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ルゥカーとつぼみの島ポーチカ

作者: 石室悠

 昔々、まだ世界が妖精や精霊達の不思議な国と繋がり、世界のそこかしこで見られた頃のお話です。


 とある町外れに、ルゥカーという少女が、お母さんと一緒に住んでいました。

 ルゥカーは子供の頃から、あばたやそばかすが気になって、外に出ようとしませんでした。人に会うと、馬鹿にされると思い、ルゥカーは滅多に家から出ず、人に会わないようにしていました。そしてそんな自分を「何も出来ないダメな子」と責めていました。

 そんなルゥカーにも心休まる時間が有りました。それは、花を見ている時です。

 ルゥカーのお母さんは、絵を描く仕事をしていたので、時々腕いっぱいの花を買って来て飾り付けるのです。ルゥカーは植物が好きでしたが、特に花がとても好きでした。色とりどりの花を見ていると心が和み、花に包まれていると自分まで美しくなった気がしました。

 けれど鏡を覗くと、そこにはいつもの冴えない顔をした自分が居て、ルゥカーはいつもガッカリしました。

 いつか自分も花のように、綺麗に咲けば良いのに、とルゥカーは夢見ていました。


 ある日、ルゥカーはおつかいを頼まれました。ルゥカーは嫌がりましたが、お母さんが怒りそうになったので、仕方無く家を出ました。お母さんは怒ると、とてもおっかないのです。お母さんは自分が上手く絵を描けないと、ルゥカーを何かにつけて叱るような人でした。普段は優しいのに、絵の事になると怖くなるのがルゥカーのお母さんでした。

 ルゥカーは画材を買って来るように言われ、渋々町への道を歩いて行きました。ルゥカーにはそうするしか無かったのです。

 

 春が訪れていました。町に続く土手の道は、スミレやレンゲ、水仙やマーガレット、チューリップにサクラ草……たくさんの花々でいっぱいでした。ルゥカーは少しだけ気が軽くなりました。

 と、ルゥカーは花を見ていて、川の向こうに島が有る事にも気付きました。今までずっと俯いて歩いていたので気付きませんでしたが、川の中にポツンと、寂しい島がありました。その島は「ポーチカ」と呼ばれていて、どんなに四季が変わっても、花が一つも咲かない島なのでした。

 ルゥカーは「まるで私みたいな島だわ」と嫌な顔をして、町に急ぎました。


 町の真ん中の画材屋さんに、ルゥカーはコソコソと入りました。画用紙の束と、絵の具を買うと、ルゥカーは足早に帰り始めました。

「あっ」

 ルゥカーはいつも通る近道で、子供達が遊んでいるのを見て心臓が飛び出そうになりました。

「気付かれたら、きっと苛められるわ」

 ルゥカーはしばらく様子を伺っていましたが、子供達がそこを離れそうに無いので、仕方無く、歩いた事の無い道を進みました。

 家の間を縫うような、曲がりくねった道が続きました。ルゥカーは角が来るたびに、辺りをキョロキョロと窺って進みました。

 と、しばらくすると町の外れの森へと道は進み始めました。ルゥカーはその道を通って家に帰れる自信はありませんでしたが、今更引き返しても、まだ子供達が居るかもしれないし、そうしたら苛められるに違いない、と思い、先に進みました。

 森の中をソロソロと道は続きました。ルゥカーはおっかない気持ちでいっぱいでしたが、先に進みました。

 と、森が途切れて、ルゥカーは開けた場所に出ました。そこはあの、花の咲かない島ポーチカでした。

「間違えて川の向こう側に来ちゃったんだわ」

 ルゥカーは焦りましたが、ふいに、何故この島には花が咲かないのか気になって、島の中を歩いてみる事にしました。

 島にはたくさんの草木が生えていました。よく見ると、それはチューリップや桜や勿忘草といった、春の花々でした。けれどそれらは皆、固いつぼみのままで、一つも咲こうという気配がありません。

