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107 旅の薬師

予告通り、長いです……m(__)m



 それは、三百年前の出来事をつづった回想録にも近い備忘録だった。私は、最初は噛みしめるようにゆっくり。次第に熱中して、その備忘録を読みふけった。


◇◇◇


 この修道院の初代院長と共にいた、旅の薬師の名前は、サクラ。東の島国の生まれだ。


 孤児だった幼いサクラは、死にかけたところを薬師に拾われた。その薬師は、嗅拡丸、筋肥丸、体力回復湯に、魔力回復湯など、様々な薬を開発し、「赤の御使い」と呼ばれるような名高い薬師だった。そのままその薬師の弟子となったサクラは、その師匠を親のように慕っていた。


 サクラが師事してから数年たった頃に、新たな弟子が加わった。名をリロイという。異国の少年で、歳はサクラと同じだったが、リロイは、とても優秀だった。過ぎるほどに。師匠が何をしているのか半分も理解できないサクラと、リロイの差はみるみるうちに開いていった。しかし、リロイは、驕ることなくサクラと知識を分かち合い、成長するにしたがい、恋仲になった。


 ある日、リロイは見るのを禁じられているレシピを、一目だけも見てみたいとサクラに打ち明けた。サクラは、リロイのために、師匠を騙してそのレシピを手に入れた。ところが、リロイは、そのレシピを持って消えた。そのレシピは、人間を魔物に変える作用のある薬だった。

 事の重大さを知ったサクラは、自害しようとしたが、またもや師匠に命を救われた。そして、破門されてもおかしくないところを、幾多のレシピとシャトレーヌを師匠から授けられ、旅に出た。

 その旅は、リロイからレシピを取り戻し師匠に返すため、そして利用され捨てられたことを復讐をするためだ。ほどなくサクラは、リロイの足跡から、この国にやってきた。


 この国は、文化レベルは高い反面、治癒魔法を使える者が多くいたため、薬については開発途上国の国だった。サクラは、師匠から教わった薬のレシピで、様々な人を救う。

 そこである出会いをする。のちに、修道院の初代院長となる修道女との出会いだ。彼女は、自分の家族を毒で殺した犯人を追っていた。その修道女に協力するうちに、その犯人が薬を用いて人々を支配することをもくろむ一族で、リロイがその中心に近い人物で、師匠の元に弟子入りする前から、調合の天才と呼ばれていたということを知る。リロイは、最初からレシピを盗むために弟子入りしたのだ。


 サクラはある時、リロイがある刑務所に立てこもり、囚人を実験材料にしてペリグリという病気の研究をしている事を知る。

 ペリグリは、豊かな東の島国ではとうの昔に発症しなくなった病気だが、この国では栄養が偏った貧しい平民の間ではまだ発症し、感染症だと思われていることをサクラは知る。たんぱく質欠乏症であるペリグリを何故、リロイは今さら研究をしているのかとサクラは胸騒ぎを覚えた。


 ちょうどその時、ペリグリ患者が多数発症し、封鎖された村がサクラの近くにあった。そこへ、サクラは一人で侵入した。そして、封鎖する貴族、聖騎士団の前で、ペリグリが感染しないことを実証した。

 証明した方法は、こうだ。感染症は当時も、唾液、皮膚、血液、排泄物などを介して感染することは知られていた。ペリグリ患者のそれを、サクラは、発症しないことを自らの身をもって(・・・・・・・・)証明したのだ。

 また、大量に持ち込んだ脱脂粉乳を飲ませると、死にかけていたペリグリ患者が持ち直した。それで、ペリグリの原因が、たんぱく質欠乏だということも証明して見せたのだ。

 それによって、この国の歴史上初めてペリグリの封鎖が解かれた。また、書いた論文を発表し、とうとうペリグリはたんぱく質欠乏であり感染症ではないことが、共通認識となって、この病気が発病して街や村が封鎖される事はなくなった。

 しかし、何故かリロイの一族はまだペリグリを感染症であると声高に言い続けていた。


 とうとう、リロイの刑務所に侵入したサクラとその仲間達は、その研究内容を知る。それは、ペリグリなどではなく、人間を魔物に(・・・・・・)変化させる薬(・・・・・・)を作ることだった。それも、感染を繰り返し、世界中の人間が魔物となるような。

 その途中経過として表れる症状が、ペリグリによく似ており、最終的には人の血を飲まずには生きていけない魔物になる。また唾液を介して、血を飲まれた人もまた感染し、人々に広まっていく。まだ研究は途中だったが、もしサクラがペリグリを感染症じゃないと証明できなかったならば、普通のペリグリ患者も、このリロイの()によって発症した患者も一緒くたにされ、人類の敵とされていただろう。


 サクラ達は、刑務所の中での激しい戦いのなか、一族に勝った。しかし、軍に引き渡そうとする直前に、リロイを含めて一族は集団自決した。なんとも後味の悪い結果だ。

 サクラはリロイの研究資料を燃やした。だが、師匠のレシピだけは見つからなかった。もしかしたら、逃げた一族がいるのかもしれないと不安が残った。


 その後、仲間の修道女は、一族が人体実験に使った人々の魂を慰めるために、その刑務所を修道院にした。戦いで一人で動ける体ではなくなっていたサクラは、師匠のレシピを追うことを諦めた。そして、修道院の薬師としてとどまり、師匠から教わった聴拡丸や筋肥丸、その他の薬をこの国に広め、弟子を育て、夢だったエリクサーの研究を開始したのだ。



◇◇◇


 

 忘備録を読み終え、私は思い出した。この国の薬師の歴史の一部を。

 この国にはかつて、聴拡丸や筋肥丸、それに体力回復や魔力回復ポーションの元となる、体力回復湯や魔力回復湯のレシピをもたらした異国の薬師がいた。その薬師は、たぐいまれな薬の力を用いて、人々を救い、薬師の立場を引き上げた。そして薬師や薬問屋を取りまとめて、薬組合なるものを設立し、薬師の保護と育成につとめた。

