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第四十三話:始まる本入道

第四十三話

 紗生が惚れ薬を飲んでほほ笑んだ。

「勇気が欲しかったんです」

「勇気?」

「はい」

「それより紗生……俺を見て何とも思わないのか?」

 飲んだ惚れ薬の効果適用時間は約一分間。紗生は飲んですぐに俺を見つめていたのだ。二回目の惚れ薬を使用した時は過剰な効果を見せて俺を刺そうかとしていた。

 今回はそんな事が起きないようだった。

「それは冬治先輩のうぬぼれですよ」

「い、いや……そりゃあね、夏祭りを女の子から誘ってきて『これは脈あるかも』とか思ったりするけどさ。今は状況が違うだろ、お前が飲んだのは間違いなく惚れ薬だ」

「惚れ薬を飲むとどうなるか知っていますか」

 この前見たことある光景だから当然知っている。

「当たり前だろ」

「勇気をもらえるんですよ」

「また勇気か……一体、何の勇気だ」

 ナイフを持って追いかけてくるなんて正気の沙汰じゃないし、勇気とは程遠い言葉のように思えた。

「多分、好きな人のためなら頑張れる……惚れ薬に対して耐性がついてきてしまったのかもしれません。以前ほど効果は出ないんですよ」

「そうか、よかった」

「だから冬治先輩、つきあってください」

 その言葉に俺はびくっとテーブルに膝をぶつけてしまう。うう、ナイフを持って追いかけられたのがトラウマになってるぜ。

 でもここで逃げるわけにはいかない。以前と同じ結果になってまた繰り返す事だろう。

「なぁ、紗生。その言葉は……」

「惚れ薬が効いているからわたしはこんなことが言えるんですよ。この前の私はたしかに、惚れ薬でおかしくなっていました。一緒に惚れ薬の効果を解くなんて本の中でしかありえないようなことじゃないですか、それでも二人で色々と試して楽しかったです。誰かと一緒に何かをするってあまりしないと言うか……わたし、友達が少なくて」

 それはなんとなく想像がついた。友達がいれば惚れ薬の話をしてあっという間に俺の悪評は学園を網羅していた事だろう。

「本入道なんてあだ名も付けられたことあるんですよ。でも、冬治先輩と一緒に居る間は普段のわたしでいられました」

「そうか」

「はい。だからわたしは……冬治先輩と友達以上の関係になって幸せを探したいです。わたしのわがままダメですか」

 おそらく俺は彼女の言葉の一割程度しか理解できちゃいなかった。幸せなんて言葉をつけられると結婚という文字が勝手に浮かんでくる。

「紗生、お前本当に俺でいいのか?」

「はい」

 静かにそう告げた紗生は俺を見ている。

 これはこれでナイフを持って追いかけられる並みに緊張感があった。

「……そうか、じゃあよろしくな。言っておくけどお前に対して無頓着かもしれないぜ?」

「それでもいいです。一緒に居られれば。金魚のフンでいいんです」

 気付けば俺の両手は紗生に握りしめられていた。

「冬治先輩にお願いがあるんです」

「お願い?」

「はい。浮気は絶対にしないで下さい。次は間違いなく、刺しますから」

「は、はは……するわけないだろ……っと、メールが来た」

 慌ててケータイを確認してぎょっとなる。

『今度の日曜日、遊園地に行こうよ』

 七色からのメールだった。

「冬治先輩、女の子と二人で一緒に行ったら……わかってますよね」

「大丈夫だ、安心しろ」

 心のどこかでこういうのも悪くないかもしれないと俺は思う。

 今度の日曜日、俺はどうなるのだろうかと思ってついメールに『わかった』と打って返信してしまうのだった。

「本当に大丈夫ですよね」

「おう、俺、最近運動しているから体力には自信あるんだよ」

「?」

 そして、その週の日曜日、俺が病院に搬送されるとはまだ誰も知らなかった。


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