第壹話 ~ 灰髪の青年 ~
とうとう書いてしまったCurse-PURの別時系列作品!
今回は紅峰斎率いる紅峰隊の方々の過去編と言うやつです。
偽り~から二年前のお話となっています。
まだそんなに出てきてないけど、斎の存在感は群を抜いている...はず。
なにより、斎を使いたくてこのCurse-PURという作品を作ったくらいには作者にとって思い入れのあるキャラです。
確か、斎のキャラ構想は四年位前には完成していたと思います。
こちらだけでも十分世界観が伝わるように書いているつもりですが、Curse-PUR~偽りの英雄譚~と合わせて読んでもらった方が分かりやすいと思います。
最後になりましたが、この作品を読んで下さり、本当にありがとうございます!
感想等残してもらえれば、今後の励みになります。
これからもこの作品ともども、どうぞよろしくお願いします。
序章
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無音の艦内。風によって起きるわずかな揺れに身を任せ、軍人、紅峰斎は映し出されるデータに目を通しながら、報告書を製作していた。
室内に木霊するのはペン先が紙と擦れる音のみだ。腕時計は慣れ親しんだ日本帝国標準時が表示されている。掛け時計の方は現地時刻を指しており、午前二時をとうに回っていた。
斎が一息ついて、窓を見る。外が暗いせいで、窓には自分の姿が写し出される。
「......我ながらひどい顔だな」
窓に写る自分の顔をみて、斎は自嘲気味に嗤う。疲れからか、目の下に隈が出来ていた。紅みがかった黒髪も、艶を失っている。特徴的な灰髪の束も少しくすんでいた。
普段、斎は人一倍身だしなみに気を使っている。外見は人を表す。軍人として自分を律するためにも、服装は重要な意味を持つ。
「そう言えば、居たな、周りにも。身だしなみなど一切気にしてない人が、何人か...」
そう独り言ちながら机に立ててある写真に目を写す。そこには、数人の少年少女が楽し気に写っていた。
その中の一人に目が留まる。一人だけ、全く笑っていない。ふいにおかしくなって、顔が綻んだ。だが、その表情はどこか痛ましげだった。
「私は、赦されたのだろうか?なあ、幽...」
その呟きは、しかし、肯定も否定もされず、狭い室内を回るだけだった。
第壹話 ~ 灰髪の青年 ~
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極東の国。小さな島々が連なるこの国は、日本帝国と呼ばれていた。G.C.O.による世界統一から数十年が経った今でも、中立を貫く国だ。
しかし、幾つかの主要都市はG.C.O.による直接統治下に置かれている。その様な都市はセクターと呼ばれていた。
この国の中央に位置する巨大都市トーキョーセクターもその一つである。
トーキョーセクターの中央部、近未来的なフォルムの建造物がそびえ立っていた。壁面には、『G.C.O.T.』の文字が輝いている。建物の名は『世界連携機構極東列島地域司令本部』。その中の一室で元気な声が響く。
「あの! 私、今日からここに配属された者ですが!」
扉が開くと同時に、少女は声を張り上げてそう言った。快活そうな顔は、緊張でひきつっている。肩口で揃えられた黒髪は僅かに紅みがかっており、少女らしさを際立たせていた。
「ん? あー、例の娘ね、入って入って!」
しかし、少女の意気込みに反して、返って来た言葉はどこか緊張感が欠けていた。室内にいる人数も一人だけで、少女の期待をことごとく裏切る形となった。
「こんにちは! 話は聞いているよ、紅峰斎ちゃんだよね? よろしくよろしく!」
妙に明るく、妙にフレンドリーな口調で女性が斎に話し掛ける。座っていた椅子から立ち上がり、更に捲し立てながら、女性は斎へと歩み寄る。
「やあやあ! 斎ちゃん、凄いんだってね! 中等部では首席だって? 憧れるなー! 私も一度は取ってみたかったよー! あ、自己紹介がまだだっけ? 私はクラウス・バルトリオ、一応ここの司令だよ!」
にこっとクラウスが笑う。クラウスは若干ウェーブのかかったキレイなブロンドの髪を右側でサイドテールにしていた。
文面だけを見ると幼稚に見えるが、喋り方や表情には大人の女性の色香や知性が感じられた。軍服も彼女を引き立たせるパーツに変わっている。
しかし、矢継ぎ早に繰り出される言葉が、斎を圧倒する。だが、クラウスは止まらない。
「こんなに広い施設なんだけど、実はそんなに人がいなくてね、八割くらいは使ってないんだ。なんせ、こんな端だからね、この国。私も全部は見てないから、気になったら自分で見といてね! あとあと、制服とかなんだけど、もう届いてる? 先週には送ったと思うんだけど......」
「司令、さすがに新人ちゃん、困ってますよ」
あまりの言葉の暴力に目を回していた斎の後ろから、男性の声が投げ掛けられる。
振り替えれば、いかにもチャラけた感じの青年が立っていた。
「紅峰...斎ちゃんだっけ? 俺は君と同じ隊に所属する橘出雲だ。よろしくな!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「やあ、いずもん! 待ってたよ! 実は君にしてもらわないといけないことがあってね!」
「自分の仕事は自分でお願いしまーす。あと、いずもんはやめてください」
