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87 カイヤの狙い

更新1分前まで修正していました! 遅れてすみませんm(__)m



「実験が『成功』したって、いったいどういうことなの? それならペリグリがたんぱく質欠乏症だという論文は間違っているっていうこと? その薬師の一族は、たんぱく質欠乏症という論文に対して反駁はしなかったの?」


 薬のレシピを公表しない薬師も、流行り病など多くの人の命がかかっている場合には、論文という形でレシピそのものではないが、その病に至る経緯や治療法などを発表する場合がある。その論文を仕切るのも、薬師組合の仕事だ。私がペリグリがたんぱく質欠乏症だと知っていたのも、大昔に発表された論文を引用した薬学の歴史書を読んだことがあったからに過ぎない。


 私の質問を受けて、今のカイヤの表情は沈痛といっていいほど、暗い表情になった。


「そんなことはできませんでした。何故なら、せっかく成功したその実験結果は奪われたからです」

「奪われた?」

「ええ、リンドウラ・エリクシルの元となる薬を作った初代修道院長と旅の薬師によって」

「!」

「そして薬師一族の実験結果を踏みにじって、ペリグリがたんぱく質欠乏症だと発表したのもその二人なのです。きっと自分達の結果と違うものだから握りつぶそうとしたのでしょう……」

「!!!」


 あの論文を発表したのが、その二人だったとは驚きだ。しかし、自分達の結果と違うからと、他の者の実験結果を握り潰すなんてあるだろうか? 現にペリグリがたんぱく質欠乏症だと発表されてから、この病気はほとんど発症しなくなった。だったら、自分達の結果と違うものを突き付けられたなら、それこそ反証すればいいだけのはずだ。


「お嬢様は、お疑いですよね。でも本当なんです。あの二人は非情でした。ペリグリだけでなく全ての研究成果を奪った上、薬師一族を根絶やしにしようとしたのですから……」

「そんな! 何のために⁉」

「薬師の一族は、独自の研究であらゆる病気に関して成果をあげていました。ですからその二人は自分達の……エリクサーの研究に役立てようとしたようです。根絶やしにしようとしたのは、おそらく自分達の功績にするための口封じでしょう」


 この修道院は、逃げ込んだ女性を保護してる。そんな修道院を作ったのだから初代修道院長と旅の薬師は人格者なのだと、私は勝手に解釈していた。だからカイヤの話を聞いて、少なからずショックを覚えた。

 しかし私はそんな事よりも、一つ確認したいことがあった。私がペリグリのことを知っていたのは、薬学の歴史書に論文が引用されていたからにすぎない。今やたんぱく質が必須栄養素だというのは、常識だ。その常識を作ったのが誰かということを気にする者などいない。私が読んだ薬師の歴史書にも論文発表者の名はなかった。なのに、カイヤは詳しすぎる……。


「どうして、そんなに詳しいの?」


 カイヤは私の質問に答える代わりに、魅惑的に微笑んだ。


「さあ……どうしてでしょう?」


 私は、カイヤがその薬師の一族の者だということを確信した。でもなら何故、恨みのあるこの修道院でカイヤは薬師として働いているのだろうか?

 

「お嬢様。薬師の頂点ってなんだと思います?」

「『薬師の頂点』……? それは典薬司(てんやくじ)のことを言っているの?」


 典薬司とは、王を治療する薬師のことだ。カイヤは冷ややかな笑いを私に返した。


「そんなものではありません。私が言っているのは、エリクサー、賢者の石、ソーマ、アムリタなどを作れる者のことですわ。そうした強力な薬を作れることが薬師の頂点なんだと思います。目の前の瀕死の病人……それを自分の薬で瞬時に癒す。もしくは、何者にも倒せないような魔物を自分の薬で殺すのも。お嬢様だって憧れるでしょ?」

「え……ええ」


 私はカイヤの瞳を見ているうちに、まるで催眠術にかかったように目の前がくらくらしてきた。そのくらくらは、あっという間に頭痛と気持ち悪さにとって代わる。カイヤの口元にはぬめっとした笑みが浮かんでいた。しかし私はそれどころではなかった。今にも吐きそうなのを唾を飲み込んで我慢し、割れるように痛む頭を手で押さえた。


 その時、私を外と隔てていた幕がストンと落ちたように【防護】の魔法が切れた。そのせいで嗅覚は元に戻り、今までかすかに感じていた臭いが何なのかに気が付いて血の気が引く。


「これは……血の……臭い!」


 それは、むせかえるような血の臭いだった。その臭いは部屋の一角にひかれたカーテンの奥から漂ってくるようだ。私は心臓がバクバクした。

 カイヤがこの血の臭いを知らなかったわけがない。そのカーテンの奥には院長を寝かせていると確か言っていた。そのことに気が付いた瞬間に全身の肌が粟立つ。


「臭いが分かるようになったってことは、どうやら、もう魔力切れになったようですね。厄介な魔法がかかっていたようなので、魔力ごと吹き飛ばしました」

「魔力切……れ……?」


 初夏だというのに寒くて、歯の根も合わないくらいの震え、自分の腕を抱きしめた。そういえば、頭痛、吐き気、悪寒、つい先日味わった魔力切れの症状と同じだ。でも、今は魔法なんて使っていないのに、どうして⁉

