表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/207

92 真の忠心

 アリーシアは首に突き付けられた剣を見ながら、震える小さな声を上げた。


「院長を死なせるわけにはいかないわ。それに院長が起きないと外扉が開かないことを忘れたの? 私達は閉じ込められたままになるのよ。それでもいいの?」

「構いません。私にはお嬢様の命をつなぐ方が大切です」


 アランの声には迷いなどみじんもない。大した忠心ね、とアリーシアは吐き捨てる。


「院長は、小さな頃から、憧れていた人よ。見捨てられないわ。だから、諦めてカイヤ先生を探してちょうだい。カイヤ先生は腕の良い薬師よ。きっとユリアさんだって……」

「お嬢様は、その薬師の元を訪ね、その薬師の調合室で何かが起こったんです。お嬢様だけでなく、その院長の傷を見れば、そのカイヤ先生というのが起こした事件でしょう」


 ハッとアリーシアは息を飲む。アリーシアはアランの言うことがもっともだということに気が付いたからだ。それでも、院長に治癒魔法を使う決意は変わらない。

 ここで表情がそぎ落ちていたアランに、笑みのようなものが浮かんだ。その笑みは、ひどく……邪悪だ。


「お嬢様に治癒魔法をかけないのならば、まずはあなたの従魔から切ります」

「リフを!」

「そして、あなたがお嬢様を治すまで、指を一本一本切り落とします。それでも、院長を助けますか?」

「そんな! だって、だって……」


 アリーシアは途方にくれた。

 方や、自分が幼い頃から親交があり、かわいがってくれた優しくてひょうきんで、時々、教会批判の発言にひやひやさせられるが、心から尊敬できる院長。方や、今日初めて会った伯爵令嬢。秤にかけるまでもない。でもリフは教会内部にいて友達がいなかった小さなアリーシアの唯一の友達になってくれた存在。まだミミズのように小さな蛇型魔物だったリフを人の目に触れないように、自分の部屋で隠しながら育て、自分の魔力を分け与えて育てた。大きくなり従魔になってくれた時は、本当にうれしかった。そのリフを?


「私の本気がまだお分かりではないと見えますね。いいでしょう、ではその蛇を……」

 

 アランは、アリーシアを片手で押さえつけたまま、剣先を従魔に突き付けた。その手つきに迷いはない。本気だ! アリーシアとミーシャは悲鳴をあげつつも、「ダメ」「やめて」と金切り声を上げ続ける。


 光が動いた。そう意識した瞬間、ギンッという重い金属音がしてアランの剣が跳ね上がる。 


「止めるんだ! アラン!」


 アランはすぐさま体勢を整える。剣が跳ね上げられた回転を活かして、自分から腕を回して加速を付け、再びアリーシアの首に剣を押し当てた。そしてアランは、その眼に怒りをたぎらせて、自分の剣を弾いた男を睨む。


「何のつもりだ……ダン!」


 ダンは肩よりも広く開けた足の前に体重をかけ、腕を交差させて顔の真横に両手で構えた剣をびたりとアランに向けている。


「それはこっちのセリフだ、アラン! アリーシア様を放せ!」

「お前は状況が分かっていないんだ。そこのお嬢様を見ろ! 治癒魔法をかけてもらわなくては死んでしまうぞ!」


 チラリとダンはユリアを見やるが、すぐにアランをねめつける。


「……そうはさせない!」

「お前に何ができる⁉」

「……」

「方法が見つからないのか⁉ だったら、アリーシア様にお嬢様を治してもらうまでは、この手を離すわけにはいかない」

「そんな事をして、ユリア(・・・)が喜ぶと思っているのか!」


 その言葉を聞いて、アランの顔は醜く歪んだ。それはまるで嫉妬と憤怒を混ぜたような顔だ。


「冒険者ふぜいが、貴族令嬢であるお嬢様を呼び捨てにするだと! お嬢様が目をかけているからといって、思い上がるな!」


 次の瞬間、アランは剣を落とした。

 何が起こったのか分からなくて、呆然と落ちた剣を見て、自分の右手に視線を移した。手の甲にエメラルドグリーンの何かがにょろりと巻き付いている。アランは手を裏返す。そしてそのエメラルドグリーンのものが何か分かった時には驚きに体が硬直した。しかし、体には力が入っているのに、右手はこわばるどころか、全く力が入らない。アリーシアの従魔の蛇型魔物のリフがアランの親指の付け根に噛みついていたのだ。極度に怒りを感じていたせいか、痛みも感じなかった。

 その事実に気が付いた時には、すでにアリーシアはダンの後ろにかくまわれていた。アランが呆然としている隙に、逃げ出したのだ。アランは、怒りに駆られてリフが絡みついている右手を振り払った。

 アランの期待にはそぐわず、リフは自身の体をうねらせて、ダメージ無く床に飛び落り、そのままするするとアリーシアの元に帰った。それを目で追ううちに、アランは足に力が入らなくなり、ドンッと尻もちをついた。


「あ……アランさん、その……、リフは麻痺の毒を持っています。まだ子供だから、そんなに強い毒ではないですけど。でも、しばらくは力が抜けて動けなくなると思います。だから……、ごめんなさい。諦めて下さい」


