勇者と魔術師
「ほら!いたいた!あれが勇者なんじゃないの?ねぇっ!ニコ!」
俺は彼女が指指した方向に視線を向けた、最近この田舎の村に勇者様御一行が滞在中らしい
勇者たちはどこぞの王国で飼育されていただろう白馬にまたがっている。
けっ、勇者だけじゃなく馬も一級品かよ
勇者もその後ろに続く一行も俺たち村人が一生お目にかかることもできないような派手な装飾がなされた武器や防具を携えている。
うーん、この村にも警備兵団は存在するが・・あんなに豪華な装備を携える警備兵を見たことはない。
ま、それでも大量に魔物がやってくるこの村が平和であるってことは充分でない装備を補うくらいの実力があるってことだよな、そうだよな。
ニコには警備兵団の友達がいるが、正直ニコはあまり彼…レイを尊敬していない、女好きだし、金使いが荒いし
典型的な「ダメな大人」ってやつだな…うん。
「そんなに強そうか?格好だけだろ」
俺は今にも崩れそうなレンガを何重にも重ねてその上で不安定にピョンピョン跳び跳ねて勇者たちを見るパトに話しかけた
「なにバカ言ってるの、ニコだって勇者に憧れてるくせに、知ってるのよ」
「へ?」
「ニコが夜な夜な勇者や何やらの本読んでること」
「そ、そりゃそうだけどよ………」
確かに、俺が勇者を目指して日々精進する若者であることに間違いはない
だが、将来偉大なる勇者になるこのニコ・オ・ランタンはこの隣で騒がしい幼馴染みのパトみたいにソワソワしない。
「あぁ~!行っちゃったぁ~!」
あ、そうなの、じゃ、さっさと行きましょ行きましょ、寒いんだよ。
パトが残念そうにレンガを片付ける、それと同時に先程までいた村人たちもぞろぞろと散らばっていった
パトが先程まで乗っかっていたレンガを引きずって別の場所へ移動させていた。そろそろ家に帰ってもいい時間だろうと判断した俺はパトに声をかけた
「そろそろ帰ろう!」
「あ…」
と、思ったら先に言われてしまった。
パトはそのまま歩き出した、このままついていかなかったら………でもそんなことはしないけどな。後で仕返しされるのがめんどうだ、い、いやビビってんじゃねぇよ?。
シーーーーーーン、と音が聞こえるんじゃないかというくらいの沈黙
俺もパトも黙ってしまった、ただでさえ静かな雰囲気が………
それにしても、少し暗いな?
勇者がこの村の何処の宿屋に行ったかは知らないがどうせ豪勢な暮らしをしてきた連中だ。
こんな田舎の村にあるボロ宿で満足な夜を勇者たちが過ごせるかどうか……
…今夜はビクビクだな宿屋の主人……気の毒に。
少しでも勇者のお気を悪くすればたちまち悪い噂は広がり主人は廃業に追い込まれるかもしれない。
俺が勝手に妄想を膨らましていると民家の明かりがポツポツと灯った。
勇者を待ちわびていて時間を忘れてしまったのか辺りはもう真っ暗だった、街灯もポツリ、ポツリと灯り始めていた
さっさと帰らなきゃな、親が心配とか、そんなつまらない理由じゃなくて、そろそろ魔物が現れる頃なんだ、魔物と闘った……なんてことは一度もない。しかし、闘っている瞬間を見たのは何度もある。
「あ!もう暗いじゃん、ね、ニコ家まで送っ『やだ』
俺はパトの発言を皆まで聞かずに走り出した、だって、パトと俺の家は隣だからな、俺が走ったらついてくるだろ
「ま、待ってよ~~~~!」
「……!……待つわけないだろ!」
俺は後ろを振り向くこともなく走った、一歩、また一歩と踏み込むたびに心地良い風が俺を切り裂くようにそして包み込むような感じだ……
ガツン!
