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102 謎の商人


「それで、説明してもらえるかしら? ダン、ユリアちゃん」


 さすがに反省室は居心地が悪く、私達の客間に移動した。

 つかつかと近づきソファーにどかりと座ると背もたれに腕を広げて、苛立たし気に小首を傾げ、人差し指でトントンと組んだ自分の腕を叩く。苛立たし気な様子も、その人差し指もガウスが本気で心配しているときの癖だ。心配しているなら、それらしくした方が伝わるのに、何故か苛立たし気な仕草をしてしまう。損な人だ。ヘンゼフとミーシャはすっかり怯えて、離れた壁にくっついている。

 主にダンが話しをして、私が時々説明を加える。


「そう……」


 大きなため息を吐き出す。それにしても、と額に青筋を立てたままガウスは言う。


「ユリアちゃん、ミーシャちゃん、こっちに来てちょうだい」


 ガウスのことを知っている私はともかくミーシャは戸惑いがちだ。すぐそばまで来た私達を見るとガウスは、両腕を広げる。


「二人とも……、よく無事だったわねえええ!」


 ぎゅっと抱きしめられた。


「ちょ、痛い!」

「ガ……ガウスさん、あの、恥ずかしいです」


 ミーシャは顔を真っ赤にしている。


「そんな事いいのよ。大変な時に近くにいてあげられなくて、本当に、本当にごめんなさーーい!」


 子供のようにエーンと泣くガウスの姿を、ダンは呆れたように、そしてミーシャとヘンゼフは驚きを持って見ていた。私と言えば、くすぐったい思いでいっぱいだ。

 ガウスはこういう人なのだ。ダンが好きで、その他の人はどうでもいい風を装いながら、本当は誰よりも優しい。そして懐に入った人には、姉のように、母のように心を砕く。私も『前の人生』では何度これをやられたことか……。

 紫の髪ごと、その背中をぎゅっと抱きしめた。野生の獣や魔物にも気付かれないほどのかすかなスミレのような香水が鼻孔をくすぐる。反対側では、顔を赤くしたミーシャが私のように抱き返すかどうか迷いながら手を握ったり開いたりしている。私が頷くと、そっと手の平をガウスの背中に置いた。


 しばらくすると、ガウスは鼻をスンと鳴らせて、私達を放した。


「ごめんなさいね」

「ううん。こっちこそ心配かけちゃって、ごめんなさい」

「あの……ガウスさん、私も……ごめんなさい」

「謝ることはないわ。だって、二人とも無事なんだもの」


 ガウスは、ミーシャの額に触るか触らないかの距離に手を伸ばす。


「ユリアちゃん、なんとしても傷跡一つのこしちゃだめよ」

「ええ、分かっているわ」


 幸い、クラリッサ様のおかげで私の魔力は満タンだ。クラリッサ様にありかを聞いたリンドウラ・エリクシルの仕込みの残りの素材、カイヤの調合室の素材に、庭の薬草、オークアップルなどを使えば傷薬も、体力回復、魔力回復ポーションもできるだろう。


「ガウスとヘンゼフにお願いした素材は?」

「もちろんあるわよ」


 ヘンゼフを顎で指す。一瞬呆けたような顔をしたが、ごそごそと荷物を包んでいた布の結び目を外して背中から下ろした。布を広げると出て来たのはワイルドバイソンの胆石だ。


「よく見つけられたわね!」

「もう、私を誰だと思っているのっ」


 高い鼻を、ガウスはツンと上に向ける。

 この修道院に来る前の平原でワイルドバイソンの群れに出くわした(・・・・・)時に、ガウスの矢を使ってその群れの行き先を変更させたことがあった。その群れは、谷に向かったはずだ。この修道院で下痢嘔吐が流行っていると聞いた時、私はガウスに依頼して、その谷に行き、ワイルドバイソンの胆石を採取してくれるように依頼したのだ。ミーシャとヘンゼフの治療にも使ったように、ワイルドバイソンの胆石には毒や病原体を排出する手助けをしてくれる薬効がある。

 依頼した時は食中毒だと思っていたが、今の状況でも使えるはずだ。少なくとも、ただ保水しかできないような状況よりはよほどいい。


「これで、症状は少しは楽になると思うわ。でも、根本的な治療に必要なのは……」


 私はヘンゼフを熱い目で見た。


「質問していいかしら? あなたが食べたのはキラースクイッドなの?」


 ヘンゼフは何を聞かれているのか、まったく分からない様子だった。


「ヘンゼフとミーシャは、この修道院に来る途中の街で、食中毒になったのよね? ミーシャは商人からそれがキラースクイッドだって聞いたそうだけど、あなたは違うって言ったそうね。実際どうなの? 違うものだったの?」