 私の表情を見て、楽しそうにカイヤが説明する。


「さっき飲んだお茶に、魔力を放散させる効果がある薬を混ぜたんですよ」


 カイヤは私のカップの縁を指でなぞり、その指をぺろりとなめ上げた。


「この薬は、魔力がないものが飲んでも、効果はありません。でも魔力があるものがのんだら……。この薬、院長様とクラリッサ様にも飲ませています。だから、アリーシア様が厄介な魔法治癒魔法をかけても目が覚めなかったんですよ」


 カイヤは晴れやかな笑顔になった。

 魔力切れで意識が遠のきそうになった。しかし、すぐそばに来たカイヤが手を伸ばし、すっと私の頬を撫で上げた。蛇のように冷たい手で、思わず「ひっ」と小さな悲鳴が漏れるが、その手を払いのける力はもう残っていない。


「さっきの質問に答えましょう」

「さ……きの……?」


 なんの質問だろうか?


「この修道院の初代院長と旅の薬師……。どんな人だったのかは分かりません。でも欲しいレシピがあったなら、殺してでも手に入れる……。それは常に強力な薬を作りたいという、薬師の本能ですわ。素晴らしい!」


 カイヤは鬼気迫る顔で叫んだ。そして、ふいに静かになる。


「だったら、エリクサーまであと一歩までいったっていうレシピ……、欲しいと思うのも薬師の本能でしょ?」


 カイヤはふわりと微笑んだ。妖精のように、スカートの裾を翻して立ち上がると、カーテンの方に踊るような足取りで向かった。


「まだ起きていてくださいね。お見せしたいものがありますから」


 もったいぶった様子で、カイヤはカーテンを引き開けた。


「!!!」


 そこにいたのは、うつ伏せになって背中から出血をしている院長だ! 背中一面がじわじわと染み出る血で真っ赤に染まっている。ぴしゃ、ぴしゃっと血が床に落ちる音が聞こえて来た。


「い、いん……ちょう!」


 魔力切れも忘れて、思わず院長に駆け寄ろうとして、足がもつれて倒れこんだ。力が入らず、一人で立ち上がることもできない。


 カイヤは、院長の首から脈をとった。


「まだ生きているとは、お歳の割にしぶといですね……。まあ、普通ならショック死してもおかしくない傷ですが、もともと魔力切れで意識がない上に、特別な麻酔薬を使っていますから出血も抑えられていますしね」


 かろうじて首を持ち上げれば、確かに傷と出血の割には院長は安らいだ顔をしていた。こんな麻酔薬を私は知っている。


「ち……ちん……」

「その通りです! 鴆の毒から作った麻酔薬です! 素晴らしいです! 確かにあの殺菌水の雨や、治療現場に汚らしい男どもで私の作品(・・)を汚そうとしたのは許せませんが、その知識、素晴らしいです! お嬢様がここで死ぬのでなければ、私の一族に迎えいれたいところですが……残念です」


 だんだん舌が動かなくなってきた。手足の感覚もほとんどない。

 そこでカイヤは思い出したというように、自分の頬を人差し指でつついた。


「そうそう、言い忘れていました。さっきのお茶には、魔力放散の薬だけじゃなくて、命を奪う毒薬も入っています。お嬢様のあの厄介な魔法も欠陥ですね。魔法がかかっているときなら臭いや毒害をふせげても、遅効性の毒の服用には対処できないのですから」



 カイヤはまるでいままでが嘘のように、ニコリと晴れやかに笑った。

 私は、だんだん瞼が重くなってきた。


「あらあら、まだお眠りにならないでください。お嬢様には特別にお見せしたいものがあると言ったはずです」


 カイヤは横たわっている院長のベッドサイドテーブルに置いてある、深いトレイに手を差し入れた。そのトレイから何かを取り出し両手で掲げ持った。赤い液体が、ドボドボと落ちて、床を汚す。でもカイヤは一向に気にした様子がなく、うっとりとした顔で手に掲げたものを見つめる。そして手の角度を変えて、私に向けた。


「きれいでしょ? これがエリクサーまであと一歩まで近づいたという薬のレシピです」


 私は、声もなく悲鳴を上げた。

 カイヤが手に掲げて見ているのは人間の背中の皮(・・・・・・・・)だ。その皮には魔法陣のような模様がある。


「本当に、何て綺麗な……。こんな美しいレシピが院長のしなびれた体に描かれてたなんて、なんて面白い皮肉なんでしょう。ああ……本当に、なんて素晴らしい……」


 カイヤは、長いことクスクスと笑った。いつまでも……。

 その笑い声を聞きながら、私の意識は奈落の底へ滑り落ちていった。




ふう……、一区切りつきました!

主人公の死をもって、これにて完結! とはならず、続きます(^^;


すみません、今はあまりにもストックがないので、

次回の更新は2~3日ほど遅れると思います。


ご愛読ありがとうございます。



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