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2nd Manuscript  作者: 十 円
3/3

妹の見た景色

とりあえず…妹は生きている。

それだけで涙がこぼれた。

妹の書いた文字を一つひとつ指で辿りながら、妹の笑顔を思い出す。


この手紙を他の誰かが読んだなら、妹の頭はおかしくなったと思うだろう。

でも俺は、不思議とそう思わない。昔から妹は俺たちとは違う別の何かだと思っていたから。

それは物語でいえば、妹は主人公で俺たちはモブキャラクター。

ゲームでいえば、妹はプレイヤーで俺たちはNPC。

同じ世界に居ても、どこか違う。

選ばれた人間と、選ばれなかった人間。

出来の良い妹への劣等感。

そう言ってしまえばそれまでだが、そうではない何か特別なものを感じさせる存在だった。


手紙には妹の居場所や、妹が行おうとしているその方法は書かれていない。

それでも妹が死んでしまうかも知れないのなら、こうしてはいられない。

持ち運ぶには不便な大量のコピーはそのままに、俺は手紙とノートだけを鞄に押し込み部屋を飛び出した。

妹の居場所は分からない。

無駄かも知れないけど、宅配便に貼られたこの送り状に書かれた住所へ向かう為、駅まで走った。


そこは二つ隣の駅から歩いて数分の場所にあった。

そこは古い木造の小さなアパート。

送り状に書かれた番号の部屋には表札はなく、ノックをしても反応はない。

念の為、隣の部屋の住人に事情を話し尋ねたが、その部屋はずっと空き室のままだそうだ。


駅からアパートへと続く寂れた商店街も、日が暮れかけたこの時間ともなると、さすがに人が多い。

人波をかき分け駅へ向かって歩いていると、荷物を届けてくれた宅配便の営業所を見つけた。

ここでも事情を話し確認すると、送り状の控えが残されていた。

荷物は昨日、若い女性が持って来た。

受け付けをしたスタッフの男性からの証言もあり、それはおそらく妹だろうと思われた。

妹は昨日ここにいた。

この商店街を歩き、この場所へ…


スタッフの男性にお例を言い、営業所を後にした。

もう居るはずのない妹の姿を探すように商店街を歩き回り、小さな公園に辿り着いた。

どこにでもある普通の公園。

だけどそこは両親と暮らしたマンションの近くにあった公園と良く似ていた。


たいした遊具もないその公園で、子どもの頃は良く遊んだ。

何でも上手くこなしてしまう妹だったけど、ずっと自転車に乗れなかった。

俺は日が暮れるまで練習に付き合わされたのに、妹ときたら転んで泣いている所を周りの子どもに見られたくないから、みんな帰るまで練習をしない。

俺が怒って家に帰ろうとすると、泣きながら後を追いかけて来た。


そんな妹との思い出も、自転車に乗れて喜んでいた妹の笑顔も、家族の思い出全てが修行の為の家族ごっこだったのか?


地震や津波、この国に起きた自然災害も妹たちの為に起きたのか?

体験させ、それを見せる為だけに犠牲になった人たちは死んだのか?

その為だけに生まれて来たのか?


すっかり日の暮れた公園のベンチに座り、もう一度手紙を開く。

このノートの公表…これを見れば、妹のように何かを思い出している人が、すぐに行動してくれるかも知れない。

それにこれを公表する事で、これをきっかけに更に思い出す人が増えるかも知れない。

だったら今すぐ公表して協力してもらった方が良いのではないか?

でも、そんな誰でも考えそうな事を何故妹はしなかったんだろう…


別の世界の記憶を思い出した妹はどんな気持ちだったのかな?

それまで見ていた日常が、全て作り物だと気づいたら…

それまでの生活が、全て無かった事になってしまうと気づいたら…

だから一人でやろうとしたのかな?

思い出さずに済むのなら、このまま当たり前のように暮らしていけるなら、その方が良いもんね。


でもそれならどうして俺に教えたんだろう?

もし俺が信じなかったら?

もし俺が絶望して全てを投げ出してたら?


