第貮話 ~ 襲撃 ~
第貮話 ~ 襲撃 ~
向かい合うのは、少女と青年。少女は刀を、青年は槍を構え、互いに機を窺っていた。
少女の顔は、真剣そのものだ。額を伝う汗が少女の凄まじい集中を表している。一方、青年の方は不敵な笑みを浮かべ、余裕を感じさせた。
得物だけを見れば、槍を持つ青年の方が不利に見える。だが、それを覆すほどの経験の差が、二人にはあった。
「どうした? 来ないの?」
笑みは崩さず、青年が言う。明らかに挑発だ。それに素直に乗るほど、少女も馬鹿ではない。ふぅん、と青年が興味深げに、面白がるように反応を見る。
「じゃあ、俺から行くよ!」
青年が、一歩を踏み出す。その一歩で少女との間合いはほぼ無くなった。それでも、少女に驚きの表情は無い。
青年は勢いを殺さずに槍を突き出した。それを少女は手本通りの綺麗な所作でいなす。
「へぇ! やるねぇ!」
青年が感嘆の声を上げた。それに気を取られることもなく、少女は青年の足下を蹴り払いにかかる。だが、それは青年の跳躍によって躱される。
今度は青年が身体を回転させて少女へと槍を打った。それを少女は屈んで避け、下から刀を振り上げる。
しかし、それも青年の器用なまでの身体使いで、槍を支えにひょいと避ける。さすがに躱されると思って無かったのか、少女の顔に悔しさが滲む。
だが、青年は相変わらずへらへらとしていた。
「凄いね! さすがに中等部首席なだけはある。けど......」
言い差して、青年が視界から消える。距離はあったが、油断なんて微塵もしてなかった。それなのに、青年は少女の意識の隙間を縫って、忽然と姿を消したのだ。
慌てて追いかけようとしたが、既に遅かった。青年はいつの間にか少女の背後へと回り込み、彼の槍は少女の喉元へと突き立てられていた。
「そんな動きじゃ、死んじゃうよ?」
「くっ......」
少女の頬を冷や汗が伝う。慢心は無かった。けれど、本物との差は歴然だった。
出雲が槍を下ろす。斎の顔には僅かに悔しさが滲んでいた。
「まあ、それだけ動ければ心配はないけどね。無駄も少ないし、後は速さをごぶふっ!」
また出雲が視界から消える。呻き声と共に...。
驚いて目を丸くする斎の耳に真剣のような鋭さを持った声が届いた。
「斎を虐めるな。全く、この男は......」
「あ、藤宮少尉......」
斎が、姿勢を改める。それを少尉と呼ばれた少女が苦笑いで返した。
「同じ歳なんだからそんなに改まらないで、かぐらでいいわ。私も斎、て呼ぶから。よろしくね」
かぐらがウインクする。同性だが、斎をどきりとさせる凛々しさがかぐらにはある。彼女も漣隊の一員だ。この歳で少尉と言うことは家系も去ることながら、実力も相当なのだろう。
だが、その見た目は年相応、若干大人びて見えるくらいだ。
日本人らしい漆黒の髪は、高い位置でポニーテールにしている。髪を結ぶリボンは、名前と同じ綺麗な藤色だ。凛とした雰囲気も含め、『武士』といった印象を受ける。Cl-Asが刀状なのもよく似合う。
「こ、こちらこそよろしくお願いします! そ、その......かぐ...ら」
斎が赤面しつつもかぐらの名前を絞り出す。なぜこうなっているのかというと、日本帝国の中等部はほとんど全員が階級を付けた名字で呼び合うからだ。よほど親しくても、敬称を外すことはほとんど無い。
だから、親族のような間柄以外を呼び捨てにする事は、斎にとってとても新鮮なことだった。
「か......」
「か?」
「可愛い!!!!! 何なの!? 斎ってあれ?! 天使!?! 天使なの?!! うっかり迷い着いちゃったの!?!!?」
当然、かぐらはこうなるのだった。真っ赤に顔を染めた斎に構わず、かぐらは力強く抱き締める。もちろん、頬を擦り合わせることも忘れない。ここまで来ると変態だが。しかし、かぐらの至福の時も、後ろからの声によって中断させられた。
「藤宮! お前、Cl-Asで殴っただろ!!」
後頭部を押さえながら出雲が詰め寄って来る。その顔は若干半泣きにも見え、先程のかっこよさは消え失せていた。
だが、怒濤の勢いで責める出雲に対し、かぐらは悪びれもせずに冷たくあしらう。
「うっさいわね。良いじゃない、死んでないんだし」
「良かねぇよ! すげぇいてぇんだぞ?! 峰じゃなかったら死んでたよ!!」
「ほんと、なんでこういう時に限ってうっかり逆に生成しちゃったのかしら」
「わざとじゃねぇのかよ! 殺す気だったのかよ! こえぇよ! 仮にも上官だぞ!? 歳上だぞ!?」
「仮なんでしょ?」
「揚げ足とるなよ! 何も言えなくなるから!!」
そんな二人のやり取りを見て、斎がクスッと笑う。
「お二人は仲が良いんですね!」
