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108 魔力回復ポーション



 カイヤの調合台には、様々な薬草や素材が並ぶ。その薬草のほとんどは、オークアップル畑の端でたい肥にされるところだった、リンドウラ・エリクシルの材料の余りを回収してきたものだ。一抱え程の量がある。全ての素材に【浄化】魔法をかけて、調合できるように整える。


 まずは、ヒイロウチワ草と、オオツツラフジの蔓と幾種類かの薬草を【乾燥】させる。そのどれもが、魔力を調整するための薬草だ。それと血圧や魔力の調整をするオークアップルと、薬効を高める成分のある黒焼きにしたオーク虫を一緒に、壺で煮て抽出液を作る。

 オーク虫は、自ら火の中に飛び込んで行った。それを見た時の私達は誰もが、なんともいえない表情になってしまった。

 抽出液を作っている間に、カイヤの調合室にあった通称・魔石と呼ばれる石を【粉砕】する。魔石とは、魔物の体内にある魔力を含んだ紫色の石の事だ。色の濃い方が、含んでいる魔力が多い。残念ながら、ここにある魔石の品質は中の下といったところだろうか? ちなみにワイルドバイソンの胆石は、体内にある石には違いないのだが、魔力を含んでいないので魔石とはよばない。

 粉砕した魔石の粉は、テンキリスタの葉と一緒に蒸留酒に漬け込んでチンキを作る。

 チンキとは、蒸留酒などに薬効成分を抽出したものだ。普通は一カ月漬け込んで、二ヶ月寝かせる。でも、私の場合は【時間経過】の魔法を使うことで、短時間で作ることができる。テンキリスタの働きで、魔力は蒸留水に溶け出し、透けて向こうが見える紫の美しい魔力のチンキとなった。瓶の底にある、灰色のざらざらとした砂には、もう魔力は残っていない。

  ギミの実に【加重】の魔法をかけて、ゆっくりと油を搾る。圧力をかけすぎると、余計な成分がふくまれてしまうので、徐々に重さを加えていく。この油には、魔力の通り道を整える作用がある。鴆の毒がのこっていたのなら、それをわずかに加えることで、同じ作用があったのだが、残念ながらいくら探しても調合室にはなかった。

 薬草の抽出液に、魔石のチンキを九対一の割合で混ぜる。良く混ざったら、ギミの実の油をたらたらと落としていく。

 その後は【水操作】の魔法を使って、透き通った紫色が、濁った紫色になるまで攪拌する。こうなると、しばらくは水と油は分離しなくなる。さあ、これで完成だ。

 できれば早めに飲んだ方がいいが、それができないときは、保存の魔法か、魔道具で管理して、飲む前によく振るといい。


 これが森の家でなら、温室や薬草畑でもっと別の薬草を、最高の品質で作るため、よく効く魔力回復ポーションが出来るのだが、ここにある材料で、どのくらいの効き目があるのかは自信がない。それでも量は作れた。それに、少なくても、味は薬問屋で普通に置かれているような下処理をしていない牛の大腸をドロドロにした味ではないはずだ。


◇◇◇


「ぷはあああ! きくーーーー!!」


 腹の底から絞り出すような声を、クラリッサ様は漏らした。と、同時にクラリッサ様の体がぽうっと光った。


「うおおおお! なんだ! これは、魔力があふれ出してくるぞ。こんなに満ち溢れたのなんて初めてだ! もう魔力は満ちているのに、後から後からわいてくる!」


 もったいなからと、クラリッサ様は急いで治癒魔法を患者にかけ続けた。そのおかげで、回復する人が続出だ。最初に、治癒魔法を使える人を治したおかげで、その人たちにも魔力回復ポーションを与えると、クラリッサ様のような……というか、仕事上がりの労働者が酒場で最初の一杯を飲むような声を出して、嬉々として治癒魔法を使い始めた。

 院長と、アリーシア先輩にも飲ませた。二人とも、あっという間に、魔力は満たされた。


 薬の効き目が上がっている? この素材の組み合わせでは、最高品質の魔力回復ポーションじゃないはずなんだけれど……。

 思わず、薬瓶を見て首を傾げてしまった。


 自分でも試し飲みしようかとも思ったけれど、止めた。魔力の多い『三人の聖女』でさえ、完全回復以上にさせる魔力回復ポーションだ。魔力の少ない私が飲んだら、それこそ魔力栓塞になりかねない。そういえば、ルイス様の体力回復ポーションのレシピにも魔石が使われていた。もしかしたら、ヨーゼフがあの歳で魔力栓塞になったのは、魔石を使った薬を飲んだからなのかしら?


