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91 瀕死の二人

危ない、危ない。GWに浮かれていて、更新を忘れるところでした(^^;


「ん? 何か臭いを感じないか?」


 ダンの言葉に、アランは首を縦にした。


「確かに……そうだな。お嬢様の魔法が切れたのかもしれない」


 その瞬間、ミーシャは、ぞわぞわと虫が足を登ってくるような怖気と、かつてない胸騒ぎを覚えた。

 ミーシャは耳元で、ユリアに自分の名前を呼ばれたような気がして、必死に周りを見回すが声の持ち主の姿はどこにもない。何故だか分からないが、ユリアの危険を感じた。


「私、お嬢様を探しに行ってきます」

「薬師の調合室に行って時間も経つ。門が下りた時に姿を現さなかったのはおかしいな……」


 ダンが、訝し気な声を出す。


「調合室はどこですか!」


 ミーシャの急な剣幕に、他の三人は驚いた。しかしミーシャはそんなことに気を掛けてはいられない。

 調合室がどこかも分からずに走り出そうとして、腕を引かれた。


「待って、私が案内するわ!」


 アランも不安な様子で、声を上げた。


「私も、一緒に参ります!」


 結局、全員で調合室に向かうことになった。ただ、ダンだけは宿舎に商会が荷物を残しているのか確認してから向かうということだった。


 調合室は、ユリア達が寝ていた客間とは大食堂を挟んで反対側だ。この区画は、ほとんど使われていないようで、清掃は行き届いているのだが生活感がない。朝日の差し込む方向に窓がないためか、ほの暗く、何か不気味でミーシャは自分の腕をさすった。

 そんな時に、急にアリーシアが足を止めた。


「アリーシア様?」


 ミーシャが先をせかしも、アリーシアは動こうとしない。そして少し迷った様子でミーシャに問いかける。


「あなたはユリアさんの侍女になって長いの?」

「はい。お嬢様がお小さな頃から、側で見てきました。アリーシア様、それより先を急がないと……」


 アリーシアはまだ動こうとしない。その後ろではアランが苛立っていたが、リフがチロチロと二つに割れた舌を動かしながらけん制すると、険しい目つきのまま黙って一歩下がった。


「あの……ユリアさんって、どんな人なのかしら?」

「最高です!」

「はっ?」


 顔を上気させて、天井を見上げ、腕の前で指を絡ませて手を組むミーシャ。その様子を見ているアリーシアは呆然とした様子だ。


「性格も良くて、頭もいいです。でもなによりも、かわいらしいです!」

「いえ、そんなことを聞きたいんじゃなくて……」

「お嬢様は、胸が小さいのを気にしていますけど、手の平にすっぽりと覆われるあの胸がいいんです!」

「いや……だから……」

「それに、優しいです。執事長の病気を治そうと、今も奮闘しています」

「病気を治す……? 確か、ユリアさんはご自分を薬師だと……」

「はい。お嬢様は素晴らしい薬師です。盗賊に襲われて死にかけた兵士を救ったり、ひょろりとしたヘンゼフ……、執事長の孫なんですが、彼をムキムキにしたり。そうそう、私もこの修道院に来る間に何かの毒にやられたんですけど、お嬢様が治して下さったんです!」

「そ……そう……」

「それに魔力は少ないそうですが、魔法の腕もすごいです!」


 その話にアリーシアは食いついた。もとより、魔法が優秀だと言われているアリーシアが、まったく思いもよらないような魔法の使い方をするユリアについて関心をもたないはずがなかったのだ。


「そう、それよそれ! それが聞きたかったの! なんなのあの【防護】にせよ、滅菌水の雨にせよ、あの緻密で繊細な魔法は! なんであんなことができるの?」

「分かりません!」

「え?」


 小気味よいほどきっぱりと答えるミーシャをアリーシアは呆然と見返した。


「私は平民で、魔法は使えませんから、魔法について何も知りません」


 その答えに、アリーシアは肩を落とした。


「……そうよね。馬鹿ね、私、何を期待していたのかしら……」


 ミーシャは首を傾げる。


「アリーシア様は、大変な治癒魔法の使い手だと聞きました。それなのに、お嬢様の魔法に興味があるんですか?」

「ええ。私は治癒魔法だけでなく、魔法全般が好きなの。だから、あんなオリジナルの魔法を、それも学園に入学もしていないような小さなユリアさんが使いこなしているなんて、びっくすると同時に、私も使えたらって思って……」