斎がにこやかに言う。定石ならここで言い合っていた二人が同時に反論し、仲良いですよアピールをする所なのだが、どうやら二人は本当に仲が悪いらしい。
二人の顔が怒りよりも恐怖でひきつっているように見えた。
「斎、お願いだからそんな恐ろしいこと言わないで」
懇願される斎は苦笑いを浮かべる他なかった。
「まあでも、こいつの言ってることは正しいわ」
「だから、俺じょうか......」
「ANの動きは操縦者に依存するから、鍛えて損は無いわよ」
出雲の意見を黙殺し、かぐらは斎だけを見て会話をする。ここまで毛嫌いされるといっそ清々しいが、彼の名誉のために何をやったかは聞かないでおこう。
「さて、訓練も一通り終わったんでしょ? じゃあ次は実戦と行きましょうか」
かぐらはそう言いながら、CR.A.D.を装着し直した。
トーキョーセクターの沿岸部に位置する施設が、アレスに襲撃されたらしい。斎達は、その救援に向かっていた。
ここ、トーキョーセクターは、規模に比べて圧倒的に防衛力が低い。極東という立地。最前線という状況。どれを取っても、進んで来るような場所ではない事は明白だ。
その為、ここに所属するのは、ここの出身者か左遷等である。それでも、日本帝国への驚異や、希少資源の確保としては有効に働いている。
今回斎達が救援に向かったのは、採掘施設の一つである。大型のアレスは別動隊に任せ、施設内に取り残された人の救助が主任務だ。その為、相手は比較的小型のアレス、ε-classとη-classだ。
「あれ? 隊長は?」
そんな説明を聞いていた斎が、車内の人数が足りないことに気付く。自分含めて三人、一人はどこかに派遣されているらしいから、隊の人数は現在四人。一人足りていない。その質問に、隣に座ったかぐらが答える。
「幽なら外よ。彼、専用機持ちだから」
「え! 専用機?!」
斎が驚いた声を上げる。と言うのも、日本帝国で専用機を持つことが許されるのは、天皇に武勲を認められる程でなくてはならないからだ。
少なくとも、斎と同年代である幽が持てるような物ではない。これが財政の差かとも思ったが、どうやら違うようだ。
「そりゃあ、量産機一機でθ級の集団を倒しちゃうような人だしね。うちの運転手より遥かに強いわよ」
「誰が運転手だ」
かぐらが冗談めかして言うが、斎は驚きを隠せなかった。
θ-classは、アレスの中でも知能が高く、それでいて戦闘力も高いと聞く。AN五機で挑むか逃げろ、とまで言われる存在をたった一機で複数倒したと聞けば、どれだけ桁外れの強さかがよく分かる。専用機を持っていることも頷けた。
「斎、着いたわよ。ほら、呆けてないで早く動く!」
いつの間にか、目的地に着いたらしい。かぐらに言われ、急いで車から降りる。
目の前には、嫌な雰囲気を放つ施設が悠然と建っていた。後ろを振り返れば、海岸線沿いで戦闘を繰り広げるANの姿が見える。
あの中に幽もいるのだと思うと、少なからず不安を感じた。だが、今は目の前の事に集中するしかない。
「かぐら、アレスの規模とか、分かる?」
「あ、やっと呼んでくれた。あれ以来呼んでくれないから、もう呼んでくれないのかと思った」
かぐらが少し嬉しそうに微笑みながら、CR.A.D.を操作する。CR.A.Dには、端末としての機能も備わっているようだ。情報を表示させてから、斎にも見えるように向きを直してくれた。
「だいたいε級とη級を合わせて数十匹ね。上手い具合に逃げ切れてるみたいだし、早いこと片付けましょうか」
そう言って、三人は施設内へと入った。
司令部本部。資料を眺めながら、クラウスが感心するように声をあげる。
「すごいなぁ、ここ最近のアレスは。実に頭が良い」
資料に書かれているのは、アレスの襲撃によって壊滅的な被害を受けた軍事施設の一覧だ。レーダー施設や軍港、武器庫、発電所、そして、今回の採掘場とピンポイントで落とされている。まるで、人為的な意図があるかのように。
「ここの司令としては、こんなこと見過ごせないよねー。一体、誰の仕業かなー」
気の抜けたような声だが、顔は至って真剣だ。トーキョーセクターの住民の命を預かる以上、危険に晒すことは出来ない。いや、そんな真似は許さない。クラウスにも、軍人としての責務がある。
いくつかの心当たりなら、クラウスにもあった。まずはそこから探ろうと思いながら、クラウスは再び資料へと目を落とした。
随分とお待たせしてしまって申し訳ありません。
第貮話、ようやく投稿できました。
どこまで書くか、とても悩んだんですが、どうでしょうか?
楽しんで貰えれば幸いです。
最後に、この話を読んで下さってありがとうございます。次回もよろしくお願いいたします。