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81 修道院の薬師

話しの区切りが悪く、少々長めです。

ストック切れの、自転車操業なのに……(´;ω;`)ウッ…

「ここよ、ユリアさん」


 アリーシア先輩は、昼間祭りをした大食堂の前で立ち止まり、取っ手に手をかけながら私の方を振り返った。今私達がいる場所は大食堂の外なのにもかかわらず、吐しゃ物のすえたような臭いが漂っていた。エメラルドグリーンの蛇型従魔、リフもこちらを向いてチロチロと舌を出す。

 私の後ろには、アランを先頭にした護衛隊がいる。護衛隊長も別にいるのだが、何故かアランに先頭を譲っている。そんな護衛隊は、みな妻子持ちというだけあって、アランよりも年上が多い。

 アランの横に並んでいるのはダンだ。ダンも、看病の申し出をしてくれた。薬問屋の息子として生まれたダンは、治療に関わったことがあり、力になると申して出くれたのだ。

 一方でヘンゼフと、ガウスはここにはいない。この二人には別件でお願いをしたことをするために外に行った。そしてガシリスク率いる商会の者はだれもいない。感染を恐れてのことだ。それも仕方がないことである。


 扉を開けようとしたアリーシア先輩を止める。

 

「ちょっと待ってください。患者のところに行く前に準備があります」

「準備?」


 私は返事の代わりに魔法をかけた。


【防護】


 私とアリーシア先輩、そして後についてきているみんなの体が、ぽうっと光る。


「え! な、何、今の!」


 アリーシア先輩は、急に光った自分の腕や足を仰天したように見る。すでに魔法を経験しているアランとダンはともかく、他の護衛隊員も同様だ。


「ああ、【防護】魔法です。いきなり申し訳ありません」

「え! ま、魔法? ユリアさんが?」

「はい。さ、まいりましょう」

「ちょっと、待って! さっきまで鼻についていた臭いが気にならなくなったわ! どういうことなの⁉」


 冷たくも見えるアリーシア先輩の整った顔立ちは、驚きからかこわいとも思える表情になる。

 私は、頭を下げた。ついうっかり、ミーシャにかけるようになんの説明もなく魔法をかけてしまった。しかし、これは必要なことなのだ。


「申し訳ありません」

「そんなのはどうでもいいわ。説明して!」

「分かりました。では説明します。中には食中毒の患者がたくさんいます。食中毒には感染するものもあります。そうなると、今は元気な私達も感染する可能性があるんです。ですから、この【防護】で、感染を予防します」

「そんなことじゃないわ! なんでまだ子供のユリアさんが魔法を使えるの? 私だって、簡単な魔法が使えるようになったのは入学してからよ!」

「…………あ」


 またやってしまった。説明が面倒なので、できるだけ人前では魔法を使わないようにしようと思っていたのだが、つい……。


「それに【防護】魔法なんて、聞いたこともない」


 アリーシア先輩は詰め寄る。


【防護】の魔法は一般的じゃなかったかしら? そういえば、前の人生で調合中に素材を吸い込んでひどい目にあった時に、何か対策をしなくてはと考えて編み出したのがこの【防護】魔法だったわ。今では普通に使っているけれど、確かに遮断魔法と風魔法と光魔法の複合魔法。確かに一般的な魔法じゃないわね。

 さて、なんとアリーシア先輩に説明しようか……。そう悩み始めたときに、アランが前に出た。他の護衛隊員も、黙ってアランを目で追う。


「アリーシア様。お嬢様のなさったことはアリーシア様を含め、私達を思ってのことです。非難するのは筋違いというものではないでしょうか?」

「べ、別に非難しているわけじゃ……」


 アリーシア先輩の矛先がにぶる。


「でしたら今は、それを問うより先になさることがあるのではないでしょうか?」


 アランは、扉の先を目で促した。


「そ、そうね……」 


 アリーシア様は、またもやアランの整った顔立ちと爽やかな笑顔に飲まれてしまったようだ。私の事を気にしながらも、ひとまずは置いておくことにしたようだ。

 私はこそりと、アランにお礼を言った。


「ありがとう、アラン」

「いいえ」


 アランは、以前通り、爽やかに微笑んだ。


「じゃあ、開けるわよ」


 ギギッと大きな音を立てて、大食堂の扉が開いた。

 想像していた通り、中はひどい有様だ。症状の軽い者でも壁に寄りかかってぐったりとしており、症状の重い者は大食堂の絨毯の上に薄い毛布一枚で横になり、腹をかかえて呻いている。【防護】の魔法で臭いはしていないが、きっとひどい臭いもしているのだろう。

 感染を免れて、看病に当たっているのは十人くらいのものか。アリーシア先輩のようにきちんと制服を着て鼻と口に覆い布をかけている人もいれば、衣服を整える余裕がなかったのか私のように寝巻で素顔のままのものもいる。その人たちは、患者の間を動き回り、力の入らない患者の体を支えながらトイレに誘導したり、または湯冷ましを患者に飲ませたり、はたまた調理場の大釜で白い布を煮立て消毒していたりと、誰もが余裕のない表情で必死に看病をしていた。