 ルゥカーが不思議に思いながら見ていると、

『誰? 人間が何の用?』

 という女性の声がしました。ルゥカーが振り返ると、そこには淡い色の靄で出来た服を纏った女性が居ました。人間とは少し違う体で、ルゥカーはその女性が絵本で見る妖精だと思いました。

「私はルゥカー。貴方は?」

 ルゥカーが訪ねると、女性は億劫そうに答えました。

『私は花の妖精のヴィスナー』

「花の妖精?」

 ルゥカーはヴィスナーの言葉にドキドキしてきました。

「花の妖精って、何をするの?」

『花を咲かせるのが仕事よ』

「まぁ、ステキ。私、花が大好きなの」

 ルゥカーは目をキラキラさせながら言いましたが、ヴィスナーはつまらなそうな顔をしていました。

『そう。あいにく、私は花を見た事が無いんだけどね』

「どうして? ヴィスナーは花の妖精なんでしょう?」

 ルゥカーが尋ねると、ヴィスナーは言います。

『私はつい十年程前に生まれた新米でね。この島には私を含めて四人の花の妖精が住んでいるんだけど、誰にも花を咲かせる事が出来ないの』

「どうして?」

『花を咲かせる条件は判るんだけど、そのやり方を知らないの』

「誰か、先輩に聞くとか、出来ないの?」

『そんな事も知らないのかって、馬鹿にされちゃうわ』

「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥って言うじゃない」

『言うは易し、ね』

 ヴィスナーはそう言うとそっぽをむいてしまいました。どうやら花の妖精というのは、見かけによらず頑固のようでした。

「判ったわ。じゃあ、私も花の咲かせ方を考えてみるから、教えて」

『人間なんかに出来るもんですか』

 ヴィスナーは相手にしようとしませんでしたが、ルゥカーがしつこく頼み続けると、やがて諦めてルゥカーを手招きしました。ルゥカーはヴィスナーについて行きました。

 ヴィスナーの案内してくれた場所には、大きな木が生えていました。桜のようでしたが、やっぱり花はつぼみのままです。その木の太い根の上に、チョコンと小さな壷が一つ、置いてありました。

『この壷には、咲水という魔法の水が入っているの。この水をかけると、つぼみは花開く事が出来るのよ』

「なあんだ、簡単じゃない」

『それが、そうでもないの』

 ヴィスナーは溜息を吐いて言いました。

『この水はおろか、壷にさえ、触る事が出来ないのよ』

「まさか」

 ルゥカーは壷に触ろうとしました。ところがどうした事でしょう。ルゥカーの手は壷も、中に入っている水もすり抜けてしまいます。

『ほうら、ね』

 ヴィスナーは肩を竦めて言いました。

『その壷も水も、手で触れる事は不可能なの』

 だから、花を咲かせる事も出来ないわ。ヴィスナーは諦めたように俯いてしまいましたが、ルゥカーは納得しませんでした。

「でも、他の花はちゃんと咲いているわ。どうにかしたら、水は花にかけられるのよ」

『無理よ。きっと他の花は、違う方法で咲かせているんだわ。それ以外に考えられない』

 ヴィスナーは言いましたが、ルゥカーはある事に気付きました。そしてヴィスナーに言いました。

「ヴィスナー、ちょっとだけあっち向いてて」

『何よ』

「いいから、いいから」

 ルゥカーの言葉にヴィスナーは渋々、後ろに向きました。ルゥカーはしばらくゴソゴソと何かをしていました。

「ヴィスナー、見て見て」

 ルゥカーの声にヴィスナーは振り返って、そして仰天しました。

 そこには見事に花開いたチューリップが有ったのです。

『どうして? どうやったの、ルゥカー』

 初めて見る花にヴィスナーが興奮して尋ねると、ルゥカーはニッコリ笑って答えました。

「こうしたのよ」

 ルゥカーは地面に落ちていた細長い枯れ草を手にしました。そして、その葉をザブンと壷に入れてしまいました。しばらくして持ち上げると、枯れ草には沢山の、虹色に光る咲水が付いていました。

