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103 病の終息

ブックマーク10000人を突破しました! ありがとうございますm(__)m

「お嬢様! お嬢様も感染なさったのですか!」


 ミーシャはおろおろと動き回る。


「そんなわけないでしょ! リンドウラ・エリクシルも飲んでないのに」

「じゃあ、なんで?」

「『けっせい』を作るのよ」

「「「『けっせい』?」」」


 きれいに揃った声だが、その中にダンの声もあった。

 ルイス様の資料には一般的でない知識が多い。これもその一つのようだ。


「『二度なし』については、みんな知っているわよね?」

「ああ。一度かかった病気には二度とかからないものがあるってことだろ」

「ええ。それを利用したのが痘瘡を予防するための人痘よ」


 ミーシャが、自信なさげに手を上げる。すかさず、ダンが説明を加えた。


「感染した人の膿を未感染の人に植え付けると、感染しないってものだ」

「どうして、感染しないか分かる?」


 ミーシャとヘンゼフが首を振る。この辺りになると専門的な知識なため、仕方ないだろう。ただダンだけは、頷いた。


「体の中に、その病原体に対抗するものがあるからだ。確かそれを抗体というんだろ?」

「ええ。そして、その抗体を含むのが『けっせい』、そして感染した人の血液に『けっせい』を入れるのが『こうけっせい』療法よ」

「それで治るのか?」

「ええ。治るわ」


 つかの間、静寂が訪れた。

 ミーシャが再び、おずおずと手を上げた。


「あの~。いいんでしょうか? 結局、何が原因で症状が起こったのか分からないのに、治療を開始しても」

「そうね……実は、さっき話した人痘の話には続きがあるの」

「続き?」

「今は、ほとんどの人は人痘をやっていないのを知っている?」


 ミーシャは首を振った。


「少ない人数とはいえ、副作用で死ぬこともあるから。その代わり、牛痘というのをしているのよ。私もミーシャも子供の頃に、この牛痘をしているはずだわ」

「牛痘? そんなものを? 覚えがありません」

「伯爵家の使用人になる時に、医師か薬師に小さな傷を作られなかった?」


 ミーシャは、遠い目をした。


「そういえば……やったような気がします」

「それが、痘瘡の予防の牛痘なのよ」

「あれが、牛痘……」


 ミーシャは、腕の付け根あたりを手で押さえた。 


「ところで痘瘡は、何故か牛の乳搾りをしている人には感染しないそうなの」

「乳しぼり……ですか?」

「ええ。それで、調べてみると牛にも同じような病気があって、どうやらその病気に人間もかかると、痘瘡にはならなそうだという事が分かったのよ。それで、牛の膿を人間に植え付けたところ、人痘よりもずっと安全に痘瘡の予防ができるようになったの」

「本当なんですか?」

「ええ、本当よ」

「でも、面白いのは、牛の病気がなんで人間に効くのか分からないのに、この予防法が広まったっていうことよね」

「……この治療法みたいですね」


 ミーシャは私の言いたいことを分かってくれたようだった。

 私は肩をすくめた。その病気の原因が分かるなら、それにこしたことはない。でも痘瘡だけでなく、レモンを食べる船乗りは何故か壊血病にならないとか、病の原因が分からないのに治療法や予防法だけがみつかることはまれにあるのだ。

 そのことを分かっているダンは、先を促せた。


「それで、どうやって作るんだ? その『けっせい』とやらは」

「その抗体ができた人の血を使うの」

「それでヘンゼフ君の血が必要なんだな?」

「ミーシャでもいいんだけど……。さすがに、貧血になっちゃうでしょ? その点、ヘンゼフなら……」


 ヘンゼフの体は、筋肥丸の影響で筋肉で体が大きくなっている。

 ルイス様の資料でも『けっせい』を作るには、牛や馬といった体の大きな動物に毒や病原体を注入して、体の中に抗体を作り、利用することを勧められていた。つまり、今のヘンゼフには適任といえる。

