1:1:3
3人で同室をあてがわれた寝室で寝そべり、僕は今日聞いたことや聞かなかったことについてCCBNデータベースに問い合わせて確認していた。
彼らクローンは、地下深くにある広大なこの研究施設の保守運営の労働力を一手に担っている。『クローン兵』とは言葉のあやでどこにも敵はいない。クローン部門は専門業務を担う縦割り化した多くの課に分かれており、彼ら3人が配属されたのは有人警備や来客対応等を行う課だった。
雑多な情報も参照する。各課が結束感を高めるために個性的なユニフォームを決めていること、個人名の命名は課の首長の裁量に任されているらしいこと、等々。
「何してるの?」
L…じゃない、拓海が聞いてきた。見ていたデータを投げてやる。
「アイデンティティの『問い』の答えにOKを貰って、能力とか性格的な得意不得意が自分で分かったら、他の課に移ることもできるんでしょ。そしたら異勤先でまた名前もらうのかな」
他課の名簿を拓海が参照している。僕は名前の綴りを読む。
「別に日本名とも限らないんだね、他のところは。まあ僕らのオリジナルは日本人の人種らしいけど、ここ公用語英語だもんね。」
「じゃあ僕、もしかしたらJohnとかJamesとかJackとかだったかもしれないわけ?どれが強そうかな~」
海斗の判断基準は、強そう、という何ともテキトーなものらしくて
「とりあえずJから離れれば。君Rじゃん」
「じゃあ…Robin…?とか?Rozeとか?」
海斗は眉間にしわを寄せて名前を見当している。
「Rozeじゃ花じゃん。弱そう。」
「「あははは」」
そうして、当時まだ12歳かそこらの精神と肉体の少年だった僕らの新しい日常が始まった。
それからは、僕は毎日が新鮮で楽しくてしょうがなかった。任された仕事は、自分達の課の居住区画の掃除に食事の準備といった身内の雑用が主だったが、僕は色々な場所に行く先輩達の荷物運びを頼まれるのが一番気に入っていた。行ったことのない場所に行けるからだ。地下の『ホーム』は思っていたよりずっと色彩豊かだった。
廊下で他の課のクローン達とすれ違う。台車を押す作業服のグループ、あわただしくは走る白衣の者、軽装——あれはTシャツと呼ぶのか——の者……同じ髪飾りをつけた集団、短髪の者、髪をそり上げた者…。クローンではない人もたくさんいる。背の高い男、自分より小さい子供の手を引く女性、顔に皺の刻まれた人……外の人は髪も肌も目も様々な色をしている。
広大な『ホーム』には様々な場所があった。クローンを生み出した科学者達がそこで何をしているのか末端のクローン少年が知るよしもなかったが、多くの人が居て様々な職能を担う人やクローンがいるそこは、小さな都市と言えた。
クローン達が多少の個性を持つようにチューニングされているのは、そのミニ社会を円滑に動かす構成員たりえるようにという理由らしい。ただし遺伝子操作や幼児期の環境管理を含むそのチューニングは身体頭脳の能力に大きく差が出るほどではないとのことだ。確かに訓練生の間、同期のメンバーは皆大して変わりない能力、人格だった。
だが、今後はどうなのだろうか?ネットワークに問い合わせて課せられた唯一の命題を参照する。
Q:あなたが与えられた個性、『自分と言えるもの』はどんなものですか?分かりやすく言語化されていなくても構いません。
A:
なんか本当は言葉遊びではないかと思ってしまうような問いだ。まだ答えるようなことは僕の中にない。他の同期にはあるのだろうか。