「手で触れないだけで、壷は桜の木の根に置いてあるんだもの。咲水とその壷は、植物にしか触れないのよ、きっと」

 さぁ、ヴィスナーも手伝って。この島を花でいっぱいにしましょうよ。

 ルゥカーが言うと、ヴィスナーも枯れ草を手にとりました。咲水を振りまくと、今まで固かったつぼみがじんわりとほぐれて、花になりました。木々の花々はヴィスナーが宙を舞って咲かせました。ポーチカの一角は、春の花々で賑わいました。

『やったわ』

 ヴィスナーは嬉しそうに言いました。

『これで私も、春の花々を咲かせる事が出来るわ』

 ルゥカーはその言葉に首を傾げました。

「あら? じゃあ、ヴィスナーは春の花しか咲かせられないの?」

『えぇ。私の知っている咲水はコレだけなの。この咲水は、春の花しか咲かせられないわ。他の季節の咲水は、他の妖精が隠し持っているはずよ』

「じゃあ、その妖精達にも、咲水の使い方を教えてあげましょうよ。そうしたら、このポーチカはいつでも花の咲く、ステキな島になるじゃない」

 ルゥカーは眼を輝かせて言いました。けれどヴィスナーは首を横に振ります。

『そんなのは、無理だわ』

「どうして?」

『他の連中は、嫌な奴ばっかりなのよ。私の事も無視するし、話にもならないわよ』

ヴィスナーはそう言って諦めるよう説得してきましたが、ルゥカーは頷きません。

「私、とりあえず他の妖精さんにも会ってみたいの。何処に居るのか教えてちょうだいよ」

 ヴィスナーは乗り気ではありませんでしたが、ルゥカーのおかげで長年の悩みが解決出来たのも確かでしたので、仕方無く、他の妖精の所へ案内しました。


 島をしばらく歩くと、草原に辿り着きました。青々とした草の色は、夏の生気がみなぎっているようでした。

『この辺りは夏の草が生えるのよ。本当は実り豊かな一帯になるハズなの』

 ヴィスナーはしばらく辺りを見渡して、

『あれがここの妖精よ』

 と指差して言いました。

 そこにはヴィスナーに良く似た女性が居ました。流水のように滑らかな髪と、真っ青な服を着た妖精で、岩に腰掛けて、じっと空を見上げていました。

「あの、すいません」

 ルゥカーは彼女に声をかけましたが、彼女はルゥカーに見向きもしません。

『ほうら、ね』

 ヴィスナーは溜息を吐いて言いました。

『とんだ無駄足だったでしょう』

 ヴィスナーは帰ろうとしましたが、ルゥカーは彼女を引き止めました。

「待って、もしかしたら気付いてないだけなのかもしれないわ」

 ルゥカーはもう少し夏の妖精に近寄ってみました。

「あのう、すいません。あのう……」

 声をかけながら近付くと、ふとした瞬間、夏の妖精がルゥカーの方を見ました。妖精が驚いた顔をするので、ルゥカーは慌てて「ごめんなさい、怪しい者じゃないんです」と言いましたが、彼女は首を傾げるだけです。ルゥカーは気付きました。

「ヴィスナー。この人、耳が聞こえてないんじゃあないかしら?」

 ルゥカーの言葉にヴィスナーは驚きました。ヴィスナーはずっと、この妖精の事を自分を無視する嫌な奴だと思っていたのですから。

「試しに、筆談をしてみましょうよ。妖精さんって、私達と同じ言葉が判るかしら?」

『人によっては、妖精語しか判らないかもしれないわ』

「じゃあ、話しかけてみてよ。書く物は……」

 ルゥカーはおつかいの画用紙と絵の具を取り出して、ヴィスナーに渡しました。ヴィスナーは絵の具をチューブから出して、落ちていた枯れ枝でツラツラと文字を書きました。ヴィスナーがそれを夏の妖精に見せると、彼女はヴィスナー達に近寄って、自分も画用紙に字を書き始めました。