「は?」
右足のつま先に石がぶつかったような音がした、
ニコは石につまずいて転んだ、パトに笑われると思って何とか態勢を立て直そうと森に生い茂った木を抱きしめるように掴んだのが悪かったらしい
「しまったっ!・・・・・・・この木は……っ…」
完全に転び森林に踏み込んだ瞬間、今にも爆笑してしまいそうなパトが視界に入った
「こ、この木は・・・ぁぁぁあ!」
そう、この木は・・・・脆かった。
度々その木に持たれかかり森に転げ落ちていく村人が目撃されていたがまさか・・・・未来の大勇者ニコ・オ・ランタンが転げ落ちていくことになるなんて…………な。
ニコは全てを諦めたのか微かに微笑むと受け身をとることも忘れ時間の流れるがままに運命を受け入れた
そうだ、今日転げ落ちていかなくても明日転んでいたんだ、きっとそうだ、そうに違いない、これも運命だったんだ。
「うわああああああああああ!」
俺は柄にもなく大声をあげて転げ落ちていった、ほどなくして腰に激痛を感じた、ああ、これが痛いってやつだ。
***
昔から………って言ってもまだ18歳なんだが
昔からあまり何かを易々と信じるような性格じゃない。まぁ簡単に言うと騙されにくい性格なんだ。
この世の中には不幸な人がたくさんいるだろう。
狭い世界で生きてきただけで他の村……いや他の国の人々のことなんて別段詳しく知ってるわけじゃない。
でも何となく分かる気がする。
不幸と言われる一般理由はたくさんあるだろう。
魔物に家族を殺された。
誘拐され10年間も小屋に監禁されていた。
幼い頃からいじめられていた。
事故で友達を失った
今俺が思いつくだけでもこれだけある。真剣になって探せばもっとあるだろう、でもそんなことして何になるってんだ。
で、ここからが本題な。
俺には親が居ない。
魔物に殺されたわけじゃない、残念だ、そんな理由ならどれほど良かっただろう。
俺の親は俺を産んですぐに逃げるようにこの村を去った…………らしい。
そんな俺の育て親となった人がいる。
あの人に関しては少なからず感謝している、そして尊敬している、おじさんは勇者だった、誰よりも強かった。村に居るような大人たちなんかじゃないんだ。
『誰よりも』ってのは魔物も含めてだ、しかし、だ。力があるだけで尊敬したりしない、それなら世界を滅ぼすぐらいの力がある魔物の大魔王を尊敬することになってしまうしな。
おじさんは心の優しさも持ち合わせている。最高の人間だった。
おじさんの名前はシュウ。最高の勇者だと思う。
でも、シュウも10年ほど経ったある日、一言言い残して村を後にした。
「なあ、ニコ・・・」
その時、シュウが珍しく笑った気がした。
「竜って信じるか?」
***
「…………………?………」
あれ?ここ何処だろう。
空が………見える……部屋の中じゃないな。
地面も冷たい、地面に直接寝そべっているのかな。
ま、どうでもいいや。しばらく空を眺めていよう。
そんで魔物なんかが出た時は俺はびっくりして10秒間空を舞うだろう。
嘘だ。
いくらびっくりしてもそれはない。
でもパトだったらあり得るな。
少し前だが、パトの家の玄関に蛇の死骸をぶら下げ紐をくくりつけパトが出てきた瞬間俺が紐を引っ張る。
そんな単純な仕掛けだったがパトは見事に引っ掛かり顔は蒼白としていた。
俺はパトを嘲笑ってその日はこけにし続けた。
ん?なんか思い出したぞ……
パト・・・笑う・・・こけ・・・
「あっ・・・・・・・・」
俺は全てを思い出した。そして段々とむなしくなってくる。
つまり俺が寝転んでいるのは森の中か・・・・・
ってかパトはどうしたんだ。
助けに来てくれても良かったんじゃないか。
俺が落っこちた場所からそんなに遠くないんだから。
すぐさま立ち上がった俺は森林からもといた路地に戻るために歩き出した。
この村には何年も住んでいるが森林に来たことはない。今回が初めてだ。
まぁ、こんなところに来るのは落ちぶれてしまった王国の傭兵が修業に訪れる………などだろう。
「あ……うっ…!?………」
道を曲がった時俺は目を疑う光景を見た。
「××××××××××××!」
誰かがいる
「×××××××××!××××××××。」
何か叫んだりしているがよく聞こえない。
もっと近づくか………
その時だ、俺は背後に何かを感じた、恐怖ではない。多分森に住んでる動物かなんかだろ。
それなら気にすることはないとばかりに俺は声の聞こえた場所に視線を向けた。
何かいるな、と、盗賊かな……
もし盗賊なら何をするためにここへ……というか盗賊に見つかったら俺は無事で済むのか。
「わっ!」
「うおおおっ!!!」
突然肩を叩かれ足がすくんでしまった。すこし落ち着いてからゆっくり振り向く。
そこにはさっき姿が見えなかったパトが立っていた。
ちくしょう、パトめ、俺を驚かすために隠れてやがったな。
パトに対する怒りがだんだんと込み上げてきた、もうさっきまで頭の中で色々考えていた盗賊のことなど考えていない。
「おい、パト、お前『××××××!×××』
「……………?………」
俺の声を遮るように声が聞こえてきた。パトも意味がわからずきょとんとしている。
『×××××××!×××××××、×××××!』
遠いようで近いような不思議な声は絶えず俺の耳に聞こえてくる、俺の耳がおかしくなったんじゃない、パトにもこの声は聞こえている。
「どこなんだ……?どこにいる……!」
森には木が生い茂り視界も良くない。しかしこの声の主が助けを求めているとしたら探さなければ。
俺の正義感が働いたのか精一杯探した、パトはよく状況を理解しておらずにオロオロしている。
「あ!………………男………?」
そこには切り株に座り込んで、謎の言葉を発する男が居た。
俺の国の公用語はバイサス語なんだ、違う国の言葉は理解できない。
『××××××××? ××××××××××………×××××××××××××!』
いやだから解らないんだよ。
しばらくして男は何か納得したのか数回頷くとジェスチャーで俺に何かを伝えようとした。ローブを羽織っておりよく顔が見えなかったが今チラりと顔が伺えた。どうやらいい体格の老人といった所だ。
『×××××××× ×××××××』
うんうん。なんとなく伝わってきた、どうやらこの老人はとにかく何か食べたいらしい。
老人は更に続ける。
『×××××××××××・・・・・×××××』
交換条件でお礼はする、と言ってるんだよな。
「うん、うん。」
俺が適当にうなずいていると老人は立ち上がり少し笑った。
どうやら何か始めるらしい。