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神居村へ、初めての夏を  作者: ヒダカ カケル
第二部 神居村に、いつかの秋
31/75

第六話


 神居中学校二年生の彼女は、色々と“やらかす”事で村内では有名だ。

 ゴス服を通販したもののあまりにこの村が僻地すぎる事を忘れ、送料の計算をしくじって母に泣きついたとか。

 それを着て出歩いたら田んぼに落ちて即洗濯行き、しかもよりによって白ゴスだったとか。

 ――――何かにつけてこういう登場シーンを妄想しては、しかもそれを実行に移すというイヤな行動力の高さとか。

 そして何より不幸なのは、実際にそれが“できてしまう”事だと思う。


 今彼女がガラスをめちゃめちゃにしながらドレスの裾とツーサイドアップの髪を翻して乱入してきたここは二階。

 そこへひとっ跳びで到達する上にピアノを蹴り飛ばせる脚力と、その勢いを殺さず空中で身を翻せる人外じんがいの運動神経。

 田んぼを飛び越え、畦道あぜみちから畦道へ跳び移る姿も何度も見た。

 更には家々の屋根を駆け抜け、跳びまた跳び、電柱の上から“てけてけ”を踏みつけて消滅させた光景も俺は忘れられない。


 もっとも調子に乗っているうち、ぬめった畦道で転んだのが前述のエピソードであり、古くなった物置のトタン屋根を踏み抜いて破り、猛烈にケツを打って大泣きしていたオチもある。

 なのに彼女は絶対に反省しない。

ついたあだ名が――――


「……()()しの“モコ”」

「その呼び方やめれ! ……なさいな」


 音楽室方面へ回り、更に二曲の怪談ピアノを消して、それでもまだどこかから“エリーゼのために”が聴こえてくる。

 これで、今夜は都合七体の“鳴るピアノの怪”が出現している事になる。

 そういえば……訊き忘れていた事があった。


「で、素子ちゃんは何でここに?」

「何故、と……? 静寂たるべき夜をけが不逞ふていの琴を滅却し滅ぼすため――――」

「かぶってる、滅びかぶってる。……手伝いに来てくれたのはいいけどさ、帰りな。流石にこんな夜に出歩くもんじゃない。送るから」

「……むぅ」

「むぅ、じゃ……」


 不服そうな表情を浮かべたその時、ザッ、というノイズ混じりに、トランシーバーに感が入る。


『おい、取れるか? ナナ。こっちには六体出たぞ』

「そっちもかよ。どうなってんだ……今夜はピアノ系ばかりか?」

『たまにあるんだ、こういうの。……ところで、今さっきガラス割れる音したな』

「…………ああ、ちょっとな」


 そこでちらりと、傍らの壊し屋ゴスを見れば、青ざめた顔をして力無く首を振っていた。

 ご丁寧に、口もとに人差し指をクロスさせて懇願するようにだ。


「……実は、校内に鈴木さんとこの……モコちゃんがいてさ。助けに入ったら勢いでガラスやっちまって……すまない」

『……ふーん…………』


 沈黙が怖い。我ながら苦しい言い訳で、そもそもモコちゃんの素行を鑑みれば決して信じてもらえないだろう。

 ……見破られたらそれまでだ。流石にそこから先までは庇えないぞ、と視線に込めて彼女を睨む。


「柳、どうする? 人手が足りないと思う。玄関の電話は生きてるんだろ? 誰か呼ぶか」

『いや、その必要はねぇ。そいつでも、いないよりはマシだ。モコに言っとけ、今日は何も壊すなって』


 無線を切ると、また一曲――――反対方向からピアノが鳴り出した。


「……じゃあ、俺向こう行くから……モコちゃんはあっちな」

「ですから、その呼び方……! ……ありがとう、ございました」


 中二の言動もそこそこに礼を言うと、次の瞬間にはライトも持たずに真っ暗な廊下の先へ消えていく。

 彼女が“中学生のあれ”を拗らせてしまった理由は、“都市伝説、怪談の出没”に次ぐこの村で起こるもう一つの“不思議”によるところが大きい。


 ――――この村で生まれ、この地のものを食べて育つと……干支を一回りする頃に、ある変化が起こる、らしい。

 ある無愛想な男は、落下するピアノを支える強度の蜘蛛糸くもいとを生み出す。

 ある女の子は、天狗じみた身の軽さと、無灯の廃校すら真昼のように映す夜目よめ

 護符に込めた願いを、本当に叶えてしまう超常的としか言いようのない力もそうだ。

十二歳頃に発現し一時期振るえて、やがて段々と薄れて消え、そして忘れられて行く、この村を象徴するような現象。


 “還り”と呼ばれる、この村に起きる、奇跡。






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