83 原因調査
今回、短めです……
【水操作】
室内に、霧のような柔らかな雨が降った。
【防護】の魔法を使っている私達には分からないが、触れた瞬間はツンとした臭いがするはずだが、すぐにレモンのような爽やかな臭いに変わっただろう。なによりも、嘔吐物による部屋中のすえた臭いは消えたはずだ。臭いは人の精神に影響を与える。患者は、まだ状態が良くなったわけではなくても、ホッとした顔になった。
護衛隊が、嘔吐物が入った容器をいくつも持ってきた。私は魔法の雨の残りの殺菌水が入ったガラスの水差しを持ち上げる。
「ありがとう。消毒するために、殺菌水を流し込むわ」
私は、殺菌水を嘔吐物が入った桶に流し入れた。入れた瞬間、かすかな煙が立ち上る。
「これで、いいわ。あとは、トイレに流してきて大丈夫よ。それと容器を清潔に洗ってもらえるかしら」
「かしこまりました」
汚物の入っていた容器を洗って欲しいと言っているのに、躊躇なく彼らは返事をした。なんて頼もしい。
「残りはあなたがたにお願いできるかしら?」
「もちろんです、お嬢様」
殺菌水の入った水差しを、アランに渡して、私達はその場を離れた。
以前、私が激しい頭痛を起こして今の人生をやり直し始めた時に、エンデ様の服に吐いたことがあった。あの時、嫌悪感丸出しのエンデ様に対して思ったものだ。「女性にとってはゲロまみれになっても嫌な顔をせずに介助してくれる男性の方が頼もしく、好ましいのだが、彼がそれを理解できる日は来るのだろうか?」と。あの様子だとエンデ様が理解できる日は来ないかもしれない。でもこの護衛隊は……なんて頼もしく、好ましいのだろう! さすがは、我がオルシーニ伯爵家の精鋭たる護衛隊だわ!
私は誇らしさから、こんな場合だというのに、ニンマリとした笑いがもれた。その顔のままアリーシア先輩に向き直る。蛇型従魔のリフが、警戒したように舌をチロリと動かした。
「アリーシア先輩にはお願いがあるのですが……」
「何かしら? 私にできることは何でも言って!」
「はい。アリーシア先輩は、治癒魔法は一回しか使えなくても浄化魔法なら使えますか?」
「ええ、あれはほとんど魔力を消費しない魔法ですもの」
魔力の少ない私は、アリーシア先輩の言葉に苦笑いしてしまう。私にとっては、浄化魔法も多用はできないくらい魔力消耗があるのだ。
「でしたら、患者さんに【浄化】をかけてもらえますか? 浄化にも消毒の効果がありますし、嘔吐物での汚れや、気持ち悪さがなくなるでしょうから。患者も清潔になれば、気分が上向くものですわ」
「ええ、分かったわ!」
アリーシア先輩も、同じ教会の仲間のために何かしたいという気持ちは持っているようで、意気込んで患者の元に走っていった。
これで、残ったのは私とダンだけだ。ダンは両腕を組んだ。
「俺は何をすればいいんだ?」
ダンが問いかける。
「夕食に、中から差し入れがあったって言ったわよね?」
「ああ。それがどうした?」
「厨房に、食品の残りがあるはずだから、宿坊で食べてないものがあったら教えて欲しいの」
「……そうか! もうそろそろ俺達にも食中毒の症状が現れてもよさそうなものだが、いっこうにそんな様子もない。とすると、俺達が食べていないものが原因ってわけだな!」
「ええ、その通りよ」
二人で厨房に向かう。魔道具で冷やされた冷蔵庫の扉を開けると、量は少ないがたくさんの食材が出て来た。また、料理もきちんと容器に入れられて保管されていた。看病していた女性に話を聞くと、祭りの間に配膳係をしていた者が後で食べる分を取り分けていたのだそうだ。そしてそれらを配膳係が食べる前に、食中毒が発生して、誰も手をつけずにそのままにしてあるのだという。
「どう? 差し入れになかった料理はあった?」
「これと、これはあったな……。ああ、こっちもだ」
「他にも容器があるわよ。こっちはどう?」
「ああ、それもあったよ」
私達は、一つ一つ点検した。
「どう? 」
「ああ、中と宿坊で食べた物はまったく同じだ」
「同じ料理を食べていながら、食中毒に感染したグループと感染しなかったグループがいるってことね。いったいどういうことかしら? 食べ物以外にも何か原因があるのかしら?」
「そうだな……。分かった、俺がそれを調べよう」
「ダンが?」
「ああ、俺は上級冒険者だ。調べものくらいお手のものさ」
ダンは、軽く胸を拳で叩いて、ニヤリと笑った。私もつられて笑顔がもれる。
「ええ、頼りにしているわね」
「おう、任せておけ!」