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88 ユリアのいないベッド

お待たせいたしました。これからしばらくは主にミーシャ視点の三人称の話しとなります。


活動報告にて、書籍の表紙イラストをアップいたしました。素敵なイラストです。よかったら、見てください。


 時間は少し前に戻る。

 ミーシャは、主のいなくなった寝室で、楽しい夢を見ているのか、笑顔のまま寝言を垂れ流す。室内はまだ暗かったが、カーテンの隙間から朝の柔らかい光が差し込む。


「う~ん、むにゃむにゃ……お嬢様あ。そんな……大胆な……私の胸に……」


 ぐふふふっと少女らしからぬ笑い声が続き、ミーシャは大きな寝返りを打った。


 ズデン!


「い、いたたた……」


 ミーシャは、寝台の上から床に落ち、痛む尻を撫でた。


「あれ? ここは……。あ、そうか、修道院の……」


 何故だかいつもより頭がスッキリとしていた。それが昨日飲んだリンドウラ・エリクシルの効果だということに、まだ気が付いていない。周りを見回したミーシャだが、すぐに、で自分の居場所を思い出した。そしてすぐに、忍び笑いをもらす。


「さっきのは夢か……。もったいなかったなあ」


 ミーシャは、夢の中のユリアの姿を思い出して、口を緩め、そのまま主が眠っているはずのベッドに目を向けた。


「……あれ? いない」


 トイレや浴室も探したが、ユリアの姿はなかった。良く確かめると、ユリアがいつも持ち歩いている薬箱もない。

 ふいに、ミーシャはなんとも言えない胸騒ぎを感じて、部屋の外に出る。夜も明けきらない早朝だというのに、ざわついている。修道院の朝のお勤めか、朝食の準備かとも思ったが、そうしたものではなさそうだ。急いで身支度を整え、そのざわめきが一際大きい場所に急いだ。

 昼間、祭りが行われていた大食堂の扉をミーシャが開けると、大勢の人が膝を抱え、または床の敷物の上で横になっていた。多くの者は眠りこけていたが、その人たちの間を縫うように、オルシーニの護衛が静かに動いている。


「これは……?」


 ミーシャがおずおずと扉の中に入ると、疲れた様子の修道女見習いの制服を着た少女が近づいてきた。襟元から、エメラルドグリーンの蛇が首を出している。ミーシャは内心「蛇!」と悲鳴を上げたものの、顔には出さずに涼しい顔を作る。


「あなた、ユリアさんの侍女だったわね」


 ミーシャはすっと片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。オルシーニ伯爵令嬢、ユリア様に使えます侍女、ミーシャでございます」


 アリーシアはほうっと、感心したようなため息をもらした。


「まあ、なんておきれいな侍女さんなんでしょう。私はアリーシアよ。ユリアさんが来年入学する王立魔法学園で上級生にあたるから、気の早いあなたのご主人様からは『先輩』と呼ばれているわ」


 よろしくねとアリーシアは付け足す。そして、もう一度ミーシャの顔を見て、首を捻った。


「あら……あなたはもしかして、昨日、リンドウラ・エリクシルを飲んで変な歌を歌っていた侍女さん? 印象がずいぶん違うわね。そういえば、私がユリアさんの部屋に行った時に、同室で休んでいるはずの侍女ではなく、ユリアさんが出て来たってことは……」


 ミーシャは、内心冷汗を垂らしながら、素知らぬ顔をして目を伏せた。アリーシアは一つ欠伸をして「まあいいわ」と呟いて視線をそらした。ミーシャは、心の中でほっとため息をつく。そこへ別の方向から声がかかった。


「ミーシャちゃん!」

「ダンさん! それにアランさんも」


 ミーシャに声を掛けたのは上級冒険者で、オルシーニの屋敷でユリアを救い、前の人生とやらでは、薬師としてのユリアを支えたというダンだった。ミーシャは、ユリアから前の人生の話を聞く限り、ダンが自分の主を薬師としてではなく女性として好意を持っていたと推測している。今は、23歳のダンが12歳のユリアに恋心を抱くのは考えられない。それでも、何かしらの特別な感情をユリアに向けているのに気が付いていた。そしてユリアも、ダンを信頼しきっている。自分の主が、このダンに全幅の信頼を置いているのは面白くないが、ダンが好ましい男性だというのはミーシャにも分かっていた。

 一緒にいるのは、オルシーニの護衛であるアランだ。以前と変わらず、素敵だと思う。ただ、失恋を乗り越えたミーシャは、アランを見ても心ときめかなかった。何故なら、今は……。しかし、そんな場合ではなさそうだ。ダンもアランも、緊張した顔をしている。


