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100 もう一つの出口

 チチッと鳴くオーク虫は、ブウウンッと音をさせて飛び、私の肩に止まった。


「珍しいな、そいつが私以外の肩に乗るなんて。どうだ、意外とかわいいやつだろ?」


 クラリッサ様はカラカラと笑う。

 そのオーク虫は、大きさだけではなく、確かに普通のオーク虫とは違っていた。「女王」というには、オーク虫特有の豚のような顔のせいで今一つ威厳は感じられないがその目には意思が感じられ、深い知性もあるように思える。挨拶しただけだとばかりに、すぐにオーク虫はクラリッサ様の元に戻っていった。

 このオーク虫は、リンドウラ・エリクシルの元になった薬のレシピに必要な素材なのは間違いない。レシピだけでは薬を作れないというのは、そういう意味だろう。だとすると、アリーシア先輩にも何かしら『三人の聖女』としての役割があるのかもしれないが、それは私には関係のない話だ。


「もしかして、さっきまでこの部屋を覆い隠さんばかりのあのオーク虫の大群は、その子の子供……オークアップルで育ったオーク虫ですか?」

「詳しいな。さすがは薬師だ」 


 ふふんと、鼻歌を歌うような返事をした。意気込んだのは私の方だ。 


「それなら今、オークアップルはありますか?」

「まだ卵が孵化する前のがあったはずだ」


 なあ、とクラリッサ様はオーク虫の鼻先をつつく。

 私は、小さく拳をにぎりしめた。やった、ここに来た最大の目的、人工的(・・・)に育てられたオークアップル、いやオークアップルの中のオーク虫の卵を手に入れられる!

 何がそんなに嬉しいのかと、不思議がるクラリッサ様に、ヨーゼフとダンの妹の病気を話した。そして、その治療に必要なのだというと、何か察したようだ。


「クラリッサ様、お願いがあります。この病の騒ぎ、私が終結させることができたなら、一緒に海辺の街にきてもらえないでしょうか?」

「海辺の街に? 私がか?」

「はい。人工的にオークアップルを育てるには、魔力を与える必要があります。その魔力を与えた人の力が必要なんです」


 私が治療のために育てていたオークアップルは、調合室爆破のためダメになってしまった。もう一度最初から育てていたら、ヨーゼフはまだしもダンの妹には間に合わないかもしれない。


「ユリア、ペリグリ……? この病を治療できる算段はあるか?」

「ええ。ただ、魔力が少なくて、時間がかかってしまうかもしれません」


 クラリッサ様は、ふむ、と顎に手を置いた。そして私にベッドに座り目を閉じるように命じた。私がその通りにすると、大きな手が私の両耳を覆う。

 ふわりと風が巻き起こった。目を開けたい気持ちと戦いながら、必死にクラリッサ様の命令に従う。しばらくすると、耳から手が外された。


「どうだ?」

「え?」

「魔力は戻ったか?」


 言われて驚く、私の魔力はほぼ完全に回復していた。


「もしかして、オーク虫の力ですか?」

「ああ。オークアップルで育ったオーク虫は、魔力を蓄えたり放出したりできるからな。オーク虫を魔力栓塞の治療に使いたいってくらいだ。そのくらい知っているんだろ?」

「あ……はい!」


 クラリッサ様は力強く頷いた。


「ユリアの回復した魔力は元をたどれば私がオーク虫に分け与えたものだ。私がオーク虫から魔力回復しても、せいぜい治癒魔法一回分の魔力にしかならない。でも、ユリア、お前ならこの魔力をもっと有意義に使えるだろう」


 だから頼む、とクラリッサ様は頭を下げた。この修道院を救ってくれと。



◇◇◇


 クラリッサ様の部屋を出た私は、心配そうにしていたミーシャに抱き着かれた。


「お嬢様、無事で良かったです!」

「……どの口がそれを言うか!!」


 虫に恐れをなして、自分だけ逃げ出したことを忘れてないわよ! 唇を尖らせると、ダンから、ガウスとヘンゼフが船で湖の上に浮かんでいるとの報告があった。


「それも光信号?」

「いいや、窓から目視できたんだ」


 この修道院は、元刑務所だっただけあって、窓は小さく高い場所にある。気が付かなかったが、大広間を挟んで客間と反対側にあるこちらの居室側は湖に面していたようだ。

 台に上って、私も窓の外をのぞけば、確かに湖にぽつんと一艘の小さな船が浮かんでいた。遠くに見えるだけだが、巨体のヘンゼフのせいで船はひどくバランスが悪そうだ。


「それで……、どうするんだ? 出入り口は一つしかないはずだ。湖側とはいえ、それは同じ。窓から入ろうにも、この通り小さく、脱走防止のために、人が出入りできない。それにもし出入り口があったとしても、こちら側は切り立った崖の上だ。到底、崖の上まで上がって来れないだろう」


 ダンが当然な疑問を投げかける。


「それが、そうでもないの……」


 私が『前の人生』でこの修道院に閉じ込められていた時、指導係によくいじめられていた。指導係は、私よりいくつか年上の女性で、小さな失敗を大きく膨らませて報告したり、ありもしないでっち上げで私の評判を落とし、そんな私の世話をしている自分の評価を上げることに腐心している人だった。

 そのせいで私は度々、反省室に入れられた。その反省室は地下にあり、その昔、この修道院が刑務所だった時代には、独房だったらしく、いまだに見るも恐ろしい鉄格子がついたままだ。私がいた時には、囚人の幽霊が出るとか、無実を訴える泣き声が聞こえるとかで、そこへ入れと言われようものなら、床に這いつくばりながら許してもらおうと謝った。それでも指導係やその上の下働きの上司などにその部屋に投げ込まれた。

 窓もなく松明の光だけが頼りで、木戸のようなベッドの上で膝を抱えて、怯え震えていた。そして朝になりランプを持った指導係が「反省した?」と嘲笑しながら迎えにくるのをひたすら待つのだ。


 あれは、豪雨の日だった。近くに雷が落ち、地響きが轟いた。地下室にある反省室にさえその音と振動は伝わってきた。そしてその振動がいけなかった。もともと建付けの悪い松明かけがポロリと外れ、火は床に落ちて消えた。私は暗闇の中恐ろしさのあまり動転し、手探りで消えた松明を探し当てて握り締めてしまった。手は火傷を負い、痛さで転がりまわった。そして……何がどうなったのか、私は外に放り出されていたのだ。

 崖の上の修道院から湖に叩きつけられ、気を失った。そして夜は明け、天候が回復した明るい朝の川岸で目が覚めたのだ。その場所から修道院が見えた。それで私は湖から出る西の川に流されたのを知ったのだ。

 戻ることもできた……。でも、修道院の日々はつらく、そのまま西に逃げることを選んだのだった。


 思い出すのもつらいが、あの反省室。でもあそこに、外と通じる何かがあるはずだ。


おかげさまで、本編100話に到達しました! 皆さまありがとうございますm(__)m


6/26

「オークアップルはありますか?」

に対して、「1週間後」から、「まだ孵化する前のがある」に変更いたしました。

申し訳ありません。

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