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神居村へ、初めての夏を  作者: ヒダカ カケル
神居村へ、初めての夏を
14/75

第十四話

今回少し短いですが、どうかご容赦を

*****


 この村は、いったい“どこ”だ。


 山間の村、神居村。

 人口は千人を超える程度、特産物も特になし。

 旧世代の都市伝説が起こり得る謎の限界集落。

 小中学校、ともに一つ。

 何故か高校も一つ。

 面積はおよそ百四十平方キロ。


 そして――――今は、俺の居場所だ。


 咲耶と別れてすっかりと暗くなった道をどうしようもないモヤモヤを抱えて歩き、家に着いた。

 神居神宮から俺の家まで戻る、大返しの路だった。

 板の間の外からは、夜の歌が聞こえた。

 小さな鈴を鳴らす声、喉を膨らましてぐくっ、ぐくっ、と低く堪えるような蛙の声。

 聞こえるのに、思いを巡らす余裕も今はない。

 手探りで居間の電灯のスイッチを探り当て、肩掛けの鞄を下ろして、座布団すら引き寄せずに座り込んだ。

 カーテンを閉める気にもなれはしない。

 その時――――喝を入れるように、とんでもない音量で“黒電話”のベルが鳴り響いた。

 この旧型の機械の呼び出しは、とにかく五月蠅うるさい。

 目覚まし時計と同じ種類の、不意に聴こえると心臓が止まりそうになる類のものだ。


「はい……もしもし、七支ですが」


 這うように受話器を取って応答すると、自分でも……びっくりするような、腑抜けきった声しか出なかった。

 電話のもとは、珍しく――――同級生だ。


『うい、私メリーさん、今あなたのおうちの風呂場にいるの……』

「うちにフロはねーよ。いきなり何言ってんだお前は」

『少しぐらい驚けよ、つまんねぇな……』

「そんなテンション低い棒読みの男の声で誰が驚くかよ」


 相変わらずよく分からないノリの冗談を飛ばしてくる柳をかわして、無理やり本題に繋げる。


「で、何だ柳。何か出たのか?」

『何もねぇよ。それよりお前こそ何だ。妙にシケてんぞ』

「……いや、大丈夫だ」


 あの昼休みの一件以来、どうも二人と話すのは緊張するようになったからかもしれない。

 そして今日……咲耶もその緊張の面子に加わってしまった。

 夏休みの話を振れば、明らかに様子をおかしくした柳と八塩さん。

 夏休みの話を振ってきておいて、答えれば明らかに狼狽した咲耶。

 そのどちらと接するのも、もう緊張は避けられない。


『オウ。んで……本題な。明日の一限、体育に変更だとよ。ジャージ持って来いって』

「体育? 分かった、どうもな」

『……じゃぁな。俺は伝えたぜ。これで忘れてもお前のせいだからな』


 それだけ言って……こっちから何か言う前に、さっさと切られてしまった。

 多分、柳は何か勘付いた。

 察してもこいつはそこを掘り下げるような事をしない、その間が今の会話に確かにあった。



*****


 俺はこの村へ来たあの日、咲耶と会った。

 知らない。

 咲耶の事など、知らなかった。

 この村の事など知らなかった。


 だが――――それはいつからだ。

 知らないのは――――いつまでだ?


 いつを基準にして、“咲耶を知らない”と?

 俺が、自分を知ったのはいつからだ?

 俺の記憶は――――いつまで遡れる?


*****


 夢の中で思い出せたのは、おそろしく険しい顔をした老人の顔だ。

 鷹のように吊り上がった目をしていながらも、俺の手を引いて……ヤクザの本部みたいに広い家に招き入れてくれた。

 その時の感情の動きは、どうしても思い出せなかった。

 怖い顔をした老人も、暴力団本部みたいな屋敷も、その状況の異質さも、どんな感情があったのか思い出せない。


 少しそこから日が経って、柔和な微笑みを湛えた、四十代ほどの女の人が目に映った。

 たぶん、昼飯の時間だろうか。

 立っている俺の目線と、テーブルの上に置かれた皿とが同じ高さだった。

 湯気を立てていたのは、黄色い薄焼き卵に包まれた、旗の立っているオムライスだった。

 その向こうに見えた爺ちゃんの顔は、食べ慣れないものを前にして複雑な表情を浮かべている。


 さらに日が経って……俺は、学校にいた。

 だが、そこは――――変だ。


 廊下には人気ひとけがなく、唯一隣を歩いている先生だけ。

 やがて教室の前につくと、俺は耳打ちされて、しばしの間教室の前側の戸の前で待たされた。



*****


 目が覚めると、目じりに残った涙の痕を拭った。

 そうだ、思い出した。

 俺は――――あれ以来、遅刻や何やで独り教室に入るのがキライになったんだ。

 好奇の目が嫌いだ。

 いっせいに向けられる知らない視線が突き刺さる感覚は、いやなものだった。

 また教室に入ると……知らない人間で埋め尽くされているような気がして、何が何でも朝は早く起きて、教室に人が集まらない内に入るようにしていた。

 あの時の質問攻めもイヤだった。

 父さんは何をしている人なのか。

 家はどこなのか。

 今度遊びに行ってもいいか。

 好きな教科は何か。


 どうして、忘れていたんだ。

 どうして、気付かなかったんだ。

 俺は、“転校生”だった。


 小学校の半ばから……“俺”が始まっている。

 だが、そんな事があるものか。

 詳細ではなくても、三歳四歳、入学式や新一年生の思い出ぐらいは普通おぼろげにでも思い出せるはずだ。

 なのに、何もない。


 それ以前の事が――――気持ち悪いほど抜け落ちていた。


 俺の、それ以前は――――――いったい、どこにこぼれた?





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