 アリーシアは床を見つけたまま告げる。アリーシアも一目で瀕死だと分かるユリアを見殺しにすることは心苦しいのだ。

 そこへ、正気に戻ったミーシャの声が重なった。


「アリーシア様!」


 きっぱりとした声に、皆がハッとユリアを膝に乗せたままのミーシャに目を向けた。


「アリーシア様は、お嬢様を助けるべきです!」

「え? 『助けるべき』って?」

「アリーシア様は、残り一回の治癒魔法を院長にお使いになると言いました。でも……」


 ミーシャの声が一段と大きくなる。


「院長様ただ一人を治して、それでどうなるんですか?」


 アリーシアには、そしてアランにもダンにもミーシャが何を言いたいのか分からなかった。


「え? どうなるって……?」

「院長様一人を治したからと言って、お嬢様も、血を飲みたくて悶えている人も、下痢や嘔吐に苦しんでいる人も、怖くて震えている人たちも治せるんですか⁉」

「あなた、何を……?」


 アランはハッとしたように、一瞬、目を大きく見開いた。そして、落ちた剣を恥じ入って見つめた。アランにはやっとミーシャが何を言いたいのか分かったのだ。

 ミーシャは厳かに言う。


「お嬢様なら全員を治すことができます!」

「!!!」

「お嬢様は、非常にすぐれた薬師です! お嬢様なら、院長も、みんなも、それにアリーシア様のお首の怪我もアランさんの毒も全て治すことができます! 間違いありません!」


 ミーシャの声は確信が含まれ、その姿は大きく見える。その反対にアランは、ユリアの力を信じ切れなかった自分を後悔し恥じ、身を小さくしている。


「そ……そんな……、そんな確信がどこから? 病の原因でさえユリアさんは知らないのでしょう? どうやって治療法を……?」

「お嬢様なら、大丈夫です!」


 ミーシャの言葉には、なんの根拠もない、確たる証拠もない。でも、ミーシャが口先だけではなく、心の底からユリアを信じ切っていることはアリーシアに伝わった。


「もう一度言います。アリーシア様は、お嬢様を助けるべきです! それが最善なんです」

「『最善』? で……でも……」


 ユリアの頭を愛情を込め、優しく丁寧に自分の膝の上から外した。そしてその脇に執事長のヨーゼフに教わった『セイザ』という礼をして座る。そして膝の前の床に両手を置いたをついた。


「お付き合いの短いアリーシア様が信じられないのも仕方ありません。でも、お嬢様なら必ずこの事態を全て解決してくれるんです! お約束します。だから……、だからお嬢様を助けてください!」


 ミーシャは、セイザしたまま上半身ごと頭を下げ……、その頭を石の床に力いっぱい打ちつけた!


「あなた! 何をやって……!」


 頭を下げられた、アリーシアの方が悲鳴をあげた。アランも、尻もちをついた姿勢のまま、呆然とミーシャを見ていた。ダンは、驚いた顔を一瞬したが、黙って成り行きを見守ることに決めたようだ。腕組みをして厳しい目つきで観察する。

 顔を上げたミーシャの顔を見て、アリーシアは息を飲んだ。


「だ、大丈夫? そんなに血があふれて……。顔も、服も血みどろじゃない! 早く怪我の手当てをしないと!」


 石の床に打ち付けてできた額の傷からは、滝のように血が吹き出し、顔に流れている。それなのに、ミーシャはいっこうに痛がる様子もなく、目には揺るぎない信念を光らせる。


「これは、うちの執事長に聞いた『ドゲザ』という礼です。この礼をするときには、首を差し出す覚悟だという意味だそうです」

「そ、そんなことはどうでもいいから、早く怪我の手当を!」

「無能な私にはこれしかできません。でも、お嬢様は違います! だからお願いします、アリーシア様、お嬢様を助けてください!」


 再びゴンと大きな音をさせて頭を石の床に打ち付けた。ミーシャが何度も「お願いします」とい言うたびに、額の傷は大きく深くなっていく。しばし呆然と見ていたアリーシアだが、ミーシャから目を背けて、ぎゅっと拳を握った。

 そのミーシャの後ろに、這いずるように移動してきたアランがなんとか片膝をついて、その胸に拳を当てる。


「アリーシア様……。私は愚か者です。ミーシャさんほど、お嬢様を信じ切れず、アリーシア様を傷つけ、あなたの従魔に剣を向けました。罰ならなんでも謹んでお受けいたします。でも、信じてください。お嬢様なら、この悲劇そのものを救ってくれます」


 リフの毒が回ったのか、口を動かすのもつらそうだ。しかし、ミーシャと同じように目にだけは力がこもっている。


「お願いいたします。お嬢様が解決した後なら、私はアリーシア様に剣を向けた事で死罪になっても構いません。ですがアリーシア様。どうか、全員を救うことをお考え下さい」


 アリーシアは、思い出したように首の傷に手を当てた。非常に鋭利な刃物で薄皮一枚裂いただけの傷からは、もうすでに血が止まっていた。それよりも……と、アリーシアはミーシャの額の傷を見る。美しかった皮膚は無残に裂けて破れ、今もだらだらと血があふれている。赤黒い血の塊だか肉の塊だか分からないものが盛り上がり、こびりついていた。

 アリーシアはミーシャが痛ましくて、目を背けた。

 そして唇を噛む。

 方や、自分が幼い頃から親交があり、かわいがってくれた優しくてひょうきんで、時々、教会批判の発言にひやひやさせられるが、心から尊敬できる院長。方や、今日初めて会った伯爵令嬢。ただし、自分とは比較にならないくらい深い知識を持ち、繊細な複合魔法をいとも簡単に使いこなす。そして、優秀な薬師。

 どちらに治癒魔法をかけるべきか……。


 その時、ダンが口を開いた。


「あのさ……」





鬱展開、終了! 

長かった……長かった……( ノД`)シクシク…

おかあさーーん、がんばったよおーーー。


この後、閑話を1話はさんで、解決へと向かいます。

閑話とは言っても、何故「やり直し」することになったのに関する、

重要なシーンです。「やり直し」についてもこれから徐々に解明されていきます。


いよいよ今週の木曜日に書籍発売です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