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3人でここに来た時は耳の上だった僕らの髪が、肩に触れるほど伸びた頃、拓海が一人新しい仕事を言い渡された。施設の人間が外部の関係者を接待する宴席の雑用だった。きらびやかな物に興味を示していた拓海は大喜びだった。
「なんか拓海だけ出世してる感じだなぁ」
海斗はどこで手に入れたのか、紙の資料らしきものをベッドに転がって眺めている。
「まあ、嬉しそうだったしいいんじゃないの。あと拓海ってさ、ちょっと特徴ある顔してるよね。目の下にホクロあるじゃん。泣きぼくろって美人ってことになるらしいね」
「浩海は目の付け所がずれてるよ。そんなこと人間のお偉いさんが気づく訳ないだろ!僕ら全員同じ顔だと思ってるよ。あいつら」
「そうかなぁ。見慣れちゃってるから全然違うように見えるけど」
「まあ何にせよ、拓海はこれから大変だと思うぞ~」
そう言って持っていた紙をベッドの下に隠してしまった。
海斗の予測通り、拓海の仕事は苦労がありそうだった。
「で、どんな仕事なの?」
海斗が食事中に拓海を問い詰めている。
「僕もできるかなぁ……」
「浩海はできるんじゃない、海斗は雑だからダメ」
「えーー!ひどい!で?昨日はどんなことを?賄賂は夕飯のお肉一枚で手を打ちますぞ??」
「秘密保持の誓約書にサインさせられてるからね、話せないよ。あとここおかわり自由なのに要らないでしょ。」
「ちぇ~拓海から情報が手に入ると思ったのになぁ」
拓海を質問攻めにするのを諦めて寝室に来た海斗はベッドに座ってスプリングをびよんびよんさせている。
「何を聞きたかったの?」
僕は何の気なしに問いかけたのだが、海斗は真剣な顔になってびよんびよんを止め、こちらに向き直った。
「拓海はまだ帰って来ないよな……そうだな、今から話すことをプライベート記憶扱いにしてくれたら話してあげないこともないぞ」
プライベート記憶とは、記憶を共有し記録するCCBNにアップロードせず僕等クローンが個人だけで持っておけるよう分離した記憶のことだ。クローンに一定の人格権を認めるという配慮から、ネットワークの運用にあたって設けられた例外である。多用すると怪しまれる上、必要があれば他人に閲覧させる必要があるため、完全に秘密というわけではない。
僕は定期のデータ送信が始まらないように15秒ほど前からの情報をプライベートに設定して、身構える。
「まずい話なの、それ、わざわざプライベート回線なんて。あ、この前持ってた紙が関係ある?」
「うーん、まずいことにならずに済ませたいけど、難しいかな。現時点でCCBNの回線に筒抜けは嫌だから、僕は個人ストレージにも入れないで自分の脳だけに記憶してある。」
急にきな臭くなってきた。
「でも紙に目をつけたのはナイスだ……やっぱり聞く?」
個人用のストレージに書き留めておくのも憚られる内容ってなんだろう。
僕の中で変なことに関わる恐怖と、海斗への心配が一瞬争って、心配に軍配が上がった。
「聞く」
海斗の話は端的に言えば、訓練生の同期だったIBTP-8-F6、もといフレデリクが数日前からいない、どうしたのか調べたい、ということだった。
「ちょっと待って、そもそも何でいないって知ってるの。もう一緒の所に住んでないんだからしょっちゅうは会わないじゃない。大体、なんでそれを僕たちが調べるの?向こうの仕事の都合かもしれないじゃん、探偵ごっこでもする?」
フレデリクは建設関係の課にいた。別に会おうと思えば会えるし、チャット通信だってできるが。
「おう、がっつくな。ごっこじゃない、けど、ええーと、…さっきチャット繋ごうとしたら繋がんなかったんだよ」
海斗は何を躊躇ったのか、少し目を泳がせて話す。
「エラー種別は?」
「該当ユーザなし、だった」
どういうことだろうか、普通僕たちはCCBN接続を切らない、というか切れない。単に着信拒否中ならそう返ってくるはずだ。
「なんだろう、気になるな……」
「だろ!!!変だと思わないか?」
急に彼の語気が強くなる。
「うん…」
「だから、それを僕らで調べるんだよ!!」
「はぁあ~~!??」
『一般文化史』の科目で読んだ推理小説の探偵には助手がいたっけ。僕は怪事件よりこの横暴な探偵に付き合わされる方が大変になりそうだ。うまくサポートしてやらなきゃなぁ。なんてくらいにしか最初は考えていなかった。