 クラリッサ様の言う通り、治癒魔法をかけ続け、魔力が足りなくなったら魔力回復ポーションを飲むというサイクルであっという間に、患者はいなくなった。一番多く魔力回復ポーションを飲んだのは、満面の笑みを浮かべるアリーシア先輩だ。


「だって、私は全員を助けるために、ユリアさんに望みを託して治癒魔法をかけたんだもの。ユリアさんがその望みを叶えてくれたのに、私ががんばらないわけにはいかないでしょ?」


 アリーシア先輩がいなければ、私は死んでいた。本当に、感謝してもしきれない。

 回復した人々は、ある者はキョトンとしたし、ある者は感涙の涙を流した。苦難が去ったのだと皆が理解すると、抱き合って喜び合った。そして、少し時間が経つと、高揚感におそわれ、皆、頬を上気させて愉快そうに笑いあっている。治癒魔法に精神の不調を直すような作用はないが、かつてないような絶好の体調になるため、高揚感を感じるのだそうだ。

 患者全員が、回復したところで院長がパンッと手を打った。


「この修道院では、厄介な食中毒(・・・)が広まってしまいました。それを感染症かと疑われ、外門は閉じられてしまいました。でも安心してください。扉が開かれるためには、みんなが元気になったのを外に見せつけなくてはいけません。そのために明日、快気祝いのお祭りをしましょう!」


 うわあああ!! と皆が叫び声をあげて、院長の提案を喜んだ。これも治癒魔法後の高揚感による反応だろう。


 屋外でいつも以上の盛大な祭りの準備が始められた。しかし、食料が足りない。少しの野菜類は、敷地内でも育てられているが、それだけでは祭りというには心もとない。そう下働きのまとめ役から報告が上がると、「任せとけ」とダンが言い、護衛を何人か引っ張って行った。そして戻った時には、ワイルドバイソンの肉塊の山を運んできた。


「ここに来る途中に仕留めたワイルドバイソンの肉だ。食べられるようになるまでには、数日かかるが、明日には、最高の味になっているはずだ」

「それなら、庭で焼肉をしましょう! 野菜も肉の添え物位だったら用意できます!」


 肉の弾力を確かめた下働きの女性は、肉にかけるソースを作るのだと、はしゃいで厨房に消えて行った。


 問題は、もう一つあった。


「リンドウラ・エリクシルの樽の蓋に、全部こじ開けたような痕がある」


 そう報告してきたのはガウスだ。カイヤが仕込んだ毒が、みんなが飲んだあの一樽だけなのかは分からない。そう怪しんで、酒蔵に保管された全てのリンドウラ・エリクシルの樽を調べて来たのだ。

 その報告を聞いて、私は、これが『前の人生』でこの修道院にお金がなかった理由なのかと分かった。出荷できるリンドウラ・エリクシルはないのに、それにかかった費用は払わなくてはいけないからだ。使われていた薬草や、魔物から採れる素材の一部はこの修道院では採れない。高額で購入するしかないものだ。


「……母様」

「ええ。そうね。アリーシアちゃん」


『三人の聖女』は、一塊になって何やら相談事を始めた。そして、すぐにその輪の中に私も手招きされた。


「あの……、私が混じってもいいのですか?」

「ええいいのよ。ユリアちゃんには、聞きたいこともあるしね」


 他の人は、遠くにいるというのに、つい小さな声になってしまう。その返答の声も、院長のいつもと違い、囁くように小さかった。後に続く、クラリッサ様の声も小さい。


「リンドウラ・エリクシルに、毒が入っていたことを知っているのは、ここにいる人間と、あとはユリアの護衛と冒険者だけだな?」

「はい。そうです。もしかしたら、看病をした下働きの人に聞かれているかもしれませんが」

「それはこちらで確認した。問題ない」


 ニコニコと愛らしい院長が、こっそりといたずらの相談をするような口調で言う。


「あのね、明日の祭りには、リンドウラ・エリクシルを教会籍も下働きも、ユリアちゃんところの護衛さんも冒険者さんも、み――んな、飲み放題にしようかと思っているの」

「え⁉ ガウスの報告を聞いていなかったのですか? リンドウラ・エリクシルの樽には、こじ開けられた痕があって、中に毒が入っているかもしれないんですよ!!」

「うん。だけどね、それは無かったことにできちゃうのよ」


 揃って頷く『三人の聖女』達。


「…………へ?」



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