志旬季。
<仲谷研吾の場合>
”あームカムカする。”
この時の俺はいつものように部屋に閉じこもり、一人でパソコンに向かっていた。
「研吾ー。ごはんよー」
気軽くていいな、と怒りながら思う俺にかあさんはいつものようにのんびりと1階から話しかけて来る。
「うるせぇ!」
よく、青春ドラマなんかであるパターンだな、と俺は思ったが直ぐに切り替えてパソコンへと目を戻す。俺は焦っている。この前の期末テストでは少し手を抜いてしまった、というか遊びまくってしまったため大学への推薦がもらえないかも知れないのだ。俺は近所の高校へと入学したものの成績は良くない。学校では成績の話は思った程出なかったが、家族となるとどうも誤摩化す事が出来ないのだ。やはり、これも決まったパターンなのかあいにくテスト返しの日によって、帰りがとうさんと一緒になってしまった。さらにかあさんがおしゃべりな為か、とうさんにまで伝わっていて、とうさんはどうしてもその話に持って行こうとする。だが負けたもんじゃない。家の鍵を開けるなり、俺は二階へと閉じこもった。これもよくあるパターンだ。長々と話してしまったが、本題に入るとしよう。
俺はいつものように息抜きとしてパソコンを立ち上げてみんなのリアルタイムを覗いていた。俺のフォロワーは他の奴らよりも断然多いだろう。(現実の友達は少ないのだが)リアルタイムにはみんなの行動がすぐに読み取れる。名前は”ダイヤモンド”で登録している。本名で登録する人が多いが、家族に発見されて面倒になるのは嫌だ。だから、ゲームのキャラクター、ダイヤモンドをニックネームにしている。ちなみにこのキャラはゲーム内では最も強いのだ。5分程見ていると、気になる投稿を見つけた。URLだけ貼付けられた投稿だった。誰が投稿してたかは覚えていない。気になったのも、興味があったのもあったので、ワンクリックする。変なサイトだと自然にロックが掛かるのでうちのパソコンは安心出来る。新規ウィンドウが開き、すぐさま見覚えのあるブログサイトへととんだ。誰かのブログなのだろうか。見てみると、予想は的中だった。なーんだと思いながら、少し覗いてみる事にした。ブログの題名は
”志旬季”
少し目を通すだけだったつもりだったのだが、見てると共感出来る部分がいくつかあった。
「8月5日/16:30 ○○ゲーム、攻略しました!…なんか前シリーズは達成感あったけど面白かったはずなのになーんかつまんないなぁ。」
「8月22日/13:23 今日は晴れ。晴れは嬉しいはずなのに、雨の方が私の気持ちに似合う感じがする。」
プロフィールを見ると同い年の女子、が書いていると言う事が分かった。女子ってコミュニケーション取りにくいんだよなーなんて思いながら共感出来る所があった。話しかけるだけと思って、コメントを送った。
「10月18日/17:02 件名:初めまして☆ 返信先:ダイヤモンド
初めまして、ダイヤモンドと言います。共感出来る部分があって、とても素敵なブログだと思います。」
短い文となったが、長いと怪しまれるんじゃないかと言う俺の未熟な判断から、躊躇いながらも送ってみる。送信完了の文字を確認すると、テレビが番組のオープニングと共に17:30を教えた。若手芸人が出て来て、ネタを披露する。その後は大喜利が始まり、お客さんを巻き込んで笑いが起きる。そんなテレビを見ながらかあさんが持って来た夜食を食べた。今日の夜食はシチューだ。廊下に置いてあった為か、冷たくなっていたが、かあさんの作る飯はいつも上手いなぁと痛感した。
シチューを平らげると、久しぶりにリビングを通り台所へと食器を下げる。いつもは廊下を通って学校に行くので2週間ぐらい、リビングにも家族にも関わる事は無かった。というかこちらから無視する事が多くなった。食器を久しぶりに洗う。