「何て言ってるの?」

 妖精語の読めないルゥカーが尋ねると、ヴィスナーは答えてくれました。

『初めまして、私の名はリエータ。貴方達とお話が出来て、本当に嬉しいわ。……だって』

 ルゥカーはニッコリ笑ってリエータを見ました。リエータもとても愛らしい笑顔を浮かべていました。

 リエータは生まれたばかりの時に、夏のうるさい蝉の鳴き声で耳を悪くしてしまったそうです。それで、一人で空を見上げていたのだと言いました。

 ルゥカーはヴィスナーに言葉を伝えて会話を続けました。

「夏の花を咲かせたくない? 咲水の使い方が判ったから、リエータも夏の花を咲かせましょうよ。きっと綺麗よ」

 するとリエータは大喜びで駆け出しました。ルゥカーとヴィスナーは慌ててついて行きました。リエータの足取りは軽やかで、全身から歓びを発しているようでした。彼女は嬉しそうに跳びながら、壷の場所に案内してくれました。

 そこには川が有りました。島の一角に少量の水が流れ込んで出来た小川の中に、壷が沈んでいました。

『大変』

 ヴィスナーはビックリして言いました。

『普通の水に触れたら、咲水が流されちゃうわよ。さっきと同じようにはいかないわ』

 ヴィスナーはすぐに落胆しましたが、ルゥカーは試しに枯れ草を小川に入れてみました。流れは穏やかで、壷の中に草を入れる事は出来ました。けれど草を取り出してみると、水滴は虹色ではなく透明で、咲水は洗い流されてしまったようでした。

『ほうら、ね。無理なのよ。この島で夏の花を咲かせるのは、諦めましょう』

 ヴィスナーは言いましたが、ルゥカーは首を横に振ります。

「夏の花が咲いて、おいしい野菜や果物が作れるようになったら、きっとこの島は動物達の楽園になるわよ。ヴィスナーだって一人じゃあ寂しいでしょう? リエータもいっぱい友達が欲しいよね」

 リエータは聞こえていないのでニコニコ笑んでいるだけでした。ヴィスナーはリエータがずっと一人で空を見上げていたのを知っていたので、少し気の毒になりました。もう少し早く、リエータの耳の事を気付いてあげれたら、自分もリエータもあんなに寂しい思いをせずにすんだのだと思うと、なんだかやりきれない気持ちになりました。

 けれど、川の中の壷を触る事は出来ませんし、かといってこのままでは咲水を取る事も出来ません。ヴィスナーは悩みましたが、答えは出ず、結局諦めてしまいました。

 と、

「ねぇヴィスナー。咲水は壷の中に溜まっているだけなの?」

 ルゥカーが地面を見て、何かを探しながら尋ねました。

『咲水は、その壷の中から自然に湧き出てくるのよ』

「じゃあ、ひっくり返っても大丈夫って事ね」

『どうするつもり?』

 ヴィスナーが尋ねると、ルゥカーは地面に落ちていた蔦を拾って言いました。

「壷を引き上げるのよ、蔦で」

 ルゥカー達は協力して蔦を結い上げ、長いロープのようにしました。ルゥカーは小川に手を入れ、蔦を壷に巻きつけました。ヴィスナーとリエータは空から壷を引っ張りました。小川から壷が出され、地面に置かれました。慎重に蔦を操って、一度壷の中の水を捨てると、やがて壷の底から虹色の水が湧き出てきました。

