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神居村へ、初めての夏を  作者: ヒダカ カケル
第二部 神居村に、いつかの秋
47/75

第二十二話


*****


 十月最後の日曜日はすっきりと晴れた、秋冷の候――――と呼ぶのが相応しいような、祭りの日になった。

 冷えているけど、寒くはない。

 少し動けば暖まり、まして――――あちこちから熱気が上がっている今なら、尚更だ。


 青色のテントが見渡す限りに立ち並んで、その向こうにすっかり紅と金に染まった紅葉の山がそびえて見えた。

 緑、金、紅、織り交ぜられてふくれた木々はまるで一枚の芸術だ。

 絵心がないのが悔しくなるぐらいに綺麗で――――でもしかし、写真に収める気にはなれなかった。

 そんな事をしているぐらいなら、一秒でも多く目に焼きつけていたくなる。

 染まった山々の後ろには、くっきりと青い秋麗の空が背景になって澄み渡っていた。


 神居村、道の駅を中心に催された“神居村秋の紅葉祭り”は今のところ大盛況だ。

 ふだんは関わりのない地区の人達とも顔を合わせたし、いつものように小学生――――とくにあの悪ガキに後ろから蹴りを食らい、追いかけてやった事もある。

 日が昇る頃からずっと、俺や柳、八塩さんと怜まで含めた若衆は働きづめだった。

 テント設営、会場整備、看板の準備や機材搬入。

 怜は野点のだてをするというので昼前からずっと姿が見えず、八塩さんはなみなみと出汁が入った寸胴鍋を軽々と持ち上げる力を買われて、メインになる蕎麦振る舞いの屋台と倉庫の間を何度も出入りしていた。

 更にはあと十分もすれば隠し芸大会が始まるので――――盛り上がりは更に増すだろう。


 俺はようやく一段落つき、会場の一角にあったパイプ椅子に腰を落ち着けた。


「……うぁー…………」


 疲れすぎて、“疲れた”という言葉すら絞り出せなかった。

 軋んだパイプ椅子の、カバーが裂けてスポンジのはみ出した座面ですら夢心地だ。

 思えば、会場に来てから一度も座ってない。

 遡れば――――台風の翌日からずっと酷使されていた気がする。


 あらためて見てみると……碧さんではないが、このために村外からやってきた人も少なくないようだった。

 山菜の直売屋台のおばさんと話す様子からして、村外に住んでいる親類か友人の方なんだろう。

 別に、この村は封鎖されている訳じゃない。

 おおっぴらにこの祭りの告知もしてはいないようではあるけど――――こうして、きちんと近隣から人は集まってくるらしい。


 ともあれ、もう一度言うがこれで一段落だ。

 あとは祭りに参加するなり、ぶらつくなり、自由行動が取れるが――――それも、日が沈むまでだ。

 今度は撤収作業があるのだから。

 尻と椅子の境目が分からなくなるほど力を抜いて、ぼーっ、と……背筋を伸ばすように空を眺めていたら、倦んだ男の顔が左九十度に傾いて映った。


「死んでんのか、お前よ」

「少しの間ぐらい死なせてくれよ……」

「そうか、安らかにな。……それならこいつは供えモンだ」


 やなぎが真上に揺らす、緑色の分厚い瓶――――に、思わず俺は飛びついた。

 疲れ切った体に水分、糖分、それとカフェイン。

 それらを一気に補充してくれる瓶コーラは、いつ飲んでも格別だった。

 もちろん、――――今も。


「……サワの方も一段落ついたってよ。今ごろソバ手繰ってるだろうな。お前は? 腹減ってねェのか?」

「減ってるはずなんだけど……今はちょっと動きたくない。怜は……」


 柳が、芝生の上に足を投げ出して隣に座った。


「あいつもあいつで動けないみたいだ。落ち着いた頃に顔見せてやれ」

「ああ、分かった」

「……にしても。“怜”か。……ようやく、って感じか」

「柳?」

「いや、なんでもない。……そうそう。神居北小学校の補修、終わってるぜ。何か行きたがってたんじゃなかったのかよ」

「……あぁ、そういえば。……そうだったな。忘れてた、色々あったしな」


 台風騒動から今の今まで、ひっきりなしに追われてた。

 考える暇もなかった事とはいえ、思い出してしまえば少し気になる。


「……お前が何したいのかは分かんねぇけど、長くかかる用事じゃねぇんだろう。どうせだ、行ってきたらどうだ。俺も、お前が何を気にしてたのか気になってしょうがねぇんだよ」

「……いいのか?」

「別に、今急ぎの用もねぇんだろ? それにここにいたら多分のど自慢やら一発芸やらに巻き込まれて担ぎあげられるぞ。逃げろ、俺も逃げるから」


 確かに、困る。

 そして見た目通り、こいつもそういうのは苦手か。


「……分かった、それじゃ、柳。また後でな」

「ああ。互いに無事に会おうや」



*****


 柳と分かれて、自転車を飛ばし――――意外にも早く、旧・神居北小には到着できた。

 秋晴れの空を背追った、もう子供の笑い声が聴こえることのない――――“原則的には”ない校舎は、少し寂し気だ。

 遠くに聴こえる、いよいよ始まったのど自慢大会の歓声を吸い込み、聴き入るように木造の廃校は佇む。


「……確か、職員室……の、方だったな」


 あの夢で見た記憶を頼りに、校舎の中を進む。

 “あの子”が壊した玄関の床板を見ればきれいさっぱり修繕されており――――その部分だけ、床の杉板が少し白っぽい。

 軽く踏み慣らしてみたが、確かに――――もう、ちょっとやそっとでは踏み抜く事はないだろう。


「でも、考えてみれば」


 いくら記憶の中で、そこに何かあったからと言って…………今もそこに、あるものだろうか?

 用を果たさなくなり保存されている場所とはいえ、十年も前と同じ内装のままだろうか?

 疑念は確かに生じたものの、とにかくそれしか手がかりがないのも確かだ。

 職員室の外から少し進んだ廊下へようやく辿りつく。


 そこに、疑念をさっさと却下するように歴代卒業生の写真が飾られていた。

 最も新しいもので、二十数年前――――閉校前最後の卒業生の、およそ十人足らずの写真がある。

 そこから先は、一年前、二年前、とどんどん遡っていく事になる。


 俺はここでも記憶を頼りに、碧さんに指し示された写真の位置を思い出しながら、写真の並びに目を走らせていく。


 俺はその中で生じた違和感にようやく気付けた。


 ――――――どの写真にも。

 ――――――変わらず映る、顔があると。


 やがて、呆気ないほど簡単に――――その場所へ、行き着いた。

 写真の下に卒業生全員の名前が掲示されていたから、すぐに分かる。


 年代は六十年ほど前。

 卒業生の名の中に“七支ななつか 治彦はるひこ”の名が。

 爺ちゃんの名があったから。


 それと、もう一人。


 ――――――“碧さん”が、写っていた。


 戦後ほどない白黒のがさがさに擦れた写真なのにはっきりと分かる。


 今と全く変わりない姿の“碧さん”が椅子に座って、真ん中に。


 六十年前の卒業写真から、神居北小最後の卒業写真に至るまで――――ずっと、同じ姿の“碧さん”がはっきりと写っていた。








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