過去——そして、誕生
夕方の帰宅ラッシュ――駅は各々の疲れをにじませた人々で混雑していた。
そして、頭上の電光掲示板にはさきほどから、まもなくこの駅を通過する快速電車の知らせがのせられていた。
(もういいよ……大丈夫……一瞬で……解放されるんだから……)
駅のホーム、その多くがうつむいた姿で、掌にのった端末をまるで憑りつかれたように凝視するなか、ある列の先頭に立つ少女は目の前の線路一点を見つめていた。
ドキッと鼓動が打ち、少女が反射的にそちらを見ると、ちょうど向こうに迫りくる快速電車の顔が見えてきたのだった。
巡りに巡って――かすれつつあった少女の意志が、一つの答えを出す。——少女は、止まるはずのない電車へと一歩足を進ませた。
快速電車があっという間にホームの端を通過する――
(もう……疲れてしまったんだ……)
――「ここで速報です。今日、午後五時ごろ、少女が快速電車にはねられたと消防に通報が入りました。詳しいことはまだ分かっておりませんが、目撃者によると、少女は自ら、電車が通過する寸前にホームから飛び降りたという証言があり、警察は自殺とみて慎重に調べを進めています」――
「ママー、見てー速報だってー。少女が電車にはねられて自殺だってさ。きっと、私とあまり年変わらないと思うなー」
「あらー、嫌ねー。若いのにそんなことするもんじゃないわよー。これからだっていうのに……」
・・・・・・あれ・・・・・・
もう、二度と開くはずのなかった少女の瞼がゆっくりと持ち上がった。
・・・・・・どう・・・・・・して・・・・・・生き・・・・・・てる・・・・・・?
その証拠に、独特のこもった匂いが嗅覚を突き、すんっとした冷ややかな空気が肌を伝って感じ取れたのだった。
うっすらとした視界には、天井らしき景色が映っている。
明かりとりの窓だろうか?——薄暗い空間に、いくつもの放射状の陽射しが差し込んでいるようだった。
(どこかでうつ伏せに寝ているんだ……)
とりあえず、両手を――上へと上げてみた。
・・・・・・なんで・・・・・・傷が・・・・・・一つもない・・・・・・!
それはたしかに自分の意思で曲げ伸ばしができる自分の手——でも、どこか前とは違う違和感があった……
「目覚めたか――」
突如、深閑としたなかに貫いた低音の人声で、頭の先からつま先まで、まるで何かに打たれたかのように、ビクッと硬直した。
声の方へ振り向くこともままならず、ただ動いている心臓が限界ぎりぎりに脈打つ音だけを全身で感じるのだった。
コンクリートの床を伝って、一歩一歩、足音が迫ってくる――
そしてついに、その音はすぐ真後ろで途絶えた。
「初めまして。――ナンバー10」
なんとか実行できた深い呼吸をおいて、思うように動かない体を相手へと向けた。
これが<ミゲ>という名の男と出会った瞬間だった。
「いいや――おめでとう、と言うべきかな。気分はどうだ、ナンバー10」
「……さっきから、どうして数字で呼ぶんですか……それに、私には……ちゃんと名前があります」
「――す。ああ~、たしかにあった。でも、それはもはや過去だ。――自分が一番分かってると思ったが」
ミゲの朗々とした声で発せられる言葉の一語一語が、鼓膜を突き刺すように貫通し、混乱する頭へ届いてくる。
「でも……でも、こうやってまだ生きてるじゃないですか!」
ミゲの冷酷なまでに冷めた眼差しが、動揺を露わにする相手を容赦なく捉えた。
「まだ生きてるんじゃない。さっきも言ったが、おまえは己で死を選んだ。そして、その結果は想像通り。――だが、私が新たにここに誕生させた。それは、ある目的をもってだ。――待っていたよ、ナンバー10。今日はおまえの誕生日だ、<ジェラ>」
生まれ変わった・・・・・・ジェラ・・・・・・
詰まっていた胸から、さーっと何かが引いていき、半ば気抜けしたように軽くなったのだった。
ミゲは終始、声のトーン、表情一つ変えることなく、他にも九人の仲間がいること、この世界のこと、呼び鈴のこと、ループのこと、ジェラに開花した特殊能力について、ただ淡々と話して聞かせた。
「自らを陽の下から暗闇の底へ突き落せるその度胸で、生まれ変わらせた私への忠誠を果たせ」
「私だって……」
胸から湧き上がった、感情の入り混じった本音が、語尾を震えさせ、口から洩れた。
滲んだ視界に、強く握りしめられた自分の拳が映る。
「どう言おうと、それは己の弱さ、逃げでしかない。そうだろう?——私は、その一切を許す気はない。生まれ変わらせたからには命尽きるまでこの国のために動いてもらう。悔しかったら私に芯を見せてみろ」
ミゲとジェラの眼差しが、幻の轟音を立ててぶつかった――
「さっき言ってた<ある目的>って」
「残念だがそれはまだ言えない。近々、全員を集めた時に私の口から知らせる」
「わかりました」
「私はこれから城の方へもどる。次に呼ぶまできっと時間が空くだろう。好きなように見て回るなり、過ごせばいい。せっかくだ、ループを使って、もといた世界へ戻ってみるのもいいだろう」
(ループ……)
「さっき話したループには、鍵として合言葉がいる。その合言葉は、<マーク――レッドブリック>」
ミゲの口角が初めて微かに上がった――
「つまり、ここだ」