「あら、珍しいわね。」
かあさんはいつも呑気な感じで言う。俺はいつものように無視した。俺の家族は4人家族。母・父・俺・弟の4人だ。仲が良い訳でも悪い訳でも無い。皿を洗い終わると何も言わず自分の部屋へと向かった。2階へ向かう前にちらりと横を見ると父はいつものように本を読んでいて、弟は受験勉強。母は明日のママ会に向けて準備をしていた。一言もしゃべらず上に向かう。自分の部屋は一番落ち着く。ベッドに横たわると、俺はしばらくボーッとしていた。最近、こういう事が増えている。小学生の時までは、思った事を全て言うようにしていたが中学となると溜める物が多くなった上にぼーっとする事が多くなった。とその時、ピロロロンとパソコンがメールの通知を告げた。すぐさま、確認してみるとやはりあのブログの女の子からだった。
「10月18日/18:08 宛先:ダイヤモンド 返信先:メルン
初めまして♪コメ、ありがとうございます!共感してくれる人が居るなんて…嬉しいです。
是非、仲良くして下さいね。^_^」
ここで初めて相手の名前が分かった。メルンと言う女の子らしい名前だ。だが、まだ信用は出来なかった。誰かが成り済ましているなんて、ネットのあるあるである。それでも俺は直コメを貰った事にとても嬉しかった。直コメなんて100人に一人しかしてこない。メルンのブログを再び見てみると、今日のブログが更新されていた。題名は「ファンが増えました♪」だった。もしやと思った俺はその確率に少し期待しながら一番上に来ている、ブログを閲覧した。
「10月18日/17:42 今日はファンが増えました♪ダイヤモンドさんです!毎日のんびり下らないブログに始めて共感してくれました。嬉しいなぁー♪」
早速、絡んできた”メルン”と言う人物は思ったよりもお互いに気が合う事で、俺はまだ半信半疑になりながらもメルンとの交流を続けた。このメルンと言う人物は案外、心を開きやすい奴で家族や友達の事、秘密にしている事まですんなりと話せた。(勿論、直コメだが)俺の唯一の息抜きだった。それから、受験も近づき学校も騒がしくなった。他の奴は休みが多くなったり夜まで勉強していると言う事だった。俺は幼い時から家族に生活のリズムを厳しく取り締まられているせいか、学校を休みたくても行かなきゃと言う思いの方が多かった。学校に行ってもほぼ、一人だ。本を読んだり、勉強したり少しガリ勉を気取っていたのかも知れない。小学校の時は運動三昧で将来の夢はスポーツ選手と決まっていた俺だったが、いざスポーツ一本でやるとなるとどのスポーツが将来になるのかなんとも言えない状況だった。未だに将来の夢は決まっていなかった。そんな時だった。
メルンはこの悩みにも乗ってくれた。どんな悩みでも必ず返信してくれるのが彼女のいい所だ。
「12月1日/17:32 宛先:メルン 返信先:ダイヤモンド
どうしよう、将来の夢が決まらないよ。メルンは何になりたいのかな。俺に似合う仕事って無いのかなぁ」
普通の受験生だったら、「お前の事なんて知らねぇよ!」とでも言いそうだが、メルンは違った。
「12月1日/17:59 宛先:ダイヤモンド 返信先:メルン
私も決まってないよー。でも、ダイヤモンドは文章構成が上手だから、作家にでもなれば?1回自分の好きなように物語を作ってみなよ」
