでしょ? そしたら、私達の仲間だわ。あの初代院長と、旅の薬師・サクラのようにね」

「でも……」

「それに、もう秘匿しておくような理由もないわ」


 院長は、肩に手を置き、自分の背中に視線を送った。院長以外の全員が、痛まし気な視線を投げかける。それを振り払うように、クラリッサ様が声を上げた。


「よし行くぞ」


 そういうなり、酒樽の蓋を叩き割った。


 リンドウラ・エリクシルは美しく透き通った緑色の酒だ。しかし、酒樽の中は、藻で濁った海のような暗い色をしている。

 カイヤの入れたかもしれない毒がなかったとしても、四肢欠損さえ治してしまうというエリクサーを元にしたこの酒が、まともな薬草や素材で作られているわけがない。そういえば、魔力回復ポーションを作るのに見せてもらった、薬草類の中には、アルコールに溶け出す猛毒があった。蒸したり、乾燥させたりすることで毒素が薄まるものもあるが、私が見たものはそうではない。となると、リンドウラ・エリクシルも、もとは猛毒の酒なのだろう。それを、仕上げの儀式というのは、院長の言う通り、カイヤの毒を含めて「毒をなかったことにしてしまう」ものだということだ。そして、毒を反転させたかのような良い作用ばかりが残るのだろう。


 ブブブブブと、音がしたかと思うと、オーク虫がいっせいに現れた。そして自らオークアップルの部分を引きちぎり、ポシャンポシャンと酒樽の中に放り込んでいく。一つの樽に、二十個位のオークアップルが入ったころに、やっとブブブブブという音が止んだ。

 私はというと、虫の羽音に鳥肌が立ちっぱなしだ。どうやら、アリーシア先輩もそのようで、口をひきつらせながら、しきりと腕をこすっている。ただ、従魔のリフだけが悠然と鎌首をもたげていた。

 

「さっきのオークアップルは、みんなこいつが産んだ卵だ。他のオーク虫の卵よりも、こいつの産んだ奴の方が、浄化作用が高い」


 それはそうだろう。オーク虫の女王というのは、この修道院でオークアップルを育てるようになってから何世代たっているのだろう? 私の経験でも、世代を繰り返したオークアップルの方が、効能が高いのだから。

 クラリッサ様は、肩のオーク虫の女王の鼻面を撫でた。オーク虫の女王の甘えたような仕草で「チチ」と顔をすりつける。


 アリーシア先輩が前に出て、胸の前で組んだ手を、大きく前に広げた。そして、すうっと、大きく息を吸って、澄み切った高い声を放つ。


「……歌?」

「し――!」


 即座に、クラリッサ様に、静かに、とたしなめられた。


 歌は、古い歌のようだ。歌詞も、この国の言葉のようなのに、半分くらいしか意味がわからない。ただ、創造の女神を讃えた歌のようだ。思わず引き込まれる。

 歌のさわりの部分にかかったようだ。声がさらに大きく、高らかになる。すると、酒樽の中から、ビシャリと音がした。慌てて、濁った中身の酒樽に目を戻すと、金や銀に光る砂金、いや、星屑のようなものが表面に浮かび始めた。


「卵から孵化して、幼虫が外に出て来たんだ。きれいだろう?」

「はい……」


 私が育てたオークアップルから出て来た幼虫は、醜い顔をしたただの芋虫だった。だというのに、この幼虫のなんて美しい事……。これもアリーシア先輩の力なのか……?

 酒樽の中の星屑は、歌に合わせて、濁った緑の中を浮いたり沈んだり、流れたり止まったりする。歌のリズムは次第に早くなり、星屑の動きも早くなった。そのたびに、酒樽の中の濁りが消え、星屑の光が強くなっていく。

 リンドウラ・エリクシルの樽の中は、まるで光の宇宙だ。


 歌の美しさ、そして目の前の美しい光景。それらに陶然としていた私は、歌の終わりで現実に引き戻された。


「終わり……ですか?」


 誰かが返事をする前に、酒樽の表面が光り輝いて、目を開けていられなくなった。思わず目を閉じた私の鼻先を何かがかすめる。驚いて、薄目を開けると、酒樽からは、光は消えていた。そのかわりに、このオークアップル畑の空中に、薄くて透けて見える羽しか見えない生き物が、虹色に光りながら、ほわほわと浮いている。


「きれい……」


 先程にも増して、幻想的な風景だ。

 すぐ近くに来た光を指先でつつく。すると、シャボン玉のように、弾けて消えた。驚き、他の光を見ると、同じように次々と消えて行く。


「きれい……だけど、儚いのよ」


 寂しそうに、何度も見ているはずの院長が、ため息をついた。酒樽の中は、緑色に澄んだ美しい液体だけが残っている。


「あの……、あの光はオーク虫なのですか?」

「ああ。オーク虫の変容体だ。何故かは分からない。でもアリーシア……『三人の聖女』の歌に反応して、孵化したオーク虫はあの姿なんだ。美しいだろ? リンドウラ・エリクシルの全ての毒をその羽に背負って、中に飛び立ち、そして歌の終わりと共に消える」

「はい……」


 名残惜しく、オークアップル畑に目をやった。


「これが、仕上げの儀式なのですね……」


この章が終わるまで、少し更新速度を速めます。

二日に一回なら、来週末には終わるかな?

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