「え? あの? それが何かこのことに関係があるんですか?」

「多分、あると思うの。だから教えて。あなたが食べたのはキラースクイッドなの?」


 ヘンゼフは、「違います」と言い切った。


「まず、キラースクイッドは海辺で育った子供なら、そう大した毒じゃないけど、食べると腹を壊すのはみんな知っています。見分け方も簡単です。どんな風に加工しても、色は紫ですから」

「ミーシャ、あなたが食べたのは何色?」

「ええっと、クリーム色?」


 私も海辺の街で薬師をしていた。ヘンゼフの言う通り、紫色のイカは食べてはいけないと、親が子供に教えている場面には何度も遭遇していた。同じく海辺の街育ちのダンも、うんうんと頷いている。

 ということは、二人が食べたのはキラースクイッドではないという事になる。なら、ミーシャが抗体を持っているのは、キラースクイッドが原因じゃないんだろうか? 私の当ては外れたのだろうか?

 その時、ヘンゼフが情報を付け足した。


「あれは、キラースクイッドの天敵、オオヤシャ貝の貝柱だと思うんです」

「オオヤシャ貝?」


 この中で、海の近くに住んだ経験のないミーシャだけが目を丸くする。確かに王都には出回っていない食材かもしれない。

 オオヤシャ貝は、砂浜に住む二枚貝の魔物だ。一般の貝と違って、好戦的である。そしてそのオオヤシャ貝の大好物がキラースクイッドだ。


 確かに、毒性があるものを好んで食べる動物には、その毒を無効化、もしくは弱毒化する機能がある。そしてその性質を利用して、薬として用いることがある。それが抗体をつける治療だ。


 キラースクイッドの毒もオオヤシャ貝なら打ち消してくれるだろう。ただ、普通のオオヤシャ貝は食用だ。ミーシャやヘンゼフの道中に起こった症状は現れない。ただし、人の背程にも成長したオオヤシャ貝は別だ。内臓にキラースクイッドの毒を蓄積しているため、その近くには毒が残っている。

 もっとも、そんなに大きなオオヤシャ貝はめったにみることができないが。


「それにしても、ヘンゼフ。あなた、なんでオオヤシャ貝をキラースクイッドって言われて訂正しなかったの?」

「すごく大切なことを言ってたからのような……」

「大切なこと?」


 なんだっけ、と、イラついた様子でヘンゼフは指の爪を噛む。

 その時、ミーシャが「あ!」と明るい声を出した。


「思い出しました! あの商人さん、言ってました。『食べればユリアの役に立つ』って。私も普段なら、そう簡単に訳の分からない物を食べたりしません。でもそう言われたから食べたんです」


 思い出してよかった、なんで忘れてたんだろう、とミーシャとヘンゼフははしゃいだ声を出している。

 私は違和感から、ダンとガウスに目をやった。二人とも、難しい顔をしている。


「その商人は確かに言ったのね『ユリアの役に立つ』って……」

「「はい!」」

「その時、おかしいとは思わなかったの?」


 二人ともきょとんとして、私が何を言っているんだろうというような顔だ。


「『ユリアの役に立つ』って言ったのよね?」


 あっ、と声を揃えて二人は口に手を置いた。


「ユリア、その商人が知り合いだった可能性は?」

「ないわ。第一、うちと取引がある商人ならミーシャの方が詳しいはずよ」


 ミーシャは「知らない」と首を振った。


「その商人の口ぶり……まるで、修道院で起こる事を見越しているみたいじゃないか。それにその発言を二人とも都合よく今まで忘れていたというのも怪しい」


 ダンは腕を組んで、うなった。


「……誰なのかしら、その商人って。ねえ、二人とも、その商人について他に覚えていることはない?」

「確か……フード付きの厚いマントを羽織っていて……顔はどんな角度から見ても、全く見えなくて……」

「他には?」


 う~んと、唸り、唐突にミーシャは「あ!」と声を上げた。


「あの商人さん『ユリア』って言った時にすごく優しい声になりました。まるで恋人の名前を呼ぶみたいに!」

「「だから、あの商人さんは味方だと思います」」


 ヘンゼフも大きく頷いた。でも、そう言われても、当惑のほうが深くなるばかりだ。

 ……味方。本当にそうなんだろうか?

 どれもこれも分からないことだらけ。もう分からない事が多すぎる。でも今はそれを信じるしか手がない。



 私はヘンゼフの手をとった。ヘンゼフは「えっ?」と目を丸くする。そして私は、その取った手を裏返して、手の平を上にする。そして、手首から上に中指をつっと滑らせ、肘の裏のくぼみでピタリと止めた。

 何を思ったか、ヘンゼフは顔を真っ赤にさせて、口をパクパクしている。


「ヘンゼフ。あなたの血、もらうわよ!」


あの方……暗躍はしているんだけど、なかなか本編に出てきてくれないな( ノД`)シクシク…

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