105 聖騎士団
あれは二日前。
『こうけっせい』治療が勧められる中のこと。
遠距離攻撃の専門家であるガウスは、視力がとてもいい。森に誰かいる、と気が付き廃棄口から外に飛び出して行った。そこで、外にやっていた二人の護衛を連れて帰ってきた。
一人は、謎の商人に警告するために戻った護衛。もう一人は魔力回復ポーションを探しにやった護衛だ。
二人は、自分達がいない間に、こんな騒動があったことにひどく驚くと同時に、そんな時に私から離れていたことを酷く悔いて血の涙を流さんばかりだった。……狂信者め。
商人に警告しに行った護衛からは、ある物を渡された。それは、ヘンゼフに確認してもらったところ、謎の商人から食べたオオヤシャ貝の一部ようだった。アランの予想通り、もともとかなり大きい貝だったのだろう。受け取った部位は、一塊もあった。
「これをどうしたの?」
「実は、私共が宿泊した宿に戻って、その商人について宿の者に話を聞いたところ、お嬢様あてにその商人とみられる者から、こちらを渡すようにと預かっていたそうなのでございます」
「……私が、警告することを予想していたってことなのかしら? 本当に何者なのかしら、その商人って?」
私の問いに答えられる人が、その場にいるはずもなかった。
「ありがとう。預かっておくわ。何かの素材になるかもしれないし」
護衛は頭を下げた。そして、もう一人の護衛を前にやった。
「あなたは、魔力回復ポーションを買って来るようにお願いした人よね?」
「はい……。申し訳ありませんが、そのご命令を果たすことができませんでした。というのも、私が街に行く途中に貴族らしき男が率いる一軍が、この修道院に向かっているのを発見したのです。最初は、治癒魔法をかけてもらう貴族とその護衛かとも思ったのですが、それにしては人数が多く、武装はしっかり整えられ、盗賊のようにギラギラとしており、まっとうな雰囲気ではございませんでした。それで隠れてその一軍を観察しておりましたところ、指揮を執る貴族らしき男が、教会のシンボルを身に着けていることが分かったのです。もしかすると、聖騎士団なのかもしれないと、こうして御命令を果たさずに急ぎ戻ったところ、修道院自体が封鎖されていて、途方にくれていたところ、ガウスさんに見つけていただいたのです」
護衛は、ガウスに軽く会釈した。ガウスは、一度うなずいた。
「……『聖騎士団』って、あの教会の要人を守っている人達のこと?」
私の知っている『聖騎士団』は、純白の制服を着て、教会総本部の教皇や枢機卿を守っているという騎士団だ。王都でも、たまに見るその姿は、腐敗した教会のイメージを払拭するほど、清廉で、若い女性の熱い視線をさらりとかわしている。とても「盗賊のようにギラギラ」とした護衛の報告と結び付かない。
ダンが自信なさげに、口を開いた。
「どうやら……、聖騎士団には汚れ仕事専用の部隊があるという噂だ」
「汚れ仕事……」
「ああ。これは、俺達だけで抱えていていい情報じゃない。クラリッサ様に報告しに行こう」
一瞬、あのオーク虫の集団とまた会うかもしれないと、口がヒクリと震えた。
◇◇◇
「……という訳なんです」
クラリッサ様は、難しい顔をして首を振った。
「それは……間違いなく聖騎士団の裏部隊だろう」
「やはり、そうなのですか?」
「ああ」
オーク虫の女王が警戒したように、チチと鳴く。ちなみに、この部屋には、心配したオーク虫の大群は、もういなかった。役目を終えたオーク虫は、まだ力のある者は巣に帰り、限界まで働いた者は命を終わらせたらしい。
「ガシリスクが、門を封鎖したんだったな」
「はい。そうです」
私の代わりに、ダンが答える。私はその時、カイヤの薬にやられていて意識がなかったからだ。
「その時、ガシリスクは外部に何か連絡を取るとは言っていなかったか?」
「さあ……。でも、一商隊だけで封鎖するのは無理があります。だとすれば、街の自衛団や兵士に助けを求めるのは当然かと思います」
「……だろうな。でも、それが普通の町や村だったらな。ここは修道院だ。教会の建物を、ただの自衛団や兵士が封鎖することなんかできない」
「とすると?」
「どこかの教会に、この修道院の事件が報告されたのだろう。そしてそこから通信の魔道具を通じて教会総本部に連絡がいったはずだ。それで、聖騎士団が来たんだろう……」
「それで、聖騎士団の目的は……?」
しばらく唇をなめて、ひどく言いづらそうに、クラリッサ様は呟いた。
「多分……、治癒魔法を使える者以外の感染者の殲滅……」
「!!」
想像以上に、聖騎士団というのは、恐ろしい集団のようだ。
「それにしても、通信の魔道具を使ったとしても、行動が早すぎませんか?」
「……カイヤと聖騎士団がつながっていたと考えるか?」
「そこまでは……」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
「……失礼します」
おずおずと顔を出したのは、まだ大人になりきっていない下働きの少女だ。この修道院の中で、アリーシアの次に一番若いかもしれない。年若いせいか、リンドウラ・エリクシルを飲むことがなかった彼女は、症状を発しなかった。献身的に、患者に尽くしていたのを見ている。
(ずいぶんと、印象が違う。でも、こうして落ち着いてよく見てみると、確かに彼女だわ)
心の中で呟いた。
そう彼女は、『前の人生』で私を苦しめた指導係だった。若々しいものの、顔立ちは記憶の中と同じ。ただ、印象が全く違うのだ。何かの恨みを抱いて、その恨みを私にぶつけ、人に取り入ろうと必死で、私を陥れて利用していた指導係の彼女の印象とは。今の彼女は、疲れているけれど、普通の女性だった。
彼女も、この事件で、人生が狂った一人だったのかもしれない。
「何だ」
私の心の内など、気にすることなくクラリッサ様が用件を聞く。
「あの……院長様が……、お目覚めに……」
「分かった。すぐに向かおう」
「私達も!」
「ああ、先程の事も母様の知恵を借りよう」
「はい!」