「なんだか大変そうですけど……みなさんご病気ですか?」


 ミーシャは大広間の様子を指さして、首をかしげた。その問いに返事をしたのは、アリーシアだ。


「食中毒らしいわ。あなたのユリアさんもずいぶん看病してくれたのよ。おかげで、状態は落ち着いたわ」


 アリーシアのとその従魔の視線の中にミーシャは「まったくあなたは主人が働いている時に寝ていただなんて」という非難の色を感じて、居心地の悪さを感じた。


「でも、ここは治癒魔法を使える方が多いと聞いています。それなら、なにもお嬢様が看病しなくても……」


 ミーシャの言葉を聞いて、今度は居心地の悪い思いをしたのはアリーシアの方だ。


「それが……。みんな病気に倒れてしまって、私だけなの治癒魔法を使えるのは……。おまけに私もあと一回しか使えないし……」

「それはまた……」


 ミーシャは「それはまた大変な……」といいかけて口をつぐんだ。自分の言葉遣いが、他家、この場合は教会籍だが、その令嬢に対しての言葉遣いでないことに気が付いたからだ。この非日常的な光景がそうさせているのか、はたまた、まだリンドウラ・エリクシルのアルコールが残っているのかは定かではない。でも口のきき方を間違えればユリアの評判を落とすことになる。幸い、アリーシアはそうした言葉遣いに厳しくない方なのか、それとも疲れ切っていて、そこまで気が回らないのか、指摘しようとはしなかった。

 ミーシャはダンとアランは目配せをしていることに気が付いた。そして、二人が小さく頷くと、アランがアリーシアに話しかける。アリーシアは頬を赤らめた。


「アリーシア様、ダンの話を聞いてもらえませんか? この病気に関して重大な情報を持っているようです」

「な、何かしら?」

「ミーシャちゃんもだ。悪いが二人とも、近づいて耳を向けてくれないか? 人に聞かせたくないんだ」


 ダンの真剣な声色に、二人はハッとして、その指示通りにする。


「いいか、冷静に聞いてくれ。これは食中毒じゃないみたいなんだ」

「食中毒じゃないですって? でもカイヤ先生は……」


 とたんにアランが、低い囁き声でアリーシアを制する。

 

「ご、ごめんなさい……」


 アリーシアはしゅんとする。そんなアリーシアを横目にミーシャは質問する。


「それで、ダンさん食中毒じゃなければなんなんでしょうか?」

「……毒かもしれない」

「どっ! ど……」

「ミーシャちゃん。シーー!!!」


 ダンに言われてミーシャは、パッと自分の口を手で押さえる。今度はアリーシアとリフが、横目でミーシャを睨む。


「今、お嬢様が薬師のところに報告と相談に行っています。程なく戻って来るでしょう」


 アランの言葉に、ミーシャは、こてんと首を横に倒した。


「あ、あの、薬師というのは……?」

「この修道院には薬師がいるのよ。そういえば、この話をしたときに、ユリアさんも不思議な顔をしていたわね」

「あ、ああ……。そういえば……祭り席で聞いたような気がします」


 そう言って、ミーシャは言葉を詰まらせた。ミーシャが下働きの女達から聞いた話では、その薬師の評判は悪かった。薬師としての腕が悪いというのではない。むしろ、その点では秀でているそうだ。だが彼女がこの修道院に来た三年前から、死者が増えた。治癒魔法を使える教会籍がいるこの修道院は、下働きだからといって具合の悪い者に治癒魔法をかけるのをケチったりはしない。他の修道院では大金を払わなくてはならないその魔法を、「仲間だから」と無償でかけてくれる。だから、その薬師が来るまでは、老衰以外で死ぬ人はほとんどいなかったのだそうだ。最初は、五十代の歩く度に体の脂肪が揺れ動く女が、治癒魔法をかける間もなく死んだ。もともと脂っこい食べ物が好きで、血圧も高く、動くのも嫌いだった女だったから、急に心臓がやられたのだろうとのことだった。ところが、そうした急病の死者が、年に三人も出てしまった。それぞれ、急性心不全、急性腎不全といった急な治療を要する病気だったが、その時に限って治癒魔法を使えるものはおらず、薬師のカイヤしかいなかった。そして、アリーシアの前の「三人の聖女」も同じように命を引き取った。それで下働きの女性たちは、なんとなくカイヤを気味悪がり遠巻きに見ていたのだそうだ。


 ミーシャは、眉をしかめた。それをアリーシアは不思議そうに見ている。


「カイヤ先生がどうかしたの?」

「え……実は……」


 ミーシャは言葉の途中で、目を見開いて固まった。


「どうかしたのか?」


 ミーシャの視線を追った、三人は息を飲んだ。




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