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84 暗雲


 私も大食堂で、アリーシア先輩と同様に【浄化】しながら、患者の世話をして回る。軍などでは軽視されがちだという、この清潔な環境整備というのは、実は治療にとって最も大切なものだ。そして、看病している人にも【防護】の魔法をかけた。事あるごとに治癒魔法を見ている修道院の人たちにとって魔法は身近だったため、護衛隊ほど驚きもなく受け入れてもらえた。


「吐き気はどう?」

「少し……治まってきました」


 上半身を起こした患者が、かすかに微笑みながら答えた。


「お腹の具合はどうかしら?」

「最初は、腹を下しましたが、今は大丈夫です」

「そう、よかったわ。ところで、いつも飲んでいるお薬とかある?」

「いいえ、ありません」

「そう」


 いつも飲んでいる薬はないということなら、基礎疾患は特に考えなくていいだろう。私は患者の手首に指を添える。脈も早く、少し弱々しいが、これなら許容範囲内だ。熱もなく、口の中はちょっと赤いけれど、乾いていない。大丈夫、脱水症状は出ていないわ。

 念のために、爪を指で圧迫してからパッと離した。一、二……。二秒以内に色が戻っている。特に問題もない。でもその手の甲の皮膚が、わずかに赤く変色していた。


「これは?」

「さあ……? 何でしょう。かゆくないので大丈夫です。きっと何かにかぶれたんでしょう」


 その皮膚の赤い変色が気になり、よく見ようとしたが、患者がうつらうつらしているのに気が付いた。今は真夜中……いや、朝方に近い時間だ。


「眠れそう?」

「はい……。あの!」

「何?」

「あの……、ありがとうございます」

「いいのよ」

「あの方々も……いい方たちばかりですね……」


 患者が目で追ったのは、護衛隊のみんなだ。最初に、敵意もしくは怯えた目を向けていた女性たちも、献身的に尽くす彼らに好意的な視線を送っている。つけこむつもりはないのだが、やはり弱っているときに優しくされるとほだされてしまうものだ。


「ええ、我領の誇りよ!」


 思わず胸を張る。そして、あわてて付け加えた。


「あっ! ただし、皆、妻子持ちよ!」


 患者は、「そんな意味ではない」とクスリと笑った。そうは言っても、アランの例もある。用心しないと、ミーシャみたいに失恋する人を量産してはかわいそうだ。

 患者は護衛隊が運んできたマットに身を横たえて毛布をかけてあげると、すうっと眠りについた。周りを見ると、具合の悪そうな患者の症状も落ち着いてきて、大食堂の中はずいぶん静かになってきていた。看病している人たちも、何人かは休憩に入ったようだ。


「ちょっといいか」


 ダンは顔をこわばらせて内緒話をするように顔を近づけた。

 あ……護衛隊の目が厳しい! 特にアランなんて、ダンを殺さんばかりの目つきだ。その視線に気が付いたダンは気まずげに肩をすくめて、私を部屋の隅に連れて行った。


「あれから調べて、分かったことがあった。まず、ユリアと一緒に調べたように食べ物に怪しいところはない」


 あら? 私の事を呼び捨てにしているわ。こんな場合だというのに、ニヤッとしそうになった。でもすぐに唇を引き締める。それは、ダンが私の呼び名になど気にすることができないような情報をつかんだということだと気が付いたからだ。


「ええ、その通りよ」

「その後、俺はもう一度厨房で発症した人と、してない人が口にしたものを調べた。そうして決定的に違いを見つけたんだ」

「何なの? 決定的な違いっていうのは」


 ダンは、声をひそめた。


「リンドウラ・エリクシルだ」

「え?」

「発症した者は、みなリンドウラ・エリクシルを飲んでいた。そして発症していない者は、酒を飲めないか、当番の仕事があったかで飲んでいない」

「ちょ、ちょっと待って! リンドウラ・エリクシルはアルコール度の高いお酒よ! その中で病原体が生き残れるなんて考えられないし、百五十年も前からあるレシピに毒性のある材料が入っていたとは考えられないわ」

「ああ、それは俺も考えた。今回のリンドウラ・エリクシルにだけ毒草が混じっていた可能性もある。でも、これだけ厳格に作っているリンドウラ・エリクシルだ。それもないだろう」

「とすると食べ合わせかしら? アルコールと食べ合わせることで毒素を発生する食品もあるわ」

「いいや。俺は冒険者として、食事には気をつけている。悪い食い合わせで旅の途中に倒れちまったら、道中で殺されても仕方がないからな。だから、あの料理に食い合わせに気をつけるようなものはなかったと言い切れる」


 ダンは、きっぱりと言った。


「でも、他の可能性だって……」


 苦い顔でダンは呟いた。


「発症していないのは、リンドウラ・エリクシルを飲んでない人だけだ」

「!」


 私が看病している人を見たときにぼんやりと感じ取ったこと。そう彼女達のほとんどが祭りの間、配膳係として働いていた者達だということだ。


「ダン……。もしかして……」

「ああ、そうだ、ユリア。リンドウラ・エリクシルには何かしらの毒が混入されているに違いない」

「!!!」


 思わず悲鳴が漏れそうになったのを、何とか飲み込む。 


「ど、毒ってことは……」

「ああ。誰かが意図的にやったことだろう」


 私は不安から震える自分の体を抱きしめながら、みんなの方を振り返る。

 毒にはミーシャが食べたキラースクイッドのように、他の人には害を及ぼさないものもあれば、毒に侵された者の血、嘔吐物だけでなく、涙や吐いた息からも他の人に害を及ぼす可能性があるものがある。みんなが摂取したかもしれない毒がどういった性質のものかは分からない。でも、白々と夜が明けて、明るくなった室内で、安心したように眠る患者、疲れ果てて椅子にもたれかかりながら休憩している看護する人、それに休む人々の邪魔にならないように静かに動く護衛達。みんなで嵐を乗り越えて、一息ついていた。そんなほっとする光景なのに、私には暗雲が立ち込めているように思えた。



あと2話で、一区切りつきます。

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