 サクラに認められ、レシピを継承した弟子も多かったという。サクラは、その弟子たちに、シャトレーヌを贈った。それがシャトレーヌが薬師の象徴となった理由でもある。

 この国の薬師の大半は、サクラの孫の孫のそのまた孫の孫弟子となるだろう。おかげで、ほとんどの薬は同じ名前と、似かよった効果になっている。そしてオリジナルレシピでさえ、東の島国風の名前を付けることが慣習となってしまった。


 その伝説の薬師の名前がサクラ……、この忘備録の旅の薬師の名前・サクラだ。

 

 読み終えた私は、しばらく話すこともできずに、物思いに耽っていた。レシピに翻弄された一人の女性の一生。一族との因縁。この修道院で起きたペリグリのきっかけ。様々なことが、一気に流れ込んで来て、まるで夢を見ているようだった。

 ふと、肩に温かさを感じた。肩を見ると、クラリッサ様が手を置いていた。


「泣くな」

「え……?」


 クラリッサ様に言われて初めて、自分が泣いているのに気が付いた。


「あの……、クラリッサ様が私に、この備忘録を読んでもらいたいと言った訳は……」

「ああ。これを読めば、何故この修道院が狙われたのか、そして何が起こったのか分かるだろう」

「はい……」


 この修道院が狙われたのは、ここが一族の繁栄を断った人が作った場所だから。どうしてカイヤがあんな症状を広めたのかというと、一族が長い年月をかけて、再びリロイのレシピを再現したことを知らしめるため。そして多分、これは、宣戦布告なんだろう。人類に対しての。


「あの……。クラリッサ様はここに書いてある内容については……?」

「もちろん知っている。理解しているとは言い難いがな。『三人の聖女』に選ばれて、初めてこれを読んだときは、物語を読んでいるようだったよ。まさか、現実だったとはな……」


 クラリッサ様は苦り切った顔だ。


「アリーシア先輩は、このことを?」

「いいや。まだ知らない。あの子が王都に戻る前に読ませるつもりだったからだ」


 ああ……、とクラリッサ様は呟いた。


「もしかしたら、カイヤはこちらにも何か資料が残っているかもしれないと警戒して、母様と私を魔力切れにさせたのかもな」

「……」


 クラリッサ様は、そう推測したけれど。でも、私には、どうにも腑に落ちない。院長はともかく、何故、クラリッサ様の命を奪おうとしなかったのだろうか? 何かの対抗策を『三人の聖女』が持っているかもしれないと、カイヤが考えたならまず最初に狙うだろうに。

 いくら考えても分からなかった。


「それにしても、この資料を読む限り、これは『病』ではなく『毒』だと思うのです。どうして、一族は『伝染病』と言ったのでしょうか? 一族の名声を高めるためには、毒だといった方が確かなのに……」


 それに対して、クラリッサ様は苦渋に満ちた顔をした。


「この時代、薬師の身分は今よりももっと低かった。薬師が力を持つためには、何かの後ろ盾が必要だった」

「後ろ盾……。カイヤの一族は、刑務所の設計当時から関わっていたと考えられます。そんな力を与えることができる後ろ盾というのは、何でしょうか?」


 その身が小さく縮んでしまうのではないかというくらい、大きく息をクラリッサ様は吐き出す。


「……『伝染病』は神罰だという考え方を知っているか?」

「え……、ああ。はい。確かに、大きな伝染病が流行ると、教会に人が集まって病を鎮めるように祈りをささげるのだとか……。それが何か?」

「昔から、教会は伝染病を使って、教会の権威を高めてきたんだ」

「もしかして、カイヤの一族の背後には教会があるとお考えですか⁉」

「カイヤがこの修道院の薬師になったのは、教会本部からの推薦だった。可能性は大きいと思う」

「……」

「すまない。話が過ぎた。これは教会内部の問題だ」

「……教会内部だけではないかもしれません」

「どういうことだ?」

「カイヤは、誰かから私の話を聞いているようでした。私も狙われたのです」

「ユリアを狙ってどうする?」

「それも分かりません」


 私は、備忘録の最後のページを開いた。そこにはこの言葉で締めくくられている。

「もし一族が動きを再開したならば、なんとしても止めて欲しい。そして出来ることなら、師匠のレシピを取り返して欲しい」と。


「私も協力させてください」

「いや、しかし……」

「どのみち、私も狙われているのなら、追っていく場所は同じはずです。だったら、連携していた方がいいのではないでしょうか?」

「それもそうだが……」


 クラリッサ様は、肩のオーク虫を撫でながら、しばし考え込む。再びこちらに向けた目は、意外なことに悲しそうだった。


「……いいのか? 危険かもしれないぞ」

「分かっています」

「実は、その備忘録を読ませたのは、ユリアがそう言ってくれるのを期待していたからなんだ。この修道院にはユリアの他に頼れる薬師はいない。なにせ、中心となって一族と対抗するはずの修道院の薬師が、一族のカイヤだったのだからな」


 本当にすまない、と、はちみつ色の頭を下げた。


「私の方こそ『協力する』とは言っても、手掛かりなんてない状態です。だから、どこまでお役に立てるのか……。だから頭を上げて下さい、クラリッサ様」

「分かった。手掛かりについては、教会内部の方から私が探っていく。だから、ユリアは私の情報を待っていてくれ」

「分かりました」

「ともかく、今は……」

「はい。魔力回復ポーションを作ることが先決ですね!」



舞台となっている国からすると、異国風な薬の名前の理由が出てきました(^^;


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