「これでもう安心ね。夏になったら、さっきと同じやり方で咲水を撒けばいいのよ。リエータに教えてあげてね、ヴィスナー」

『もちろんよ。リエータ、夏になったら一緒に花を咲かせましょうね』

 ヴィスナーが紙にそう書くと、リエータは嬉しそうに笑んで、『それ以外の時も仲良くしてね』と返事を書きました。


「さてと、今度は秋の花ね」

 リエータと別れてしばらくすると、ルゥカーが呟きました。ヴィスナーは嫌な顔をします。

『秋の奴は止めておいた方がいいわよ。アイツはいつも木の洞の中に入って歌ってばかりで、気味が悪いんだから』

「でも、秋を彩るのが紅葉だけじゃ寂しいわ。コスモスとか、見たいじゃない。それに、歌える人に悪い人は居ないわよ」

 嫌がるヴィスナーを引っ張って、ルゥカーは島の中を歩いて行きました。

 しばらくすると、一面の果樹園に辿り着きました。梨や栗や柿……たくさんの果樹が、大きく成長し、佇んでいましたが、一つの花も実も有りません。

「この辺りにも、春の咲水を撒かないとね。梨の花は、春に咲くもの」

『本当だわ。良く見ていないから気付かなかった。後で撒かなきゃ』

 もうしばらく進むと、一際大きなクルミの木に辿り着きました。その根元には大きな大きな洞が有って、そこに妖精が座っていました。紅葉のような鮮やかな色の服を着た、フワフワの髪の妖精で、歌を歌っていました。

「あの、すいません」

 ルゥカーが声をかけましたが、妖精は歌い続けています。

『ほうら、ね』

 ヴィスナーは得意げに言いました。ルゥカーは一度溜息を吐いて、「貴方は何ていう名前ですか? 洞の中の妖精さん」と尋ねました。

『アタシの事かい?』

 すると妖精は歌うのを止めて答えました。これにはルゥカーもびっくりしました。洞の中の妖精は、更に早口で捲くし立てました。

『気付かなくてゴメンね、アタシはオースティニ。秋の花の妖精なんだけど、生まれてすぐに見た紅葉が眩しすぎて、眼をやられちゃってね。アレは綺麗だったね、アタシは今でも良く覚えているよ。えぇと、それで。アタシは眼が見えなくてね、音を聞いて辺りを調べているんだ。何せこの洞の中には、この辺りの色んな音が入ってくるものだから、うるさくってうるさくって、アンタらがアタシに声をかけてくれてるのも判らなかったよ、アッハッハ』

 オースティニは一息でそう言うと、洞の中から這い出て来て、地面に座り込みました。

『さぁ、アンタ達の声が聞きやすくなったよ。アンタ達は誰だい? アタシに何か用かい?』

 ルゥカーもヴィスナーも、オースティニがあんまり良く喋るのに驚いていましたが、やがて答えました。

「私はルゥカー。人間よ」

『私は春の花の妖精、ヴィスナー。初めまして、オースティニ』

 するとオースティニは嬉しそうに言いました。

『初めまして。アタシはもう、何年も鳥だの虫だのの下らない馬鹿話に付き合わされて、ウンザリしてたトコなんだ。同じ妖精に会えるなんて、とっても嬉しいよ。それで、どうしたってこんな所に来たんだい?』

