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82 ユリアの采配

作者 昼寝のうさぎ 改め 宮城野うさぎです。

みなさんにご報告があります。この度、この「薬師令嬢のやり直し」が

カドカワBOOKSより書籍化することになりました。5/10発売予定です。


それを記念して、書籍化特別SSを活動報告にて掲載いたしました。

実のところ、本編の暗い雰囲気が辛くて……、そちらは弾けた内容になっております。

よかったらお読みください。m(__)m


「みんな、薬師の話を聞いたわね。あなたたちには裏方に徹してもらうわ」

「はっ!」


 私の後ろに控えていた、アランを含めた護衛隊は、声を揃えて返事をした。護衛隊ではないダンは、力強く頷いた。


「倉庫の場所を聞いて毛布や厚手の敷物をもっと持ってきて!」

「はっ!」

「それから井戸から水を汲んで、厨房でお湯を作って。まだまだ足りないわ!」

「はい!」

「嘔吐物が入っている容器が、そこらへんに放置されているわ。集めて私のところに持ってきて。いくら【防護】の魔法がかかっているとはいえ、直接触れないように気をつけてね」

「かしこまりました!」


 次々に与える私の指示に、護衛隊は即座に反応する。そのうち私の意図を察して、自分から動いてくれるようになった。実に優秀だ。それに嘔吐物を集めている何人かは、嫌な顔一つしない。むしろ申し訳なさそうな様子の女性たちに対して、気遣うように微笑んで見せている。立派なものだ。

 私がアランを見ると、微笑みながら頷いた。


「それとアラン、祭りで使っていたガラスの水差しがたくさんあったはずだわ。それに水を汲んで私のところに持ってきてちょうだい。できるだけ多くね」

「かしこまりました」


 アランが私の側を離れると、残ったのはアリーシア先輩とダンだけだ。アリーシア先輩は、護衛隊の動きに目を丸くして私の側を離れないでいた。エメラルドグリーンの蛇型従魔のリフも、感心したように護衛隊の動きを見ている。

 ダンは、私に問いかけた。


「これから、どうするつもりだ?」

「まずは、部屋全体を消毒するわ」

「食中毒……流行り病になることを警戒しているのか?」


 食中毒には、毒素型、つまり、単に毒があるものを食べた場合と、感染型、食物に付いた病原体を食べ、その病原体から体内で毒素が発生して病気になるものがある。感染型の場合、その病原体は人から人に感染する。それが食中毒による流行り病だ。流行り病が発生した場合、隔離するしかない。その場合、食中毒で苦しい中、外からの助けはなく、環境は悪化し、さらに症状は重くなる。

 これは、感染の予防という観念が育っていないからだ。大金と引き換えに病を治癒魔法で治せる世の中にあって、病気で苦しむのは金のない平民だ。金を持っている人間は、病気の研究に金を出すなら、病気になったときに治癒魔法をかけてもらうために金をため込む。数少ない研究者は、いくら有意義な発見をしても、金がなければ研究を続けることはできず、「病原体」のような知識は一般には広がらない。手洗い、殺菌消毒などで防げる流行り病も、貴族の無理解により毎年大勢の犠牲者が出ていた。

 他にも食中毒にはいくつか種類がある。寄生虫を食べてしまい、その寄生虫が胃壁などに食いつく場合。それに食べ物の組み合わせによって毒素が発生する場合。この組み合わせの食中毒を化学型というが、体内で作られた毒素が人から人への感染する場合もある。

 私は、ルイス様の資料から知ったが、ダンは妹さんの治療法を探すために、若い頃からあらゆる文献に目を通していたそうだ。ダンが食中毒から、流行り病に考えを結びつけられたのはさすがだ。


 私は、首を軽く振った。


「分からないわ。でも、この食中毒が感染型だった場合、修道院という狭い場所でこんなに大勢の人がいるのだもの、悪化して大変なことになるわ。これが毒素型であったとしても、こんなに吐物が室内にあるなら、どんな病原体が発生してもおかしくないわ。だから、予防をしておかなきゃ」


 ふいに、アリーシア先輩が口を挟む。


「ユリアさん、あなた、何でそんなことを詳しく知っているの?」


 エメラルドグリーンの蛇型従魔と、一緒にアリーシア先輩は首を傾げた。私は、胸を張った。


「それは、私が薬師だからです」

「『薬師』? ユリアさんが? それっていったい……」


 ちょうど水が注がれた水差しをトレイに乗せて持ってきたアランが現れたことで、アリーシア先輩の言葉は遮られた。


 私は自分の薬箱から、その中から青のグラデーションの八本の試験管が刺さった木枠を取り出した。


「それは……スラ玉の溶解液と接着剤か?」


 ダンが興味深そうに見る。薬問屋の息子であるダンにとって、スラ玉から作る溶解液や接着剤はなじみのあるものだろうが、こんな風に八段階に分けているのは珍しいのかもしれない。


「ええ、その通りよ」


 接着剤の入った試験管はどれも残り少ない。これは屋敷が盗賊に襲われた時に、私が逃げるため、そして盗賊を足止めするために使ったからだ。溶解液の方は、まだたくさん残っている。特に、今必要としている一番効果の弱いものは。


「これで、殺菌水を作るわ」

「『殺菌』?」


 ルイス様が残した道具や資料のたくさんある森の家とは違い、一部の研究者を除いて「病原体」という言葉は一般的ではない。よって「殺菌」という言葉も一般的ではない。しかし何故かは分かっていなくても経験により、食中毒や感染症の患者が使った物を熱湯で消毒すると感染の拡大が止まるというのはよく知られている。しかしその方法だと、煮たり、熱湯をかけたりできるものしか消毒はできない。

 感染型の場合、病原体が空気を伝わって他の人の体に入る場合もあるため、空気そのものを殺菌する必要もあるのだ。


 私はアランにガラスの水差しをテーブルに並べさせると、そこにスラ玉の溶解液を一滴ずつ垂らした。水色の雫が、水に混じり、うっすらと色をつける。これが人体に影響を及ぼさず、病原体だけ死滅させる濃度だ。


「これでいいわ」

「手順はたったこれだけか? これで終わりか?」


 ダンは、勢い込んで質問する。


「ええ。もともとスラ玉の中身は大抵のものを溶かすくらい、強力な薬剤よ。これを空中に撒けば、嘔吐物と一緒に空中にまき散らされた病原体は殺菌できるわ」

「空中に……まき散らす? いったいどうやって……って、そうか! 魔法か⁉」


 ダンに推測に笑顔で答える。


「その通りよ」


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