 彼女たちは、大きく開いた扉の向こうの私達を見て、呆然と手を止める。病人のうめき声さえ、一時止まったほどだ。その反応は、半分に分かれた。手助けをしてくる者達が現れて助かったという表情をする者。残りの半分は、女性だけの修道院に男性である護衛隊が入ってきたことに不安と不快の表情をする者だ。


「何事ですか?」


 修道女とも下働きとも違う、ピシッとした服を着た女性が駆け付けた。白い布で鼻と口を覆っているが、その布に覆われていない部分から見える肌は白く、陶器のようにつややかだ。長く多い睫毛に覆われた切れ長の目の奥は漆黒の瞳で、今は、困惑したように揺れ動いている。そして長く真っすぐな髪は、瞳と同じく漆黒で、大食堂の天井の魔道具が放つ光を受けて輝いていた。


「あ……カイヤ先生」

「アリーシア様、これはいったい? この修道院は男子禁制なのですが……」


 医師や薬師を「先生」と呼ぶのは一般的なことなのだ。だからこのカイヤという女性が、この修道院の薬師なのだろう。しかしこのカイヤは、昼間の祭りの時にはいなかったはずだ。いたならば、こんな美しい人なのだから記憶に残ってただろう。


「人手が足らないからです。『三人の聖女』としてオルシーニ伯爵令嬢のユリア様に助けを求めました」


 アリーシア先輩は凛とした口調で言う。アランにぽうっとしながら助力を求めた、あの可愛らしさは感じられない。

 カイヤは困ったように首を傾げた。黒い髪がさらりと流れる。カイヤの目は、取り繕ってはいるものの、迷惑そうな色があった。それはそうだろう、私だって治療中の大変な時に、身分も地位も上の人間が来て現場をかき乱そうとしたならば、迷惑だと思うに違いない。


「確かに人手が足らないのですが……。患者の中には男性にひどい目にあわされてこの修道院に逃げ込んで来た者もいますので、人手が足らないからと言っても……」

「あ……」


 アリーシア先輩は口に手を当てた。そのことに思い至っていなかったのだろう。治癒魔法の使い手は、結婚を奨励する教会も、一方ではこうした下働きと称して女性の保護もしていた。しかし、そんな例は少ない。この修道院に教会籍を含めて、こんなに女性が多いのは代々の院長の尽力によるものなのだろう。


「初めまして、カイヤ先生。私はオルシーニ伯爵の娘、ユリアです」

「ああ、これは申し訳ありません。私はこのリンドウラ修道院の薬師、カイヤです」


 カイヤが膝を曲げて、頭を下げるとシャランと涼やかな音がした。シャトレーヌだ。

 シャトレーヌとは、ベルトに差し込むフックと釣り下がる複数の鎖、そしてその鎖の先の容器で構成されている装飾具だ。もともとその鎖の下の容器は裁縫道具を入れるものだったのだが、時代の変化と共に裁縫道具は、携帯薬などの容器になり、今ではシャトレーヌといえばすっかり薬師の象徴となっている。

 思えば人生をやり直して、カイヤが初めて会う薬師だ。その腰のシャトレーヌはこの修道院にしては不似合いな程、瀟洒な作りで高価そうだ。カイヤの趣味なのだろう。私も前の人生では、素朴なものだがシャトレーヌを腰につけていた。ダンが私にくれた大切なものだ。

 つい腰に手をさまよわせたが、手は宙をった。なんだか、腰が軽く感じる。


「お話は伺いました。確かに、そうした患者さんに男性の手出しはかえって病状を悪化させることもありますね」


 私がそういうと、カイヤはホッとしたようだった。貴族の助力をはねのけるというのは、例え迷惑なことであっても、なかなかできることではない。カイヤは患者の立場に立つ、立派な薬師のようだ。


「でも、患者に直接触れなくても、できることはたくさんあります。護衛の皆には力仕事などさせますわ。それでよろしいでしょうか? 」

「……え、ええ。そうですね。では、よろしくお願いします。私は、患者に薬を飲ませないといけませんので……」


 立ち去ろうとしているカイヤを引き留めた。


「つかぬことをお聞きしますが、患者にはどんなお薬を?」

「これですか? 水分補給と体力を回復させる薬。それに、胃や腸を整える薬でございます。本当にひどい患者さんには、吐き気止めや下痢止めも処方しますけれど、そこまでひどい患者さんはいませんわ。一番ひどかったクラリッサ様は、アリーシア様が治癒魔法をかけてくださいましたし」


 食中毒の下痢や嘔吐は、体内に入った毒や病原体を体の外に追い出そうとするために起こる症状だ。毒についてはともかく、一般的ではない病原体という知識について知らなくても、その症状を無理に止めてはいけないというのは薬師の常識だ。とはいっても、それで脱水症状を引き起こす位なら別の処方も考えなくてはいけない。その処方なら問題ないだろう。やはり私が手を出す必要はなさそうだ。


「そうですか。ありがとうございます」


 私が礼を言うと、カイヤはホッとしたようにその場を離れ、患者の隣で膝をついた。




人がいっぱいになってしまいましたね(^^;

この章では、もうこれ以上出てこない予定です。

また誰かが勝手に暴れださない限り……不安。


次回更新は、一日遅れの4月3日を予定しておりますm(__)m

みなさま、新年度もよろしくお願いします。

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