「私たち、咲水を探しているの。オースティニ、秋の咲水が何処に有るのか、知ってる?」

『知っているも何も、アハハ』

 オースティニはおかしそうに笑って言いました。

『その辺にやたら大きなカボチャが転がってないかい? 秋の咲水と壷は、その中さ』

『ええっ。それじゃあ、咲水を使うのは無理よ、ルゥカー』

「どうして無理なの? ヴィスナー」

 ルゥカーが尋ねると、ヴィスナーの代わりにオースティニが答えました。

『アタシら花の妖精は、植物に手を出しちゃいけないのさ。枯れ草やなんかならともかく、次の植物の赤ちゃんみたいなカボチャを割るなんて、不可能なんだよ』

「なぁんだ。なら話は簡単ね」

 ルゥカーは笑ってそのカボチャを探しました。ヴィスナーもオースティニの手を引いてルゥカーについて行きました。

 カボチャは草むらの中に隠れていました。ルゥカーと同じほどもあろうかという、大きな大きなカボチャでした。

「有った、有った。さぁヴィスナー、このカボチャを運ぶわよ」

『運ぶって、何処に』

「いいからいいから。咲水が欲しいでしょう? さあ、そっちを持って」

 ルゥカーに言われてヴィスナーは渋々カボチャをルゥカーと一緒に持ち上げました。カボチャはとても重くて、持ち上げるのも大変でした。

 と、

「あっ」

 ルゥカーが情けない声を上げたかと思うと、カボチャはルゥカーの手から滑り落ちて、地面に落ちて割れてしまいました。

 カボチャの中からは、無傷の壷が顔をのぞかせています。

「あーあ、手が滑っちゃったなあー。割れちゃったけど、まぁいいじゃない。カボチャって、種が有れば生えてくるようなものだしね」

 ルゥカーは悪びれた様子も無く言うと、割れたカボチャを横に引っ張りました。破片を取り除いて、壷を取り出していきます。

『……ルゥカー、わざとやったわね』

 ヴィスナーが言いましたが、ルゥカーは「でも壷が取り出せたじゃない」と笑って言いました。確かに壷は取り出せました。壷の中にはちゃんと、咲水が溜まっていました。

「これで秋の花も大丈夫ね、ヴィスナー。リエータやオースティニと一緒に、秋に色を加えてね」

『判ったわ』

『秋が楽しみだね。アタシは花の声ってのを聞いた事が無いんだ』

 オースティニは嬉しそうに言いました。


「さてと。じゃあ、冬の花の妖精も居るわけよね?』

 オースティニを元の木の辺りまで連れて帰り、お別れをしてしばらくすると、ルゥカーは言いました。その言葉にヴィスナーはギョッとします。

『それだけは本当に止めておこうよ、ルゥカー』

「どうしてよ、ヴィスナー」

『他の奴らはともかく、冬の奴だけは絶対に無理。いくらルゥカーでも、どうにもならないわ』

「だから、どうしてよ。やってみないと判らないでしょう」

『……そうね、ルゥカーはやってみないと納得しないでしょうね』

 ヴィスナーは説得するのを諦めて、冬の妖精の所へ向かいました。

『冬は何処でも、どんな植物も自然には花を咲かせないわ。冬の花の妖精が何故存在するのかも判らない。しかも、冬の妖精自身があんな風だから、理由を聞く事も出来ないの』

 ヴィスナーはルゥカーを島の真ん中に有る、小高い丘に案内しました。そこには大岩が一つ有り、その下に空洞が出来ていて、その中に人影が見えました。

 入ってみると、そこには氷で出来た女性像が有りました。美しい女性が、体を丸めて座っているのです。良く見るとそれはヴィスナー達、妖精と同じ外見をしていました。

「この人が、冬の花の妖精?」

『そうよ。ずっとずっと、氷のように固まっているの。だから咲水の場所を聞く事も出来ないわ』

 ヴィスナーはそう言いました。ルゥカーは試しに話しかけたり、目の前に手を翳したりしてみましたが、冬の妖精はピクリともしません。

『ほうら、ね』

 ヴィスナーはそう言って諦めていました。ルゥカーも今度ばかりはどうにも出来ず、手をこまねいていました。

 第一、冬の花なんてルゥカーも見た事が有りません。本当に冬の妖精が咲水を持っているのかどうか、ルゥカーも自信が有りませんでした。

 けれど、ルゥカーは彼女がどうして凍っているのか疑問に思い、その体にそっと触れてみました。冬の妖精の体はヒンヤリとしていて、本当に氷のようでした。と、その冷たい指先から、声が電気のように流れ込んできました。

『貴方は誰……?』

 ルゥカーはビックリして彼女から手を離し、ヴィスナーを見ました。ヴィスナーは声が聞こえなかったらしく、ルゥカーの顔を不思議そうに見ています。ルゥカーは恐る恐るもう一度妖精に触れて、心の中で声をかけてみました。