出雲に対して深々と頭を下げる斎。その頭をぽんと叩きながら、出雲は室内へと入った。その行為に、斎が少しドキッとする。
反対に、出雲に素っ気ない態度をとられたクラウスは、少しむっとしていた。だが、すぐに気を取り直して、再び斎へと顔を向ける。
「本当はもう何人かいるんだけどねー。今日はいろいろあったから、皆出払っちゃってるんだよね」
いろいろ、と言うところに斎は心当たりがあった。
「アレス...ですよね? たしか、南海トラフから大規模な侵攻があったと...」
「そう、よく知ってるね」
クラウスの声音が、僅かに低くなる。あくまで、態度は変わらないが、目に軍人らしさが宿ったように感じた。
「アレス、本来なら火星にいるはずなんだけどねぇ。Curse-PURを追いかけて来ちゃったのかなぁ? ま、そのCurse-PURも今は宇宙の方がたくさんいるんだけどねー」
クラウスが言うように、アレスとは地球上にはいないはずの生命体。所謂、地球外生命体と言うものだ。そして、Curse-PUR。こちらは外見ではほとんど人間との差はない。
だが、人類はこの二種族を時に同等と見なして畏怖する。それは何故か? 答えは簡単だ。人類と異なる性質をもち、人類よりも優れた種族だと察しているからだ。
「斎ちゃん、煌粒子は知っているね? あれを使って、Cl-Asを造り出せるのがCurse-PURとアレスの特徴だと教えられたよね?」
「はい、そう教わりました。だから、過激派はCurse-PURもアレスと同様に淘汰されるべきだと主張していることも......」
言うことを躊躇うように、斎の言葉は尻すぼみに発せられた。だが、斎の回答にクラウスは満足げに首肯する。そして、喋りながら戸棚を開き、何かを探し始める。
「そうそう。でも、別に人間だってCl-Asを作り出せない訳じゃないんだよ......て、あれぇ? どこにしまったかな?」
「こっちの引き出しですよ、司令」
「あ、そうだっけ?」
わざとらしい反応をしながら、クラウスは出雲が出した箱を受けとる。箱の中には、グローブのようなものが入っていた。
「これはCR.A.D.、Crystal Arms Deviceと呼ばれるCl-Asを作り出す道具だよ」
渡されたグローブをはめてみる。黒の生地は、伸縮性があって手に馴染む。手の甲の部分には、水晶の様なものがきらきらと光を反射していた。
「ふむふむ、斎ちゃんのCl-Asは刀かぁ! いいねぇ、日本人て感じで!」
クラウスが空中に投影されたデータを見て、興奮気味に話す。CR.A.D.はあくまで作成を補助するもの。設計図は個人のDNAに依存するらしい。
「まあ、なんにせよこれからよろしくね! 期待してるよ」
「あ、よ、よろしくお願いします」
クラウスが差し出した手を、斎は遠慮がちに握り返す。
その時、再び扉が開いた。入ってきたのは、青年だ。音もなく入り、音もなく斎の隣を通り抜ける。灰色の髪が視界を横切った。
「あー、幽君! もう終わったの? さっすが! 早いね! でもでも、斎ちゃんに挨拶くらいはちゃんとしなくちゃねぇ」
青年はクラウスの机に無言で資料を置く。クラウスの反応をうざったく思っている様子はなく、必要がないと判断したからしなかった、と言うような空気を感じる。
「漣隊隊長の漣幽だ」
斎の方へ体を向け、淡々とそれだけを告げて、幽は部屋を出ていった。幽の反応が不満だったのか、クラウスが面白くなさげな顔をする。
「つまんないなぁ、幽君ていつもああだっけ?」
「ちゃんと反応しただけ、いつもよりましなんじゃないすか?」
出雲とクラウスの会話は、斎に聞こえていなかった。斎はこの時点で既に、幽と言う青年に心を惹かれていたのかもしれない。
斎がこれからの生活に胸を膨らませる。憧れだったG.C.O.T.に入隊して、浮かれていたのだろう。
だが、決して喜ぶべきではなかったのだ。戦地に足を踏み入れたことに喜びを感じるのは、やはり、間違いだ。ここでは、別れまでの時間が短すぎるから。
『頑張っているようだな』
通信機の向こうから、男が労いの言葉を発する。だが、灰髪の青年には、それが皮肉であることはよく分かっていた。男自身、青年を労る気など一切ないはずだ。
青年の無言に堪えきれなくなったように男が笑い出す。秘匿な通信であるにも関わらず、大きな声で笑う。青年は尚も無言を貫く。
『いや、失礼。君の表情が手に取るように分かるから、つい可笑しくなってしまった』
笑い声を喉の奥で噛み殺しながら、男はそう言った。青年はそれを怒るでもなく、静かに口を開いた。
「俺が通信をした理由は分かっているんだろう?」
虚を突かれた、と言う訳ではないのだろう。むしろ、連絡を寄越させるためにあんな真似をしたことを青年は察していた。だが、通信機からは微かなノイズしか聞こえなくなる。
男の返答を待たずに、青年は質問を続ける。
「あれは何のつもりだ?」
青年の語気に力がこもる。一拍置いて、男が溜め息混じりに答えた。
『君も分かっているんだろ? 想像通りだ。優秀な人材だ、有効活用してくれたまえ。君のためにもな』
それを最後に、通信が一方的に切られる。青年は始めて感情らしいものを顔に出した。それは、憤りだ。自分の無力さに対する、憤りだった。
「人質......」
その言葉の意味は理解していた。だが、青年はもう他者を助ける余裕はなかった。もう、後戻りは出来ない。