そういえばこの頃になると完全にタメ口だった。しかも1日に1回、俺が返信すると30分以内には送ってくれる。完全に彼女彼氏状態だった。だが、そうなるとどうも彼女が目上の人に見えて来た。お互い同級生だと言う事は1回話した事があるが、本当に同い年なのか?と思う程、メルンは俺にとって尊敬する友達だった。だからこそ…会ってみたいと思った。だが、メルンは会う様な話になると話をそらすようになる。何故かは分からないが、メルンが嫌がっているんだし、関わらない方が良いかも、と言う判断をした。学校には相変わらず行っていたが、他人と関わる事が無いので幽霊的存在になっていた。授業中、給食中、部活中…何をやっていてもあのブログ以外、面白い事は見つからなかった。2学期の終盤に差し掛かると、期末テストが近づく。中3の2学期末テストと言えば、受験に多く関わる。何としてでも良い点を取って、推薦を貰いたい。俺が目指すのは、難関の公立高校。これまでの成績ではギリギリな気がする。だから、焦っているのだ。そんな時だった。俺にとって致命的な事が起きてしまったのは。小さい勉強机でいつものようにあったかいレモンティーを飲んで勉強していた俺はふとした拍子にマグカップを落としてしまった。割れる事は無く、勉強にも支障は無かったもののあいにくパソコンにダメージが…。まだ、マグカップの半分程は残っていたはずのカップは全部ひっくり返し、そのうちの3分の2ぐらいはキーボードやら、充電部分に染み渡りさっきまで明るかった画面が一瞬にして闇に包まれた。俺は声も出ず唯一、メルンと繋がっていた通信手段が遮断されたと思うと悲しみ、怒りさえも思い浮かばなかった。少し経って、冷静になると今度は別の問題が浮かんだ。そうだ、これはとうさんから買って貰ったパソコンだったよな。いや待てよ、壊したらもう何も買わないとか何とか…。頭の中にはやばい!しか浮かばなかった俺は急いで雑にパソコンを拭き、本棚と机のわずかなスペースに隠した。運が良かったのか、パソコンの表面にはこぼれていなく中を開かないとレモンの匂いがする事も無い。とりあえず、今は勉強だと思いパソコンの事は忘れて勉強しようと思った。だが、勉強しようと思えば思う程、メルンとの会話が頭に浮かぶ。今はどうしているだろうか?もう、メールは来ているだろうか?今、何をしているだろうか?…。インターネットが唯一の通信手段だったのに。俺は3ヶ月程知り合って、まだパソコンの世界でしか通じ合えない事に自分に腹を立てた。問題を解こうとしても無意識に手が止まってしまうのであった。その日の夜、いや深夜だったから日付が変わっていたかもしれない。トイレに行く時に廊下でばったりと、とうさんに会った。そしてとうさんは何かを悟ったかのように俺に尋ねて来た。
「パソコン、大事にしてるよな?」
「あっ、ああ。勿論だよ。」
やばい。とうさんと目を合わせられない。不思議そうに俺の顔を覗いて来るとうさんを振り切り、俺は部屋へ逃げ込むように入り寝るのに努力した。次の日からの俺の生活は散々だった。勉強でも休憩時間でもぼぅーっとしてしまうし、妄想野郎と変なあだ名までつけられた。やがて、夕方になり部活となった。俺の所属している、演劇部は部員数が少ないため文化祭は大変である。客が入れ替わりと言えども、少ないためなかなか入れ替わらない。そのぶん、劇を長くしなければいけない。すなわち一人一人のセリフが長くなるのだ。勿論、今は文化祭は無いのだが…来年の部員募集にむけての劇を考えなければならないから今は大切であり、かつ部員全員が忙しいのだ。今日も慌ただしく動く部員の群れに浮く、俺。ボヤーっとしていると怒られそうなので他の部員の手伝いをしようとするが、あっけなく断られる。そんな事をしていると手伝えと命令される。じゃあ、どうすれば良いと言うんだ。そんなとき、サポートしてくれるのが脚本家と演出家を両立させちょいちょい演技もする、天才の同級生・江田だった。いつも明るく無邪気な彼女はとても魅力的だったが、メルンには勝てなかった。