「あの……」

『ビックリした? 貴方は誰?』

「私はルゥカー。人間よ。貴方は?」

『私はズィマー。冬の花の妖精よ。生まれた時に、冬の寒さで凍り付いてしまって、それっきりここでこうしているのよ』

「じゃあ、咲水の事は知らないかしら。冬の花を咲かせるのに必要な水」

『知っているわよ。それは私の事なのよ』

 ルゥカーは驚きました。

「貴方が、咲水なの?」

『そうよ。私達冬の妖精は、皆こうして凍り付いて、自分の体を少しづつ溶かして、咲水の壷に注いでいくの。だから冬の咲水は、私自身なのよ』

「じゃあ、どうすれば冬の花を咲かせられるの?」

『夏のとても一日の長い日に、私の所に来るといいわ。きっと私の髪が溶け出しているから、それを何かに受けて、冬になると空に撒けばいいわ。きっと白い花びらが、空からたくさん舞い降りるでしょう』

 ルゥカーはズィマーの言葉をヴィスナーに伝えました。ヴィスナーはそれを聞いて、「あっ」と気付きました。

『ルゥカー、それはきっと、雪の事だわ』

「雪?」

『白くてフワフワした、氷の欠片の事よ。冬は花の代わりに、雪が世界を彩るんだわ』

「じゃあ、ズィマーの言うようにして、雪ってものを降らせてくれる?」

『えぇ。リエータと一緒にやってみるわ』

「それと、ズィマーに触ってあげてね。彼女もきっと寂しいはずよ」

『そうね。あぁ、何だか今日だけでずいぶん、やる事が増えてしまったわ。明日から大変ね』

 そう言うヴィスナーは少し嬉しそうでした。


 やがてルゥカーはヴィスナーと別れ、家へと帰る事にしました。

 その道の途中、ルゥカーは自分もつぼみなのだとしたら、咲かせるためには努力をしなくてはいけないのだと思いました。

 

 家に着く頃にはもう、日が暮れかけていました。

「ただいま」

 ルゥカーが家に入ると、お母さんはプンプン怒っていました。

「こんなに遅くまで、何処で油を売っていたの!? 心配するでしょう。それに、画材が無いとお母さんは仕事が出来ないのよ。どうしてもっと早く帰らなかったの」

 その言葉にルゥカーはムッとして言い返しました。

「私は子供なんだから道草だってするわ。第一、画材が無くなってからおつかいを頼むのがいけないんじゃない。もう少し早めにおつかいを頼めば、お母さんだって焦る事も無いのに、それもしないで文句ばっかり。全くどいつもこいつも、大人ってどうしてこうなのかしら」

 普段言い返さないルゥカーの珍しい反撃に、お母さんはビックリしてしまって、それ以上文句を言いませんでした。

「……そう言われてみれば、そうかもね」

 お母さんはルゥカーの言い分に納得したように頷いて、そして夕飯を用意しました。


 次の日からルゥカーは洋服を選んだり、髪を結ったり、挨拶や笑顔の練習をしたりしました。花開くためにたくさんの準備を重ねました。

 

 やがてルゥカーは少しづつ成長していきました。そしていつも、町へと続く土手の道を歩きました。そんなルゥカーの眼には、四季に合わせて色づくポーチカが見えました。

 春には花が咲き誇り、夏には青々と茂り、秋には沢山の実を付け、動物達で賑わい、冬は静かに白く色づく島を見ながら、ルゥカーは大人になっていきました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  読んでいて胸がパァと明るくなるような話でした。じわじわと愉快になってきて、読み終わるのが少し残念なくらい。  ルゥカーの小さな冒険、楽しかったです。
[一言] 素敵なお話でした。童話だからこその優しい雰囲気と、伝えたいつぼみのこと。ユニークな妖精たちとルゥカーの織りなす物語は、私たちに優しく語りかけてくれました。 少し恥ずかしい書き方ですね。 けれ…
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