「大丈夫ですよ。お嬢様はケチじゃありません。アリーシア様がお嬢様にお願いすれば、教えてくれると思いますよ」

「そ……そうかしら?」

「だめだったら、私からも頼んであげます」


 その言葉を聞いて、やっとアリーシアの頬に笑みらしきものが浮かぶ。


「そう。よろしくね。ところで、あなた、侍女のくせに態度が大きすぎない?」

「そんなことはありません、アリーシア様」


 ミーシャはアリーシアに優雅で完璧な侍女の礼をした。アリーシアは苦笑いを浮かべる。そして今度こそ、先を急いだ。再び走り出した三人は、調合室が近づくにつれて大きくなる不気味な気配に、固く口を閉ざした。アリーシアが調合室の扉のノブに手をかけた時、ミーシャがつぶやく。


「なんだか……生臭いような、鉄臭いような臭いがします」

「そうね……なんの臭いかしら?」


 アランはハッとしたように、顔色を変えた。そして、ガバッと自分の身を割り込ませて、二人を背中に隠す。


「これは……血の臭いです」

「「え!!」」


 アリーシアとミーシャは、白くなった顔を見合わせた。


「私が扉を開けますから、お二人は下がって下さい」


 アランは、音を立てずにノブを回し、そっと扉を指一本ほど開いた。耳に集中しながら、そのまましばらく時間を置く。そしてもう少し開けて、中を覗き込んだ。そして、唐突にそれまでの注意深さをかなぐり捨てて、アランは扉が壁に跳ね返り、ガンっと音がなるほど乱暴に開けた。


「お嬢様!」


 床には、ユリアがうつぶせに倒れていた。それを抱き起こす。

 アランの胸にあるユリアの顔は、紙のように白い。いつもならピンクの唇も、今は紫色だ。目を閉じ、首も手足もだらんとしている。急に体を起こされたためか、唇の端からつうっと目に痛いほどの真紅の血が一筋つたい落ちた。


「え……お嬢様? なんで?」


 ミーシャは、その眼にしていることが信じられないのか、扉の枠の外から一歩も動けないでいる。大きな目はこぼれんばかりに見開かれていて、顔は蒼白で、小刻みに震えている。


 アランが、ユリアの顔と首に手を当てる。


「呼吸も鼓動もまだかろうじてある。でも、これでは……」


 ユリアの手が、だらんと落ちた。その瞬間、ミーシャは弾かれたように駆け寄り、ユリアに掴みかかるように抱き着いた。


「お嬢様、お嬢様、起きてください! お嬢様!」


 ユリアの肩をつかんで軽く揺するミーシャ。返事がないユリアに、さらに強く揺すろうとしてアランがミーシャを振り払う。吹き飛ばされて尻もちをつくミーシャは、自分の痛みなど全く感じていないように、ただただユリアを凝視する。


 その時、もう一つの悲鳴が上がった。


「院長!!! 誰がこんな!!!」


 悲鳴に引き付けられるように、部屋の一角を二人は見た。アリーシアがカーテンの端をつかんで、崩れ落ちそうな体をなんとか支えている。

 その視線の先には背中の皮を剥がれて、血だらけになっている院長がいた。


「ち……治癒魔法を……治癒魔法をかけなくちゃ!」


 アリーシアは、治癒魔法にかかる長い呪文をとなえ始める。アランの瞳に剣呑な光が宿る。ミーシャが状況を判断できないうちに膝の上にそっとユリアの頭が乗せられる。何も考えず、条件反射のように、ミーシャはユリアの頭を撫でた。


「治癒魔法を止めてください」


 アリーシアは、首元にヒヤリと冷たい剣の感触と、それ以上に冷たいアランの声を聞いた。いつもなら、アリーシアの首に巻き付いているはずのリフも、いつの間にか、頭と顎をアランの指で抑え込まれている。


「アリーシア様。確かあなた様は、治癒魔法はあと一回しかかけられないとおっしゃっていましたね」

「え……ええ」

「その治癒魔法を院長にかけたら、次はいつ治癒魔法をかけられるか分からないということでしょうか?」

「そ……そうよ。きっと次に治癒魔法をつかったら魔力切れになってしまうもの。次はいつかなんて分からないわ」


 温度と感情をそぎ落とした冷たい声で、アランは言う。


「そうですか。でしたら、院長にはここで死んでもらいます」

「何を言っているの!」


 アランは首に当てている剣を、ほんのわずかに引いた。


「痛い!」


 剣の当たっていた首の上皮が切り裂かれ、アリーシアの血がぷっくりとした球を作る。


「私は本気です。その治癒魔法は、院長ではなく、お嬢様にお使いください。このままでは……お嬢様が死んでしまいます」



いよいよ、来週には書籍発売です。なんだか、うきうきします。

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