妹らしい…

たぶんそんな事、妹は考えていない。

妹にはそういう所がある。

なんでも出来て些細な事でも気が利くくせに、たまにこうやってやらかすんだ。

でもそういう時は決まって一人で悩んでる。

一人で出来ても、一人じゃ怖い。

分からないくせに、相談出来ない。

だから助けてやらなきゃ。

当たり前の事を当たり前のままに。

この日常を無かった事なんかにしない為に。

妹がそう決めたのなら、俺が支えて上げなくちゃ。

たった一人の家族なんだから。


ひと気のない公園の周りには、いくつものマンションが立ち並ぶ。

そこにはいくつもの部屋の明かりが灯り、そこに暮らす人々の当たり前の日常を感じさせる。

妹もここでこうしていたかも知れない。

公園のベンチに座り部屋の灯りを眺めていると、なんだかそんな気がして来た。


さて…ベンチから立ち上がり、駅へと続く商店街に向かう。

もう妹の足取りは分からない。

でもこの寂れた商店街にも防犯カメラがいくつもある。

宅配便の営業所を訪れているのなら、そのどれかに写っているはずだ。

俺個人では確認させてもらえなくても、警察なら話は別だ。

ただ…何て言えば良い?

送られてきた手紙やノートを見せた所で信じてもらえるはずはない。

かといって他に送られたものは、あのコピーの束だけ…

ヴォイニッチ手稿なんて誰が知ってる?

俺だって今のいままで知らなかったのに。


SNSやネットの掲示板では冷やかされるだけだし、探偵なんて余計に胡散臭い。

大学のオカルト研の連中なら話を聞いてもらえるかな?


やっぱり警察が一番当てになるか…

とりあえず手紙とノートの事は伏せて伝えるしかない。

両親の死から立ち直れず、頭のおかしくなった妹の失踪…その妹から届いた荷物か…

自殺の為に家を出た…それよりは多少マシかな…


そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか駅に着いていた。

このまま警察署へ向かおうかと思ったが、肝心のコピーを置いて来た。

コピーも全てを見た訳じゃないし、他にも気がつかなかった書き込みや、何か別の手がかりがあるかも知れない。

やっぱり一度帰ろう。


電車は中はガラガラで、二駅だけど歩き疲れたので座る事にした。

俺の前には部活帰りの女子高生たちが楽しそうに話しをしている。

あんな事が無かったら、妹も今頃はこうして友達と楽しい高校生活を送っていたのかと思うと悲しくなった。


この子たちの中にも妹と同じように、別の世界の記憶を持つ人がいるかも知れない。

それを知りながら、そしらぬ顔で笑っているのかも知れない。

まるで全てが嘘のように見えてくる。

この世界の何が本当で、何が嘘なのか分からなくなって来た。

この気持ちの悪い感情にプラスして、別の世界の記憶まである妹は、どれだけ苦痛に感じていただろう…

でも妹は何をきっかけに思い出したのだろうか?

手紙にもあった身近なものの死。

でもそれがきっかけなら、両親の前にも祖母や祖父も亡くなっている。

いつから俺たち家族が作り物だと気づいたのかな?

どんな気持ちで俺たち家族や友人と接して来たのかな?


誰にも言えず、ずっとこんな気持ちでいたのかな?


ここに引越して来た時はタクシーで来たから、この駅のホームを妹は知らない。

駅からアパートへと続くこの道も、このコンビニも、この弁当屋も…


ずっと部屋に閉じこもっていた妹の眼に、この街はどう写った事だろう…


すれ違う人もいない暗く小さなこの道を歩きながら、妹も見ているかも知れない夜空を見上げる。


まるで悪い夢でも見ているようだ。

でもいつかこんな日が来る事を分かっていたような気もする。

これが道具として生まれた俺の記憶なのかな?


アパートの階段を上がり、鍵を開ける。

そこで俺は妙な違和感を感じた。

何かの臭い?

部屋の明かりをつけると、その正体はすぐに分かった。


テーブルの上には綺麗に揃えられたヴォイニッチ手稿のコピーの束。

その上には奇妙な風車のような絵の描かれた封筒。


そして、血まみれの切断された人の指が置かれていた。




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