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海斗はまっさきにやりたいことを見つけて僕らの隣から飛び出して行ったわけだが、実は工事現場で泥にまみれてる海斗に会いに行ったときに、少し答えを探ってみたことがある。
「いつ『個性の問い』の答えに気づいたか?そうだな外に行った時って浩海の予想はあってるぜ。うーんと…これはかなり穿った憶測なんだけど、僕らがチューニングを受けるとしたら当然CCBNからだけど、それって長期的だと思うんだよな」
海斗は飛び散った泥をかき集めていた手を止めて、シャベルの持ち手に顎を乗せる。
「長期って?訓練生の間ずっとみたいな?」
「違うよ、もっともっと。今もだよ。例えばさ、所定のゴールがあって、スタート時点にゴールはこっちですよーって教えてもらって歩き始めたとするじゃん。でもそんなの違う方向に行かない保証なんてないじゃない。僕が歩いてるやつを誘導する立場なら、途中もずっと道を逸れないように見張り続けるよ。」
なるほど、一理ある。
「確かに、そもそもゴールが決まってるなら最初からゴールに向けて一本道か何か用意してくれればいいのに、僕ら適当な方向にスタートしちゃってるよね」
二人で危うく脱走して遭難までしかけたことを思い出すと、なんだか滑稽だ。
「それに僕らほとんどコースアウトしたのに誰も止めてくれなかったよな、脱輪だ脱輪、バーン」
海斗が手元に持っていたシャベルを、バーンと再び言いながら倒す。
「それならドーンとかガシャーンがいいんじゃない。あと、いつからマラソンからカーレースに種目変更したわけ」
「我らは生き急がねばならぬのだ、スピード違反も辞さない」
何のマネだか分からないけど、ハンドルを握るポーズを取って芝居がかった言い方をする。
「ふむ、ここホームの唯一の車両、倉庫のフォークリフトの制限速度は?」
「「時速10km」」
……確かその後もふざけるだけふざけあって帰ったような覚えがある。話の最初の方の発言を反芻してみる。
現在もネットワーク経由でチューニングの影響下にあるとしたら、確かにネットワーク圏外に出たあの僕らの無謀な冒険の間に、何か普段とは違う変化が起こったことはあり得る。そしてその差異から聡明な海斗が何かを発見したことは想像に難くない。しかし、僕にはあの時そんな変化は感じられなかった。これは何を示すのだろう?
しかしもう海斗に聞いてみることはできない。彼は1年前事故で死んだ。なんでも鉄の足場が崩壊したのに巻き込まれたらしい。コピーである僕らが一人減ったところでどうということはないし、元の所属先としてうちの課で行った葬式でも先輩達は泣いたりしてなかった。それでもたまに、ちょっと寂しい。