「仲谷くーん!もうすぐ、出番だからねー!」
いつもの通る声が響く。俺は劇の邪魔にならないようにOKサインを出した。たちまち、笑顔になる江田。そんな彼女を見ている余裕も無く、俺は出番へとなった。
今、演劇部が取り組んでいるのは「トリスの夢」という作品だ。男女4人ずつで構成されるこの劇は約80分かかる。ちょうど8人居る、(顧問も含め)という理由で急に始めた劇だったが俺的にはこの3年間の演劇活動の中での集大成でもあり、一番気に入っている作品である。だからこそ、部員に最初で最後のお願いをし見事主役を演じる事となった。いつも脇役だった俺が精一杯演技を発揮出来るこの場所。主役と言う責任を感じながら、劇に励む。セリフは長いのから短く細かい動作まである。人前に出るのが苦手だったから、無理やりかあさんが進めた部活でもあった。最初の1年は演じると言うのが死ぬ程辛く、先輩からも心配されるぐらいだった。演技のうまい江田なんかは一年の頃から主演を普通に取っていて、勿論今回も主役の次に大事なヒロイン役。脚本もやっている為、演出は顧問がやってくれるのだが…やはり江田の方が良いのかもしれない。演出がアナログ過ぎるのだ。ビデオにしようとすると、画質は悪いわ、音質は悪いは…結局最後の編集は放課後残って江田がする事となった。後ろでおーと小さい歓声を上げる、顧問と俺。
「はいはい、終わりましたよ。どうですか」
「おー、ごめんね。先生、何にも分からなくて」
頭をかきながら、感謝する顧問。
「本当ですよ。もう私、帰りますからね」
そう言って、帰ろうとするので俺もついて行く。
「何でついてくんのよ。受験、忙しいんでしょ」
追っ払おうとする。普段なら「はい」と大人しく済む訳だが今日はそうとは行かない。
「いや、ちょっとお願いしたい事があってさ」
「何?早く終わらしてね」
気遣ってくれているのか、早く帰りたいのか分からないが事情を説明した。
「江田なら機械詳しいから、パソコンの直し方分かると思ってさ。」
そんなこんなで、江田が直してくれる事となり家まで来てくれた。
「これー、なんだけどさ」
「うわー。ひどいね、こりゃ」
俺が言ってから即答だった。かなり眉間にしわを寄せている。
「内部から故障してるから、持って行かないとダメだね。保険書とか無いの?」
親からのプレゼントだ。俺は持っていなかった。それから、30分も点検してくれたんじゃないだろうか。念入りに確かめる江田を、俺は見ているだけしか出来なかった。
「そっか。コレが壊れたからボーッとしてたのね」
ボーッとするのはいつもの癖だが、ボーッとすると言うよりも直ぐにメルンの事を考えてしまっている自分が居た。
「おーーーーい!」
「あっ、ああ」
またうっかり、自分の世界に入ってしまった。
「このパソコンの一番必要なデータは?」
構わず質問して来る江田に、俺は即答した。
「勿論、インターネットが一番大事だよ」
「そんなに大切なデータなのね。それなら、尚更私なんかに頼らないで専門店行ってちょうだいね。じゃあね!」
急いで出て行く江田を見送る余裕も無く、汚れたパソコンをまた隠す。ふと時計を見ると、二つの針が6を指していた。
「ヤッベ、こんな時間じゃねえか」
さっきまで真っ白になっていた頭を切り替え、勉強へと姿勢をうつした。
