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同じ所へ行くよう指示があった僕Bと、L、Rの三人を迎えたのは、天井が高く、装飾性にこだわったような調度でしつらえられた部屋だった。床は赤地に唐草模様でふかふかの本物の絨毯だった。それだけで今まで所属していたのとは違う所に来たと強く実感できる。
「り、立派な部屋だね」
「うん…豪華だね」
僕の感想もRの相槌もこれでもかというくらいボキャブラリー不足だ。何しろ僕らが教えられてきたのは実用的な技術や知識が多くて社会の実態にはとにかく疎い。
呆気に取られたまま入り口に立ち尽くしていると、一人の青年がこちらを認め近づいてきた。
「おや、さっき連絡があった新入りの子たちだね、おいで」
もちろん彼もB達と同じ顔の、といっても成長した分は違う、クローンである。彼は上下黒い服——CCBNデータベースに問い合わせたら、学生服や軍服と呼ばれる類らしかった——を着て、長い黒髪を後ろで一つに束ねていた。
その後ろについていき、別の部屋に通された。
「変わった格好だよね、綺麗だなぁ」
Lは先輩の身なりや周囲のインテリアをきょろきょろ見回しながら小声で言った。
先ほどの先輩が一人の男を部屋に連れて戻ってきた。その人は自分達よりもその先輩よりも年上のクローンの大人の男で、やはり長い髪を後ろで一つに束ねており、先輩よりやたらと装飾の多い服を着ていた。彼は、慌てて椅子から飛び上がった僕らを手で制し、ソファにリラックスした様子で座る。僕らも促され向かいのソファに座る。
「始めまして、私は山澤彬の名でこの部署をとりまとめている。今日から君たち三人もここに暮らすのだから、そんなに肩肘張らなくても良いよ」
柔らかい口調で微笑みかけてくれたこの人が、僕らの上司ということになるらしい。Lは優しそうで安心した、という様子であからさまにホッとしている。
「君たちはここで、そうだね、最初は雑用とかだけど仕事をしながら生活して慣れていってもらえればいい。私は君たちになるべく外の人間と遜色ない環境で生活させてあげたいと思っている」
人の人格や個性は環境と経験の中で得られるって習ったけど、そのためなのかなぁ、などと華やかな新しい環境について僕は考えていた。
「こちら頼まれていたリストです」
後ろに控えていた先輩が彬さんに声をかける。彼は何かデータを受け取ったようで、少し目を宙に泳がせて何やら思案している。外の言葉で言うなら、僕らは頭の中にコンピュータを持っているようなもので、書類もディスプレイも要らない。
すぐに何かを決めたようで、うん、と一人頷くと
「よし、君たちの名前を決めたよ。知っての通り、君たちには個人識別番号しか与えられていない。でも慣習として名前を配属先で決めることになっている。今後は基本的にこの名前で生活してもらうことになる」
ソファの隣が一気に緊張したのが分かった。
当然である。名前は存在の定義にも等しい。名が増えるとか変わるとかならいざ知らず、空白だった名前欄が埋まるというのを、物事が分かる歳になって体験するのは稀だろう。とは言っても、同期と経験のメモリーを共有して育ってきた僕らは半ば一心同体で、単に識別の都合以外に他者と区別される意義を知らない。
そして肩に力を入れるB、L、Rそれぞれに名前は渡された。ネットワーク経由で与えられた情報なので、頭の中に降ってくるという方が合っているかもしれない。
『山澤弘海』
それが僕、IBTP-8-B2だったものの名前になるらしかった。
「さて、これで君たちは私達の…そう、言うなれば家族だ。私は部下達に深い人間関係をつくってもらいたいと思っているからね。」
彬さんがソファから立ち上がって出ていこうとし、ドアの前で振り返って
「それから皆、髪、伸ばしてね。」
と付け加えた。
「髪ですか??」
IBTP-8-R18、もとい山澤海斗がきょとんとして質問した。
「うん、私たちは癖のない黒髪だし、伸ばした方が綺麗だろう?」
「はい、素敵です!」
横からIBTP-8-L12、もとい山澤拓海が嬉しそうに応じる。
「うん、君たちにはこの髪型が一番綺麗に見える所にいつか行って欲しいからね」
彬さんは意味を測りかねる言葉を残して、ユニフォームの一部と化しているポニーテールを揺らして出て行った。