歌ときみと
思いつきです。
ある晴れた日の昼休み。
嶋根実奈は、屋上に続く階段から、微かに誰かが歌う声に気づいた。
だが、屋上は立ち入り禁止で入ることはできない。
誰だろう……。
実奈は気になって、そっと階段を上った──
扉の前で、一人の男子が座っていた。
手元には、ノートと筆箱がある。
その男子は、ノートを見て歌っていた。きっと歌詞などが書かれているのだろう。
優しげで、聴いていると心が落ち着くような、温かくなるような……そんな声をしていた。
すると男子は階段に隠れていた実奈に気づいたのか、歌うのをやめた。
「……なに」
とそっけなく言う。
きっと、聴かれていたことにムッとしているのだろう。
「あ……ごめんなさい……。でも、スゴい上手いね!」
歌! と階段から出て、謝りながらも拍手をする。
男子は、そりゃどうも──と少し頭を下げた。
「……ね、今の何て曲? 誰が歌ってるの?」
よほどその歌が気に入ったのか、実奈は男子の隣に正座して訊ねる。
「これは……」
と男子は少し黙り込む。
実奈は男子が答えるのを待っている。
「…………自作」
と男子は少し顔を背けて答えた。
「へえ! スゴいね! 自分で作ったんだ!」
「……まぁ──」
とノートと筆箱を手に持った。
そして戻ろうとしている。
「……じゃ、俺はこれで」
「あ、名前は? 私嶋根実奈。二年」
「……宮本佑歌。二年」
「一緒だ! 宮本くんは、いつもここで歌ってるの?」
「うん、まぁ……」
「じゃあ明日も来ていい?」
と目を輝かせて実奈が訊く。
「……他言しないなら」
「わかった! 約束ね!」
実奈は、嬉しそうに笑った。
そんな実奈を見て、佑歌は少しめんどくさそうな顔した──
*
「何でここなの?」
昼休みに来るようになって数ヶ月。
扉の前に並んで座る実奈が佑歌に訊いた。
佑歌はノートに歌詞をメモしてから、
「声が響くから。あと、人来ないから。一人を除いて──」
と答える。
「それは私のことかしら」
「他に誰が?」
「……ですよね──」
と実奈は頭を掻く。
佑歌は、ノートを見つめてから頷く。
いい歌詞が書けたのだ。
「すぅ……──」
そして、一つ息を吸って歌い出す。
それを実奈は、目を閉じて聴く。
佑歌は、ノートにいい歌詞が書けたら、すぐに歌って確認する。
メロディーは毎回変わる。たまに同じ時もあるが、それは書いてあった歌詞の手直しの時ぐらいだ。
それを実奈は、いつも横で口を出さずに聴いている。
感想を言ったりするのは、歌い終わってからだ。
「──。ふぅ……。ん?」
「……」
歌い終わって隣を見ると、実奈はまだ目を閉じたままだった。
いつもなら、歌い終わりと同時に感想を口にする。
「……? ちょっと──」
「…………ぅあっ?」
佑歌が肩を叩くと、実奈は目を開けた。
寝ていたらしい。
「……え?」
「いや……//あまりにも良かったもので……つい──//」
と実奈は照れる。
佑歌はそんな実奈を見て言う。
「……キスされるよ──?」
「え……?」
「不意に」
「いやいや相手いないし──てか誰によ……//?」
「俺に──」
と佑歌は実奈を見つめる。
実奈は視線をさまよわせて、
「いやいやいや////!」
と手と首を横にぶんぶん振る。
「ぷっ……冗談──」
「はっ//?」
「ちょっとからかってみた」
と佑歌はノートに何かをメモする。
実奈は赤くなった顔を隠すように手で扇ぎながら、
「あはは……//からかわないでよ──//」
とツッコんだ。
そんな実奈を横目で見て、佑歌はふっと笑った──
*
それから二ヶ月。
佑歌は隣にいる実奈に言った。
「……新曲聴く?」
「聴く聴く!」
「そう……。すぅ……──」
実奈の返事を聞いてから、いつも見ているノートを見ないで歌った──
「──。……どう?」
「うん……! スゴくいいよ! 今のって、男子目線のラブソングだよね?」
「まあ……//」
「やっぱり! 『いつか君に言えるだろうか この想いを──』ってところ、女子でも共感できて、わかりやすいと思う!」
「そっか──」
と佑歌は少し考えてから、実奈に問う。
「……あのさ」
「うん?」
「……これから先も、隣で聴いてくれるか……//?」
と顔を背ける。
実奈は一瞬ぽけっとしたあと、もちろん! と頷いて、笑って言った。
「今までも聴かせてもらってたし、これからだって、毎日聴くよ!」
と。
佑歌は、少し首を傾げる。
「……意味伝わった?」
「ん? 歌聴いてくれるかってことでしょ?」
と実奈も首を傾げる。
佑歌は、はぁ……と小さくため息を吐く。
「……そうだけど、違う──//」
「……どういう意味?」
「まぁ……。いいよ──」
佑歌は不思議そうに自分を見る実奈を見ながら、頭の中で歌のワンフレーズを思い浮かべた──
『いつか君に言えるだろうか この想いを──』
佑歌「嶋根のために作った──何て言えない……」