時が経ち、期末テスト当日になった。成績は自己記録を大きく上回り、推薦はすぐそことなった。だが、俺の顔は相変わらず曇ったままだった。パソコンが壊れてからメルンは何をしているだろう。返信も出来ない辛さに俺は時々、眉間にしわが寄る。もしかしたら、俺の事なんか忘れているかもしれない。それにインターネットで繋がっていたとしてメルンがどんな奴で何処にいて…そして本当に同い年なのか?という思いがこみ上げて来た。今まで親しくしていた奴を疑うなんて…自分でもビックリして部屋で頭を抱えた。下からは両親の笑い声が聞こえて来る。弟と俺の受験が上手く行きそうで余裕ができたんだろう。そういえば弟には最近、顔を合わせていない。弟のドアをノックした。答えが無い。「入るぞ」と言って入ると相変わらず俺と同じように勉強ほったらかしで、ゲームじゃねぇかよ。弟が俺を二度見すると、焦るようにDSを閉めた。
「言わないでくれよ。かあさん、今上機嫌なんだから」
そういう問題か、と思ったが用件を思い出し弟に問いてみた。
「勉強、捗ってんのかよ。」
自然に切り出したつもりが不自然になってしまった。
「かあさんから聞いただろ。じゃなかったら、こんなに楽してらんねぇよ。」
背伸びして言う弟の背中は思った以上に大きくなっていた。なんだか自分が父親になったみたいで、正直嬉しかった。
「おい、兄ちゃん!何ボーッとしてんの寒いから閉めて。」
理解に数秒掛かったが「ああ」といい、ドアを閉める。
「あと用件は?無いんだったら勉強した方がいいんじゃないのー。」
急に皮肉っぽく言って来たので何か焦っていると読んだ。弟がそんな風に誤摩化すときは、たいていそんな事だ。
「なんだよ。また何か隠してんのかよ?」
俺が冗談まじりにくすぐると、散らかった机がさらに乱れて受験資料らしき物が床に散乱した。元々の床も汚かった為、余計にぐしゃぐしゃになったのかもしれない。
「あーあ。兄ちゃんはドジだなぁ」
お前が暴れたせいだろ、と言うセリフは飲み込んでおこう。一緒になって片付け始めた俺はふと、さっきまで弟がいじっていたDSに目が着いた。弟が後ろの書類を拾っているうちに俺はDSをそっと開けると、インターネットに繋がっていた。そして次の瞬間、頭に光が走った。
「おっおい。これ、どういう事だよ!」
声の音量がどんどん上がる俺に困り顔の弟は平然とした口調で「何が?」と言って来た。
「このブログを…何処で見つけたんだよ!」
ヒステリックになった俺の声は古い家に響いた。
「友達がすすめて来たんだよ。今、めっちゃ話題になっててさ。人気のブロガーなんだってさ。それで…」
その後は聞こえなかった。と言うよりは俺の方がシャットダウンしたんだと思う。弟のDSを今にも奪いたい。そんなとき、ふと疑問が浮かんだ。
「お前は、コメントしたりするの?」
「ああでもさ、最初直メール来たと思って返信したんだけど、それから滅多にメール来なくて。忙しいらしいからしょうがないよ」
☆俺は躊躇いながらも尋ねた。
「なぁ…”ダイヤモンド”って言う奴、知ってるか?」
「ああ。メルンさんと関わりのあった人だろ?」
「そいつの事…なんか言ってたか?」
弟は少し考えた後に思い出したように顔をあげた。
「だいぶ、ブログに出してたからなぁ。でも、突然通信が切れたらしくて…。コメントではみんな『はめられたんだよ』って言ってたけど、信じてないんだよ」
俺は咄嗟に弟の3DSを借りて、その時のブログを見る。
「1月6日/12:53 ダイヤモンドさん
最近、ダイヤモンドさんが返信をくれません。
こんな事言ったら、だまされたとか言われるかもしれないけど
私は信じています。皆さんがなんと言おうと。」
この後には、メルンの後ろ姿の写真が載っていた。自分は本物だと示す為だろう。
「この時からだよ。自分の後ろ姿を載せてんのは。可愛いよなー」
思ったより髪が長くて、自分と同じ位の身長だろうか。他のブログの後ろ姿でも表情は読み取れないのに、写真に引っ張られる何かがあった。まだ本人とは断定出来ないはずなのに、俺の頭の中ではすんなりとメルンだと分かった。
