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「別の部署に入った同期の身を案じるなんて、優しいねぇ。私なんか同期と仲が良かった試しがないよ」
閲覧したカメラデータは彬さんが責任者として詳細把握するという条件だったので、僕ら二人は彬さんのデスクの前でCCBNから情報を洗っていた。拓海は新しく任された仕事で忙しくなっていたので、聞き込みの途中からとっくに不参加になっていた。
「はい、お茶」
彬さんがわざわざ紅茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます」
僕は受け取って口に運ぶが、海斗は前に置かれたティーカップに目もくれず、目玉をぐるぐると動かしてサーチし続けている。海斗は僕らと一緒の時はCCBNからの情報検索をいつも面倒くさがっていたから、必死に作業する様子は意外だった。
僕も手伝ってデータを見るが、延々とネットワークから頭に流れ込んでくる大量の映像に集中が切れて、気が付いたらティーカップのふちに描かれた幾何学模様を注視している自分がいた。
「こういう作業、コンピュータでパパッと処理出来ないんですか?」
作業を諦めて彬さんに質問する。向かいのデスクで目を閉じて腕を組み、何かの別のデータを処理していたらしき彬さんは、目を開けてぱくちりとすると、
「いや、そう思うでしょ。でもね、私達クローンの個人識別なんて今のコンピュータじゃ無理なんだよ。
私達は見慣れすぎて細かい差が分かるから、識別できるけど。大体、課と世代別のユニフォームだって、全員同じに見える、と仰る人間のスタッフ向けみたいなものだからね、可笑しいでしょう」
そう笑う彬さんの詰襟の胸元でカチャカチャとボタンと鎖が擦れて音を立てた。
「なるほど。機械も人間も頼りにならない部分もあるんですね」
見下ろす自分の黒い詰襟は第3ボタンの糸が緩んでいた。本人の代わりに記号になる服、か。
「いよっしゃぁ!!居た!これ、ここが最後だよ!」
隣の詰襟が飛び上がってガッツポーズする。僕と彬さんも海斗が見ていた映像を見る。遠すぎて定かではないが、フレデリクと思われる人物が建設現場に組まれた足場を登っていくのが見える。背には大きい荷物を背負っている。
「…何だろう、何持ってるのかな…」
背のリュック?はかなり重そうで、映像の人影はぜいぜいと肩を上下させている。
ふと横を見ると彬さんが酷く冷たい眼つきで、あごに手を当てて何か思案していた。それを見て僕は何かとんでもないことに首を突っ込んでいるのではないか、という考えが浮かんで、夢中な海斗に「やばいよ」と目配せしようとした。しかし海斗はこちらに気づいていなかった。
「それじゃ、ありがとうございました!この場所について、担当の部署の人に聞いてみます!」
そう言って海斗は意気揚々と彬さんの部屋を出ていく。ついて出ていこうとした僕を彬さんが呼び止める。
「浩海、大丈夫かい。君たちが何かを考えて行動できるのは嬉しい。だけどもし君が友人の気持ちを尊重して無理に一緒に行動しているなら……」
「いえ、あの、大丈夫です。僕も興味を持って加わっているので、海斗がやりすぎそうならまた相談します」
咄嗟にそう答えてしまった。
せっかく僕の不安を感じとってくれた彬さんになぜ干渉されたくないと思ったのかもよく分からないし、そもそも何が不安なんだろう。フレデリクが向かった先に関わってはいけないことがあるとして、僕らはどうなるのか。
怒られる?
別に構わない。
何か罰を受ける?
ごはん抜きとかは嫌だなぁ…。
……口封じに殺される…?
それは嫌だなぁ、でも実感が沸かない。その時はその時という気もする。そうなったら拓海を巻き込まないようにしないと。殺されそうだから逃げろって言ったら海斗はどうするかな…?