 さっき見た血管も、弾力があり素晴らしい。きっとたくさん血が取れるわ。


「道具はカイヤの調合室にしかないけれど、それは仕方ないわね」


 意気揚々と、ヨーゼフの手を引いて調合室へ向かう。何をされるのか理解したヘンゼフは、顔を青ざめさせている。

 着いた調合室で、棚から注射器を出した。


「ひいいいいい!」

「動かない!」


 ヘンゼフの腕に、紐をしばる。そしてニヤリ笑って、ヘンゼフの腕に注射器を突き立てた。


「たーーーーすけ」

「はい、お終い」

「え? もうお終い?」


 片目を開けて、自分の腕に針が刺さっていないことが分かると、ヘンゼフは拍子抜けしたように呟いた。


「え? もういいんですか?」

「当たり前でしょ。まずは、本当に効くかどうか試さなくちゃいけないんだから。そこの試験管を取って」

「あ、はい」


 血液を試験管の中に移し替える。


【時間経過】


 試験管の中の血液は、上の方の黄色と底の方の赤の二つに分かれた。血清は、黄色い部分だ。血清だけ別の試験管に取り分けると、元の試験管にはブニブニとしたスライムのような塊だけが残った。


「さて感染した護衛を連れてきて」

「え? ここにですか?」


 舐められたミーシャは嫌そうな顔をする。


「ええ、万が一の場合、ここの方が対処しやすいの」


 連れてこられた護衛は、目隠しをされて、手を後ろで結ばれ、唸り声を上げている。足だけは歩かせるために、拘束をとかれていた。


「苦しいわよね……。がんばって、もう少しよ」


 私は、彼に「けっせい」の入った注射器を突き立てた。痛みを感じないのか、目立った反応はしない。


「どのくらいで効くものなんですか? その『けっせい』というのは」

「分からないわ……」

「え?」

「私も初めてなのよ」

「えええ? だって、あんなに自信ありげに」

「そうしないと、みんな不安に思うでしょ?」

「それは……そうです」

「本当は、治療をするときはいつだって不安なの。本当に治るのかしら? もしかしたら私の薬のせいで悪化しちゃうんじゃないかしら? そうなったら、患者はなんんて思う? その患者の家族は? いつも重圧を感じているのよ」

「お嬢様……。頑張りすぎです。もう少し、力を抜いても……」

「……」


 ミーシャが心配からそう言ってくれているのが分かるだけに、「はい」とも「いいえ」とも返事ができなかった。


「あ!」


ダンが声を上げる。


「まさか、急変⁉」

「いいや……、うめかなくなったんだ。それで、目隠しを外したら……。目に意志を感じるような気がして」

「私も見てみるわ」


 前に立つと、護衛はグルんと首を回し、ゆっくりと私を見た。最初は濁った目だったが、次第に焦点が定まり、はっきりと私と認識したのが分かった。何か言いたそうに、口をひきつらせているが、うまく動かなくて苛立った様子を見せている。


「ねえ……、何があったか覚えているの?」


 護衛は、つかの間、ぼうっとした顔をし、次いで大きく目を見開いた。


「そう。あなたは、感染していたの」


 今度はしっかりと頷いた。


「治療を施したわ。それで治れば、他の人にも治療をするつもりよ」


 再び頷く。


「少し、様子を見るわ。ダンがあなたを見張っているけれど、いいかしら?」

「……は……い」


 かすれてはいるが、返事の声が返ってきた。

 そして程なく、しっかりとした声で「申し訳ありませんでした」と言い、気を失った。その顔は安らかで、快方に向かったのを予感させられた。


「効果があったわね」

「ああ」

「ヘンゼフ……、また腕を出して」

「はい!」


 丸太のような腕を差し出される。


「やけに素直ね」

「いやあ、確かに注射は少し痛かったけれど、これでみんなが助かるなら、僕、がんばります!」


 と、チラチラとミーシャを見ながら、アピールをしている。


「そう……。それはいい心がけね」


 私は、よいしょっと極太の注射器を肩に担いだ。


「え……、お嬢様、何ですか、それは?」

「だから、注射器でしょ?」

「さっきの注射器の何倍の大きさなんですか! ああ! 針までそんなに太い!」

「だって、さっきのは護衛一人に試すためでしょ。治療が必要なのは何人いると思っているの?」

「え……もしや、全員分?」


 顔を青ざめさせ、指で口を隠すヘンゼフ。


「いっとくけど、この注射器で血を取るのは一回じゃすまないわよ」

「ええええええ!」

「大丈夫。あなたの体なら、百人分の血清を作っても、ちょっと貧血になるくらいで済むはずだわ」


 私はにっこりと笑う。


「たーーーーすけてーーーー」



 かくして、原因もわからぬまま、謎の商人のおかげで、この修道院で起きた変事は終わりを告げた。数々の疑問、そして閉じられた外門などの問題を残して。


感想返しも遅れていて、申し訳ありませんm(__)m

さらに、申し訳ないことに更新一回スキップさせてください。

次は6/18(月)予定です。

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