「メルンさんがどうかしたのか?」
ボーッとしていた俺に弟が不思議そうに聞いて来る。
「あっ、いや」
明らかに不自然な、会話だったが気を紛らわす為に自分の部屋に戻ろうとした、その時。
「このブログ見たいなら、パソコンかスマホで出来るだろ」
「知らねぇのかよ。受験勉強と同時にスマホ、取り上げられただろ」
「あーそっか。でも、パソコンがあるだろ。」
俺は明らかに焦りを隠せなかった。
「えっ…兄ちゃん、また壊したのか?」
「こッ…壊す訳ねぇだろ!バカ、言うなよ。」
何かを察した弟は、躊躇無く俺の部屋に入って来た。
「ちょっ何してんだよ!」
様々な焦りを隠せなかった俺は弟の前に立ちはだかった。
「パソコン、借りるよ」
「いや…今使用中で」
「何処にあんのかなぁ?」
バカにする様な口調に怒りを覚えた俺は、
「いいから!勝手に入ってくんな!」
それから、ドアの外でパソコンコールが始まった。下にいる親に聞こえてしまう。
「兄ちゃん…DS貸せないけど、スマホ貸すから教えてよぉー」
急に弟ぶるのが、憎たらしかく中学生のくせに生意気だな、と思った俺はたまらずドアを開け
「弱みを握っても絶対。絶対!誰にも言うなよ!」
俺は念に念を押して、ゆっくりと例のパソコンを取り出す。
「ウワァーーオ!やっちゃったね、兄ちゃん。」
「しー!静かにしろよ。お前と同僚にしか言ってねぇんだから。」
「マジかよ。いつか、バレるんだろ?」
これには、何も言えない。
「で、なんで兄ちゃんはメルンさんのブログを見たいんですかー?」
またおちょくってきた。弱みを握られた今では反論は出来ない。昔から弟は人の弱みを探すのが得意だ。☆仕方なく、でも俺は誤摩化そうとした。
「俺のクラスでも流行ってるからさ」
明らかに嘘なのに、弟は興味が無くなったように部屋から出て行った。俺は深くため息をつくと、ふと大事な事を思い出し、ついさっき出てったばかりの弟を再び追いかける。
「おい!スマホ、貸してくれる約束だったろ!」
自分の部屋でニヤニヤしながら待っていた弟は、さらに俺を問いつめる。
「なぁ、なんか隠してんだろ?」
急に上から目線で言って来た弟から力任せにスマホを奪う。
「しばらく、借りるからな」
俺がそそくさに部屋から出て行こうとすると、
「履歴、消しても無駄だからねぇ。」
この日は夜遅くて、とてもブログを見る気にはなれなかった。眠ろうとしても、眠ろうとしても、メルンの事が頭に回る。手に弟の携帯を握り、メルンの事を打ち消すように無理やり目を閉じた。
翌朝、学校前にスマホを開く。インターネットをつなぐと、メルンのブログがブックマークに入っていた。たちまちウィンドウを開く。ログアウトして俺のパスワードでインしてみる。メールは毎日、届いていた。最新のブログにコメントする。コメント用の所に矢印を当てて、何を書こうかと考える。悩んで悩んだが、何も浮かばなかった。その不安定な気持ちのまま、俺は学校へと向かったのだった。教室に着いてからもどうする事も出来ず、授業中にスマホの液晶画面を見つめていた。
「仲谷!何している!」
あいにく、教師に見つかってしまった。俺とメルンとの通信手段だった四角い箱は、事情の知らない大人たちによって閉ざされてしまったのだ。
「仲谷は後で職員室に来い!分かったな?」
あいにくの呼び出しで俺の希望は失われた。親からの呼び出しがかかり、あいつの携帯だとバレるだろう。叱られるのが怖いんじゃない。メルンとの距離が離れて行くようで怖いんだ。
あいにく、両親にはこっぴどく叱られてしまった。放心状態だったため、耳から入って耳から抜けるとはこの事だと思った。そのおかげで説教が一時間程伸びた気がした。